第3話 初模擬戦訓練
翌日。朝露に濡れた練兵場に、一年A組の生徒たちが集められていた。
石畳の上に立ち並ぶ木人形、槍や剣を収めた武具庫、そして砂の舞い上がる模擬戦用の円形広場。
教官グランツが厳しい声で告げる。
「本日よりお前たちは騎士としての修練を積む! まずは互いの力量を知るための模擬戦だ。怪我を恐れるな。命を落とさなければそれでいい!」
ざわり、と空気が張り詰めた。
最初に円形広場へ進み出たのは、背の高い少年だった。
分厚い肩と胸板、陽に焼けた肌に大剣を背負う姿は、すでに若き兵士のようだ。
「オルフェ・ダラン」
ダラン辺境伯家の次男だ。その声は低く響き、揺るぎない自信に満ちていた。
「俺は将来、百人を率いる騎士になるつもりだ。だからここでも、力で皆を圧倒する」
宣言どおり、模擬戦では大剣を片手で振るい、相手の剣を力ずくで弾き飛ばした。
「おお……!」とざわめきが起こる。
豪放な笑みを浮かべる姿は、すでに「隊の先頭に立つ男」の風格を漂わせていた。
続いて、赤毛の少年が軽やかに駆け出す。
「リディア・マルセル!」
弓と槍が得意な山の領地から来た赤毛の少年は 誰より速く走ってみせた。
声は明るく、どこか人懐こい。
短槍を手にひょいと跳ねると、相手の肩口を軽く突き、次の瞬間には背後へ回り込む。
その機敏な動きに観客から笑い混じりの感嘆が漏れる。
「平民出のくせに」と囁く声もあったが、本人は気にも留めず、胸を張ってにかっと笑った。
「俺、小さいけど負けないからな!」
三人目は、王都の武官の家の出で、黒髪の細身の少年。
背筋は真っすぐに伸び、無駄のない所作で槍を構える。
「レオン・フィオリ」
静かな口調だが、堂々とした響きがある。
彼は、槍を通じて、己を磨きた思っているいる。
槍先が揺らめき、次の瞬間、彼は寸分の狂いもなく人形の急所を突いた。
その動作はまるで舞のように洗練されており、ただの槍術ではなく「美しさ」さえ感じさせた。
レオンは、休憩時間には魔導理論書を取り出して読んでいる「趣味は魔法の研究だ」と言ってはばからない、セリウスにとっては気になる人物だ。
セリウスとアランは、次々と模擬戦に挑む同級生たちを見ながら、それぞれの印象を胸に刻んでいった。
「……なあ、セリウス」
隣で腕を組むアランがぼそりと呟く。
「クセのある奴ばっかりだな」
「ええ。でも、仲間にするなら……きっと頼もしい人材になりますよ」
いよいよ、セリウスとアランの番が来た。
「次――アラン・リヴィエール、セリウス・グレイヴ。出よ!」
練兵場に、ざわめきが広がる。
公爵家の嫡男と、その従者の少年。否が応でも注目が集まる。
最初に進み出たアランは、金の髪を風に揺らし、長剣を片手に掲げる。
「アラン・リヴィエール」
澄んだ声に一切の迷いはなく、堂々たる姿に同級生たちが息を呑んだ。
父上のように、領地を守り導ける騎士になる……とその目は語っていた。
模擬戦では、正面から相手を受け止め、力強く押し返す。
彼の剣筋はまだ粗い部分もあるが、豪胆さと揺るぎなさが際立ち、教官が満足げに頷いた。
「ふむ……剣を振るう姿が板についておる。王者の器だな」
次に呼ばれたセリウスは、一瞬だけ足を止め、深く息を吸った。
(……ここで目立ちすぎてはならない。私が女であることは、絶対に悟られてはいけない。けれど、弱すぎてもアラン様の名に傷がつく……)
「セリウス・グレイヴ。……アラン様に仕える騎士として、強くなるためにここへ参りました」
静かに名乗り、長剣を構える。
相手が突っ込んでくる。
セリウスは軽やかに身を捻り、刃を受け流し、流れるように突き返す。
鋭い、しかし一歩引いた剣筋。決して致命には至らないが、確実に「勝てる」動きだった。
観客席からざわめきが漏れる。
「今の……すごく速くなかったか?」
「いや、でも攻めきらないな。抑えてる?」
セリウスは汗を拭い、静かに一礼した。
「以上です」
教官は目を細めた。
「……無駄のない技術だな。だが、実力を隠しているようにも見える。今後に注目すべきだろう」
練兵場を下がる途中、アランが小声で囁く。
「セリウス……わざとだな?」
「えっ……」
胸が跳ねる。
アランはにやりと笑った。
「本気を出した時の、お前の剣を俺は知ってる。……でもいいさ。今はそれで」
「アラン様……」
その一言に、セリウスの胸の奥がじんわりと熱くなった。
(アラン様……やっぱりお見通しなんですね)
模擬戦を終えて寮に戻ろうとしたところ、声をかけられた。
「おい! アランにセリウス!」
大股で歩いてきたのは、筋骨たくましい少年――オルフェ・ダランだ。大剣を背に負い、堂々と胸を張っている。
「なかなか見事な戦いぶりだったじゃないか。特にアラン、お前の剣は真っ向勝負で潔い。気に入った!」
アランは口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう。だが、まだまだだ。父上のようには程遠い」
「謙遜するな。あれほど堂々と振るえる奴はそういない。俺は将来、百の兵を率いる騎士になる。お前とも戦場で肩を並べたいもんだ」
オルフェは力強く笑い、セリウスの肩もぽんと叩く。
「それと、お前だ、セリウス。妙に落ち着いた剣筋だな。力押しじゃなく、相手をいなす……俺の苦手な型だ。ああいう戦い方も面白い」
セリウスは少しうろたえつつ、頭を下げた。
「と、とんでもありません。まだまだ未熟です」
そこへ、快活な声が割り込む。
「いやあ、いいもん見せてもらったぜ!」
赤毛を揺らして走り寄ってきたのは、リディア・マルセル。小柄な体に軽装の鎧を着け、背には短槍と弓を背負っている。
「アランはさすが公爵家のお坊ちゃん、堂々としてたな! でも俺、セリウスの方が好きだな。あのしなやかさ、速さ……森の中で戦ったら絶対強いだろ?」
「え、ええと……ありがとう……ございます」
セリウスは耳まで赤くなり、視線を泳がせる。
「それにさ、セリウスって馬に乗ったらもっと映えるんじゃないか? 軽やかだし、伝令役なんてぴったりだぜ」
リディアは悪びれもなく笑った。
「今度、校庭で競争しような!」
そして最後に、静かに歩み寄ったのは黒髪の少年、レオン・フィオリだった。
背筋を伸ばし、無駄のない所作で一礼する。
「アラン・リヴィエール、そしてセリウス・グレイヴ。二人の戦い、拝見しました」
その声は澄んでいて、どこか気品が漂う。
「アラン殿、あなたの力強さは実に王者然としている。だが……セリウス殿。あなたの剣は、研ぎ澄まされすぎている」
「……研ぎ澄まされ、すぎて?」
セリウスは思わず問い返す。
レオンは少し口元をほころばせた。
「はい。あれは隠しきれぬ技の片鱗。あなたは剣を振るう時、どこか迷いを帯びているように見えた。しかし、それは決して弱さではない。……興味深い」
彼は軽く目を伏せ、柔らかく言葉を添える。
「槍を学ぶ者として、あなたとぜひ手合わせしたい。近いうちに、どうか」
オルフェは豪快に笑い、リディアは無邪気に肩を叩き、レオンは静かな興味を示す。
三者三様の眼差しが、セリウスとアランへ注がれていた。