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『男装の令嬢は男になりたい』  作者: 米糠


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第50話 オークションの行方

 

「六千万――、他にはいらっしゃいませんか!?」

 拍賣人の声が震える。


「七千万だッ!」

 豪奢な装束を纏った中年の貴族が立ち上がった。

「このバルフォード侯爵家が退くと思うか! この石は我が領の未来を左右するのだ!」


 観客からざわめきが起こる。名門バルフォード侯爵――中央でも屈指の権勢を誇る貴族である。


 だが黒衣の人物は微動だにせず。

「八千万」

 低く、ただ一言。


 場が再び凍りつく。

 侯爵の額に汗が滲み、唇を噛みしめた。

「ふ、ふん……! 九千万!」


「一億」

 黒衣が告げた瞬間、歓声と悲鳴が同時に巻き起こった。


「一億ゴールドだと……!? 正気か!」


 バルフォード侯爵が立ち尽くす。これ以上は家の財力でも背伸びになる――誰もがそう悟ったその時。


「一億五千万!」


 重々しい声が会場を震わせた。

 扉の方から、軍装の壮年の男が悠然と姿を現す。

 会場にいた者たちが息を呑んだ。


「まさか……王国軍総司令、ゼルディア将軍……!」


 将軍は堂々と壇に歩み寄り、観客を一瞥した。

「この媒介石は、個人ではなく王国のために必要だ。国家の名において入札する」


 黒衣の人物と将軍の視線が交錯する。場内の緊張は最高潮に達した。


 数秒の沈黙――そして黒衣は小さく舌打ちすると、椅子に深く腰掛けた。

「……降りる」


 拍賣人が高らかに槌を打ち鳴らした。

「落札――一億五千万ゴールド! 落札者は王国軍総司令、ゼルディア将軍殿でございます!」


 場内に万雷の拍手とどよめきが広がる。

 セリウスたちは呆然としながらも、歴史的瞬間を目撃した興奮に胸を震わせていた。


「すごい……俺たちの石が、国を動かしたんだ……」

 セリウスが思わず呟くと、仲間たちも言葉を失いながら頷いていた。


 喧騒の余韻がまだ残るオークション会場。

 落札が終わると同時に、係員がセリウスたちの席へと近づいてきた。


「出品者の皆さまですね。将軍閣下がお会いになりたいとのこと。控室までご案内いたします」


 五人は顔を見合わせる。

「……呼び出し、だって?」

「断れる雰囲気じゃないな」

 私が小声で言い、アレンは肩をすくめてみせた。


 案内された控室は、会場奥の重厚な扉の向こうにあった。分厚い絨毯と燭台の光が静かな空気を漂わせる中、椅子に腰掛けていた将軍ゼルディアが鋭い眼光を向けてきた。


「よく来たな。若き冒険者たちよ」

 将軍は低く、しかしよく通る声で言った。


 その威圧感にセリウスは思わず背筋を伸ばし、アランは冷静に一礼する。

「本日は我々の媒介石をお求めいただき、ありがとうございます」


「うむ。あれほどの品、王国にとって大いなる力となるだろう。――しかし、だ」

 ゼルディアは一度言葉を切り、彼らをじっと見据えた。

「噂は耳にしている。お前たちは《ヴァルロワ学舎》の生徒だそうだな。王国の将来を担う卵が、学舎の課題を離れて危険な洞窟に挑み、このような品を手にしたと……」


 オルフェがわずかに目をそらし、リディアは唇を結んだまま沈黙する。

 レオンが小声で答えた。

「はい。確かに我々は学舎の生徒です。しかし、これはあくまで私的な冒険であり、学舎の指導とは関係ありません」


「そうか。だが――」

 将軍は椅子から身を乗り出し、低く響く声をさらに強めた。

「学舎の生徒が王国でも指折りの魔導石を持ち帰った。それが何を意味するか、分かっているか? お前たちは、もはや子供ではない。王国の目に映るのは、未来を背負う戦力だ」


 控室の空気が一段と重くなる。

 セリウスは無意識に拳を握りしめ、アランは落ち着いた声音で答えた。

「承知しております。私たちは学舎の生徒でありながら、一人前の騎士を志す者です。だからこそ、命を懸けて挑みました」


 ゼルディアはしばし黙し、やがて満足げに鼻を鳴らした。

「よかろう。その心意気、確かに受け取った」


 だが次の瞬間、その眼差しがさらに鋭さを増した。

「――では、ひとつ聞こう。もし王都が戦火に包まれ、学舎の仲間と、見ず知らずの市井の民、どちらかしか救えぬ場面に直面したら……お前たちは、どちらを選ぶ?」


 突如として投げかけられた問いに、空気が凍り付いた。

 オルフェが思わず声を荒げる。

「そんなの……両方助けるに決まってるだろ!」


 将軍は鼻で笑い、ゆるりと首を振る。

「綺麗事だな。だが現実の戦場は、常に選択の連続だ。力を持つ者は、必ず誰かを見捨てねばならぬ時が来る」


 リディアが視線を伏せ、唇を噛む。レオンは黙したまま思考に沈む。

 セリウスは息を吸い込み、まっすぐに将軍を見返した。

「私は……アラン様の騎士です。まずお守りするべきは主君です。しかし、可能な限り市井の人々も救いたい。剣を振るう意味は、己のためではなく、人を守るためにあると信じているからです」


 アランが静かに頷き、続いて口を開く。

「私は、仲間と民を切り捨てるような選択を迫られた時――その両方を救えるだけの力を、必ず掴み取るつもりです」


 ゼルディアはしばし二人を睨み据え、やがて重々しく笑った。

「ふむ……青い。だが悪くない答えだ。若さとは、そうであって然るべきかもしれんな」


 将軍はゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばした。

「お前たちの覚悟、この耳で確かに聞いた。――近い将来、王国は必ずお前たちの力を求めるだろう。その時、今日の言葉を裏切るな」


 そう告げる声には、試すような響きと同時に、どこか信頼の色が滲んでいた。そして、オークションで競り落とした、あの《魔力の媒介石》に視線を落とす。


「これほどの品、王国にとって大いなる力となるだろう。――しかし、だ」

 ゼルディアの目が一段と鋭さを増した。

「お前たちは、いかにしてあれを手に入れた? あの規模の媒介石……並みの冒険では得られん」


 控室の空気が張り詰める。

 オルフェは口を開きかけたが、リディアが袖をつかんで制止する。


 アランは一拍置き、静かに答えた。

「我々が潜ったのは『ビギタリアダンジョン』です。命懸けの探索と闘いの末、偶然あの石を発見いたしました」


「……ふむ」

 ゼルディアはしばし目を細め、若者たちを一人ひとり見定めるように視線を走らせた。

「正直に言えば、あの石を手に入れられるだけの実力を、お前たちに見ているわけではない」


 セリウスの胸に冷たい汗が伝う。


「だが――」

 将軍は不意に笑みを浮かべた。

「命懸けの探索と闘い……そしてそれを乗り越えた。……そこまでの胆力を持つとは大したものだ。……近いうちに、王国から依頼が届くだろう。受けるかどうかは任せるが――期待しているぞ」


 言葉の一つ一つが、重く心に刻まれる。

 ゼルディアは椅子を立ち、出口へと歩みながら最後に振り返った。


「忘れるな。お前たちは今日、王国の目に留まった。これからは、そういう覚悟で生きることだ」


 扉が閉まると同時に、五人はようやく息を吐いた。


「……すげえ圧だったな」

 オルフェが額の汗を拭い、リディアも小さく肩を震わせた。

「でも……王国に期待された、ってことだよな」


 セリウスは仲間を見回しながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 これは、彼らにとって新たな始まりの合図だった。





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