第46話 深紅の洞穴 1
今日は、火蜥蜴を狩りに《深紅の洞穴》に潜っている。火蜥蜴を狩りにと言っても本当の目的は戦闘訓練の一環である。ダンジョン深層に眠るという『性転換の魔道具』をみつけるための実力を養うこと。それが私個人の目的ではある。
火蜥蜴の皮は、耐火性能に優れ素材として割と良い価格で引き取ってもらえるため、今回倒した火蜥蜴の皮は、剥いで持ち帰る予定だ。武器や防具は使えば痛むため、整備するための資金が必要になることを、この前実感した。倒しっぱなしにするのは、もったいない。
「いた! 右斜め前方に一匹! 結構大きいぞ!」
斥候役のリディアの声。
「よっしゃあ! おれさまの出番だぜ!」
オルフェが左足を踏み出し、大剣を八相に構える。
「突っ込むな、待て!」
アランが慌てて制止するが、オルフェはすでに走り出していた。
火蜥蜴が気配に気づき、口の端から赤々とした炎を漏らす。空気が一瞬で熱を帯び、岩肌が焼け焦げた。
「直火は危険だ、正面は避けろ!」
私は叫びながら長剣を抜き、オルフェの横へ並ぶように駆ける。
「大丈夫だって! 正面から斬り伏せてやらぁ!」
「そういう無茶が命取りなんだ!」
火蜥蜴の顎が開いた瞬間、レオンの詠唱が響く。
「《氷槍》!」
放たれた氷の槍が炎を吐く直前の喉をかすめ、熱気とぶつかり合って白い蒸気を巻き起こす。
「ナイス牽制! 今だ!」
オルフェが踏み込み、大剣を振り下ろす。しかし火蜥蜴は尾をしならせ、大剣の軌道を弾いた。
「ちっ、硬ぇな!」
「アラン!」
「わかってる!」
アランが前に飛び込み、長剣で火蜥蜴の前足の爪を受け止めた。甲高い金属音と火花。押し込まれながらも必死に支える。
「ぐっ……! 今のうちにやれ!」
私は、横へ回り込み、炎に備えて低く姿勢を落とす。火蜥蜴がアランを押さえ込みながら頭を振った瞬間、剣先を突き上げるようにして胴の下へ斬り込んだ。
「ぐぉおおお!」
火蜥蜴がのたうち、尾を暴れさせる。
「下がれ! 尾が来る!」
リディアが警告するが、オルフェは逆に踏み込み、尾を狙って大剣を振り下ろした。
「切れろぉっ!」
尾の鱗が裂け、血が飛び散る。火蜥蜴が大きく体勢を崩した。
「今だ、セリウス!」
「任せろ!」
私は、渾身の力で剣を突き立て、火蜥蜴は断末魔の咆哮をあげて地に崩れ落ちた。荒い息をつきながら、剣を引き抜く。
「ふぅ……何とか仕留めたな」
「ははっ! やっぱ俺が斬ると速ぇな!」
「バカ言うな、危うく丸焼けになるところだっただろう」
アランが額の汗をぬぐいながら睨みつける。
リディアは乱れた赤い髪を直しつつ、冷ややかな視線を送った。
「次からは指示を聞いて動けよな。お前が突っ走ったせいで全員の危険が増したぞ」
「へっ……まぁ、勝ったからよしとしようぜ」
「よしとしねーわ!」
そんなやりとりを背に、セリウスは火蜥蜴の鱗を確認しながら、皮剥ぎ用のナイフを取り出した。
「レオン。手伝ってくれ」
「任せてください」
私とレオンが火蜥蜴の皮をはぎ始める。肉も買い取ってもらえるが、マジックバッグの容量にも限界があるので、今回は皮だけ持ち帰り肉は捨てる。
できるだけ大きくきれいに皮を剥ぐのにはかなりの根気と技術が必要だった。剝ぎ取った皮をマジックバッグに収納し次の狩に出かける。
「よし! 次行くぞ!」
斥候役のリディアが先頭を進み始める。
剥ぎ取りを終えた火蜥蜴の亡骸を振り返り、私は汗をぬぐった。洞穴の熱気は相変わらず重く、息をするたび肺まで灼けるようだ。
「ふぅ……。これで二体目か。結構な量になってきたな」
私が言うと、レオンが頷きながら血に汚れたナイフを拭った。
「皮だけでも相当な重さですよ。マジックバッグがなかったら、とても持ち帰れませんね」
「なぁ、皮を剥ぐのはいいけどよ……肉、ほんっとに捨てちまうのか?」
オルフェが名残惜しそうに死骸を眺め、腹をさすった。
「焼いたらうまそうだぜ?」
「ここで料理なんてしてられないだろう」
リディアが呆れ顔で返す。
「それに、この洞穴の空気じゃ煙に巻かれて全員喉やられるぞ」
「ちぇっ……」
オルフェは肩を落としたが、すぐに大剣を背負い直す。
「ま、皮だけでも大儲けだ。気を取り直して次行こうぜ!」
「はいはい、元気だけはあるんだから」
アランが苦笑しながら盾を構え直す。
「ただし、今度は突っ走るなよ。指示を守れ」
「わかってるって!」
リディアが前へと進み、松明を高く掲げた。
「通路は右へ折れてる。熱気が増してきた……この先、まだ何体もいるはず」
洞穴の奥へ進むにつれ、赤黒い岩壁には火蜥蜴の爪跡が増え、地面には焦げた骨が転がっている。
時折、奥から「ボウッ」と炎が吹き上がる音が響き、五人の影が岩肌に大きく揺らめいた。
「おい、気を引き締めろよ」
アランがオルフェを見つめる。
「さっきみたいに連携崩したら、今度は本当に焼かれるぞ」
「了解」
私も剣を握り直す。汗で湿った掌に革の感触が馴染んでいく。オルフェが頬をポリポリと掻いている。
リディアが振り返り、短く告げた。
「次は――三匹いる。音と匂いでわかる」
「三匹同時か!」
オルフェの目が輝き、アランは深いため息をついた。
「どうする?」
オルフェは、逃げることなどこれっぽっちも考えていないが、アランは、退却も視野に入れているようだ。確かに一度に三匹相手にするのは、難易度が高い。
「私とオルフェ、アラン様が一対一で対峙して気を引き、リディアとレオンが一っ匹ずつ倒して回れば、何とかなるんじゃないかな」
「そうだな。それでいこう」
アランの言葉に全員が頷く。アランは全員の闘志を確かめるように見回し。
「行くぞ」
私は一歩踏み出し、闇の奥へと視線を向けた。
赤熱した岩間から、低い唸り声と、青白く揺らめく炎がこちらを照らし出していた。




