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『男装の令嬢は男になりたい』  作者: 米糠


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第47話 深紅の洞穴 2

 

 ズシン、と岩を踏み砕く音。三匹の火蜥蜴が姿を現した。

 赤銅色の鱗が炎に照らされ、三対の瞳がぎらついている。


「散開!」

 アランの号令で、私たちは一斉に左右に広がった。


 一匹が牙を剥き、オルフェへ突進する。

「上等だッ!」

 オルフェは大剣を振り上げ、正面からぶつかり合った。火花と炎が迸り、洞穴に轟音が響く。


 もう一匹は私に向かって炎を吐きかけた。

「来るか!」

 剣を斜めに構え、岩陰に飛び込む。熱風が頬を掠め、髪の先を焦がした。


 残る一匹はアランを狙い、前足の爪を振り下ろす。

「うぉおおッ!」

 アランが長剣で受け止め、火花と衝撃に膝を沈める。

「ぐっ……! 早く援護を!」


「わかってる!」

 レオンが詠唱を開始する。掌に魔法陣が輝き、冷気がほとばしった。

「《氷槍・連弾》!」

 幾本もの氷の槍が飛び、アランを押し潰そうとした火蜥蜴の胴を貫いた。


「よし、効いてるぞ!」

 リディアも負けじと鎖製の投網を放つ。

「いっけー!」

 オルフェの相手をしている火蜥蜴の四肢を絡め取った。


「ナイス、リディア! 今だ!」

 オルフェが投網に絡まった火蜥蜴の首筋めがけて大剣を叩き込む。

「斬り伏せろぉっ!」

 鱗が裂け、血しぶきが熱気に混ざる。


 私は自分の相手と刃を交えていた。火蜥蜴が尾を叩きつけ、岩が砕ける。

「くっ……!」

 紙一重でかわし、踏み込みざまに剣を突き上げる。

 刃が鱗の隙間を裂き、炎の息が止まった。


「踏ん張れ、セリウス!」

 アランが叫ぶ。長剣で押し返した火蜥蜴を蹴り飛ばし、渾身の突きを胸に叩き込んだ。

「これでどうだ!」


 火蜥蜴が苦しげに咆哮し、洞穴に轟音が木霊した。炎の柱が立ち上がり、視界が真紅に染まる。


 オルフェの前で、火蜥蜴が顎を開き炎を吐いた。灼熱の炎が奔流のようにオルフェにむかう。

「燃やされてたまるかよッ!」

 オルフェは咆哮と共に大剣を大地へ叩きつけた。轟音とともに岩盤が砕け、飛び散った岩片が壁のように炎を受け止める。赤熱した火焔がその表面を舐め、空気が爆ぜた。


 煙を突き破り、オルフェの巨体が突進する。

「おらぁぁぁッ!」

 振り上げた大剣が火蜥蜴の顎を横から叩きつけた。重金属の衝突音に似た衝撃が響き渡り、火蜥蜴の頭部が大きく揺れる。しかし、赤銅の鱗は岩のように硬く、斬撃は浅く血を滲ませるにとどまった。


「ちっ……鉄の壁かよ!」

 オルフェが歯噛みする。


「任せろ!」

 リディアが駆け寄り、短槍の石突を低く構える。そのまま滑り込みながら後脚の関節を突いた。

「ギシャァッ!」

 火蜥蜴の脚が折れ曲がり、巨体がぐらつく。


「今だ!」

 レオンが横合いから飛び込む。長槍を突き込んだ瞬間、低い詠唱がほとばしった。

「《氷槍》!」

 白光が槍先を包み、凍結の棘が一気に爆ぜ広がる。鱗の隙間が音を立てて裂け、霜の亀裂が血管のように走った。


「もらったぁッ!」

 オルフェが大剣を振りかぶり、凍り付いた首筋へ渾身の一撃を叩き込む。

 ズバァッ! 硬質な鱗が粉砕され、鮮血と氷片が飛散する。


 絶叫が洞窟に轟き、火蜥蜴は巨体を震わせた。だが足はもつれ、力なく倒れ込む。

「……とどめだ!」

 オルフェの刃が深々と突き立ち、火蜥蜴は炎の息を吐ききる前に沈黙した。


 一方、私は荒く息を吐きながら長剣を握り締めていた。

「来いよ……!」

 火蜥蜴が咆哮とともに尾を振り下ろす。岩床が爆ぜ、破片が雨のように降り注ぐ。足場が揺らぎ、私はよろめきながらも前に出た。


「はぁッ!」

 突き上げた剣が喉を狙うが、鱗に阻まれて浅く滑る。直後、火蜥蜴の顎が膨らみ、紅蓮の光が口腔に灯った。


「――まずい!」

 吐き出される炎を覚悟したその瞬間。


「待たせたな!」

 リディアが疾風のごとく飛び込み、短槍の穂先を脇腹へ叩き込む。

「ギシャアッ!」

 火蜥蜴の巨体がぐらつき、口の炎が揺らぐ。


「今だ、止める!」

 レオンが正面から突進し、長槍を一直線に構える。

「《氷槍》!」

 魔法が槍先に集中し、蒼白の光が咆哮と共に爆ぜた。氷の穂先が炎を呑み込もうとした喉奥を貫通し、灼熱と冷気がぶつかり合って白い蒸気を噴き上げる。


「セリウス、仕上げを!」

「おうッ!」

 私は全身の力を剣に込め、燃え盛る口腔めがけて振り抜いた。

 ――ズバァッ!

 顎が裂け、炎が漏れ出す前に絶叫が途切れる。火蜥蜴は巨体を震わせ、岩床を砕きながら倒れ伏した。


「ふぅ……二匹目」

「残り、あと一匹!」

 仲間たちの声が重なり、洞窟に戦意が響き渡った。


 残る一匹は、アランと正面から激突していた。

「ぐっ……ぬぅっ!」

 長剣と鉤爪が幾度もぶつかり合い、洞窟を火花と轟音で満たす。爪の一撃を受け止めるたび、アランの足元の岩がひび割れ、ついに壁際へと追い詰められた。背が岩に叩きつけられ、肺から苦鳴が漏れる。


「アラン様!」

 私が駆け寄り、長剣を横薙ぎに閃かせた。

「はぁッ!」

 火蜥蜴の側面を切り裂き、巨体がよろめく。そこへレオンが突き込む。

「《氷槍》!」

 蒼白の光を纏った長槍が肩口から深々と突き入り、内部を瞬く間に凍結させた。


「まだだ!」

 リディアが跳躍し、短槍の穂先で片目を突き潰す。血と炎が弾け、火蜥蜴が絶叫してのけぞった。


「今だ、アラン!」

 仲間の声を背に、アランが全身に力を込めて立ち上がる。

「おおおおおッ!」

 渾身の突きが走り、胸板を正確に穿つ。長剣の刃は鱗を砕き、心臓に届いた。


 ――ドスーン!

 火蜥蜴の巨体が崩れ落ち、口から漏れた炎は、絶命の吐息と共に掻き消える。


「……やったぞ!」

 最後の叫びと共に、アランの剣は深々と突き刺さったまま、戦いは終わった。


 洞窟を支配していた熱気が一瞬、静寂に包まれる。

 洞穴に残るのは、黒煙と焦げ臭さ、そして三匹の亡骸。

 荒い呼吸の中で、アランが剣を引き抜き、仲間たちを見回した。

「……やったな! 三対一で確実に仕留める。あれで正解だったな」


「おうよ! これで皮も肉も……あー、やっぱ肉は惜しいなぁ」

 オルフェが名残惜しげに腹をさすり、皆が苦笑する。


 赤熱した岩壁に、五人の影が並んで揺れていた。



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