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『男装の令嬢は男になりたい』  作者: 米糠


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第48話 探索の結果

 

 冒険者ギルドに戻った五人は、火蜥蜴の皮を買い取りに出している。


「ほーう。火蜥蜴の皮五枚か! なかなかの稼ぎじゃないか」

 ギルドの買取所のカウンターには、年季の入った木の机と擦り切れた帳簿が広げられていた。おっさんは片眼鏡を光らせ、火蜥蜴の皮を指先でなぞりながら話し出した。

「《深紅の洞穴》に行ってきたのか? 五人パーティで、一日でこの成果。良いね、良いね。君たち、なかなかやるじゃないか」


「ありがとうございます」


「剥ぎ取りもなかなか丁寧だ。剥ぎ取りの良し悪しも、じみに買い取り価格に響くんだよ」


「そうなんですね」

 アレンが応対するのを、私たちはカウンターの後ろで肩を並べ、緊張と期待の入り混じった顔つきで耳を澄ませていた。


「火蜥蜴の皮五枚、一枚二十万ゴールドで、五枚で百万ゴールドだな。現金でいいか?」


 横のカウンターで依頼を受けていた新米冒険者が、思わず息を呑んでこちらを振り返った。オルフェが「うひょー!」と声を上げ、リディアが「これで家に金を送れる……」と内心で安堵する。


「はい。お願いします」


 革袋に詰められた金貨を受け取ったアランは、重みで手が少し沈むのを確かめ、静かに会釈して踵を返した。



 酒場スペースのテーブルを囲み飲み物を注文する。


「けっこう、良い金になったじゃねーか」

 オルフェは椅子の背にもたれかかり、ニヤリと口角を吊り上げながら仲間を見回した。

「肉もあったら、もっといい金になったのになあ」


「マジックバッグの容量的に限界があるんです。僕のバッグは一番小さいのですから皮の代わりに肉を入れたら二匹分で限界ですよ。だから手取りは減ると思います」

 レオンは胸元のストラップに掛けた革の小さなマジックバッグを軽く叩きながら、淡々と説明した。


「オルフェ。レオンのマジックバッグに不満があるなら、お前が担ぐんだな」

 赤髪のリディアは腕を組み、鋭い視線でオルフェを射抜くように睨みつけた。


「悪い、悪い。別にレオンのマジックバッグに不満はねーよ。とってもありがたいと思ってる。やはり、荷物が軽いってのは最高だよ」

 オルフェは照れ隠しに頭をかき、レオンに向けてぎこちない笑みを浮かべた。感謝はそれなりに伝わっている。


 木の香りが染みついた酒場の片隅、油のランプがゆらめく丸テーブルに五人は腰を下ろし、安堵の息をついた。


「夏休みも、もう半分終わったのか。案外みじかいもんなのだなあ」

 オルフェは背もたれにのけぞり、煤けた梁を見上げながらぼそりと呟いた。


「君達、実家に帰らなくてよかったのか?」

 アランは真剣な表情で皆に問いただす。


「あんな辺境なんて、暇で敵わん。親父の顔も、見たいわけじゃないしな」


「俺もオルフェと同じで帰ってもなあ? 家は小さいのに、兄弟多いし、邪魔になりたくはないしなあ」  

 リディアがオルフェを見ながら呟くように言った。

 平民出身のリディアにとって、実家に戻るより、実家に金を送る方が家族のためになるし、騎士になるために王都で励む方が家族も喜ぶということである。


「僕の家は比較的近いので、いつでも帰れますし、特に帰りたいとは思いませんね。最近このマジックバッグを取りに戻りましたし」  

 レオンの実家は王都に家を構えているらしい。


「セリウスは?」  

 アランは最後に私の方を見た。


「私は、アラン様の騎士として、常にアラン様の傍らにありたいと願っておりますから」  

 これはグレイヴ家の在り方であり、その家を継ぐ私の存在理由であり、私の本心でもある。生まれてこの方そう信じて生きてきた。


「聞くまでもなかったね」

 アランは納得したように頷いた。

「一日体を休めたら、また《深紅の洞穴》に潜る予定でいいかな?」


「私はアラン様の言う通りで」

「僕もそれで構わないよ」

「俺は、戦えればそれでいい。休みもいらないくらいだぜ」

「俺も特に問題はないぜ。ところで今日の稼ぎ、少し分配してくれないか? 実家に少し送ってやりたい」

   リディアが照れ臭そうに赤い髪を掻く。  

 アランは何かを察したようにテーブルの上に金貨を分けた。


「一人二十万ゴールドずつだ。気が付かなくて悪かったね」

 五人は、テーブルの上の五つの山を一つずつ受け取った。


「戦えて、金が手に入るんだから、冒険者ってのも、悪くない仕事だな」


「では、オルフェは、辺境伯家を継がずに、冒険者になりますか?」


「俺は将来、戦場で百人を率いる騎士になるつもりだからな。辺境伯家を継ぐのは、俺の夢でもある。冒険者になんかならないぜ。お前はどうなんだよ。レオン。騎士になるのがゆめなんじゃねーのか?」


「僕は、部門の家柄ですから当然騎士を目指していますよ。魔法は好きですが、騎士になることに迷いはありません」


「お前たちは親の後を継ぐだけだから、気楽でいいなあ? 俺なんか親が平民だから卒業後のなんとか騎士団に入れればいいんだが」


「継ぐだけっていうのは、違うと思うよ」  

 アランがリディアに発言に異議を唱える。真剣な眼差しでリディアを見据え、静かな声に重みを込めた。

「跡を継ぐのもかなりの苦悩はあるもんだよ」


「ふーん、苦悩ねぇ。さすがは公爵令息。……俺にはまだピンとこねえけどな」

 オルフェは肩を竦めてジョッキをあおった。泡が唇を濡らし、喉を通る音が静かな酒場に響く。


「まあ、悩みの無いオルフェには似合わない言葉ですね」

 レオンが冷ややかに笑うと、オルフェは「おい!」と噛みつくように身を乗り出した。


「でも、アラン様の言うことは正しいと思うよ」

 私は頷きながら、指先で金貨を一枚つまんだ。

「責任を背負うということは、剣を振るうより難しいこともある。私はまだ父上の背を追うばかりだけどね……」


「真面目すぎるんだよ、セリウスは」

 リディアが赤髪を弄りながら、わざと軽口を叩く。

「でもまあ、セリウスみたいに一本筋が通ってる奴がいるから、俺も気楽に戦えるってのはあるけどな」


「……へえ。リディアが褒めるなんて珍しいですね」

 レオンが目を丸くすると、リディアは顔を赤らめて

「べ、別に褒めてねーよ!」と声を荒らげた。


「ははっ! やっぱり俺たち、いいパーティだな!」

 オルフェが豪快に笑う。

 その声に、酒場の他の冒険者たちもちらりとこちらを見たが、誰も邪魔はしなかった。  

 ランプの炎が揺れる。外では夜風が木製の看板を軋ませていた。  

 それぞれの未来に悩みを抱えつつも、今は同じ机を囲んで笑い合える――そんなひとときが、胸に温かく広がっていた。

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