第45話 休日
「せっかくだし、街まで出てみるか」
アランが先導し、五人は新調した武器を背負って《ヴァルロワ学舎》の門をくぐった。
街は真昼の太陽の光に包まれ、石畳の上を人々の足音と馬車の軋む音が交じり合う。屋台の香ばしい串焼きの匂い、薬草店から漂う独特の香り、鐘楼の音色――活気が胸を弾ませる。
「俺、今日は武器以外にも何か買ってみようかな」
オルフェは大剣を背負ったまま、露店の装飾品屋の前で立ち止まった。
「似合わないことを言うなよ」
私がからかうと、オルフェは「うるせぇ。セリウス」と笑いながら首飾りを手に取る。だが値段を聞いて「高っ!」と叫び、店主に追い払われる。周囲の人々がくすくす笑った。
「僕は魔法道具の材料が欲しいな」
レオンは薬草屋に入り、小瓶を光にかざして吟味している。
リディアは果物屋に目を奪われ、さっそく赤い果実を選んで袋いっぱいに買い込んだ。
「後でみんなで食べようぜ」
彼の表情は、戦場の冷静さとは違ってどこか柔らかかった。
セリウスは、仲間の後ろを歩きながら文具屋の窓に並ぶ品々を眺める。羽根ペンや羊皮紙に混じって、小さなリボン飾りが視界に入った。指が伸びそうになり――慌てて引っ込める。
(……私は“セリウス”だ。セリーナじゃない)
そう自分に言い聞かせながら、足を速めた。
広場では大道芸が始まっており、人垣の間から炎の輪が舞い上がる。俊敏な少年が投げられた刃物を軽々と受け止めると、観客は一斉に拍手を送った。五人も思わず足を止め、声をあげて手を叩く。
そのとき、行商の男が通りすがりに声を張った。
「火蜥蜴の革だよ! 耐熱に優れた逸品! 洞穴帰りじゃなきゃ手に入らない!」
赤黒いマントが掲げられ、人々がざわつく。
「火蜥蜴……」
私が呟くと、隣のアランが笑った。
「次の探索ダンジョンの収穫物候補だな」
「火蜥蜴の革。素材として持ち帰る第一候補だね」
「できればたくさん持ち帰りたい。マジックバッグと皮剥ぎ用のナイフを買っておいた方が良いかもしれないね」
「そうだな。いくら俺が力持ちだといっても、多量の皮を背負って戦うことはできねーからな!」
オルフェが下顎を撫でながら、ニヒルに口の端を釣り上げる。
「皮剥ぎ用のナイフは良いとして、マジックバッグはとても高いぜ」
リディアが赤い髪をかき上げる。
「マジックバッグは、僕が持っているから買う必要はないですよ。今度はそれを持っていきますね」
レオンの言葉に、皆がホット表情を緩めた。実際高過ぎて買う金がなかったのだ。無理をすれば公爵令息のアランには買えないことはないのだが、それでもいろいろな気がひけるには違いなかった。
「助かるけど、良いのか? レオン。そんな高価なものをみんなのために使わせてもらって?」
「かまわないですよ。魔法の研究のために以前買ったものですから、けっこういろいろな実験に使って、方々傷んでいるものですので」
「ありがとうよ! レオン。お前と組んで良かったぜ」
オルフェががハンズアップ。
「じゃあ、皮剥ぎ用のナイフだけは忘れず買って帰ろうぜ」
リディアの言葉で五人は再び歩き始めた。
***
太陽が影を北東に伸ばし始めたころ、五人は広場の噴水前で腰を下ろした。
それぞれが買った品を机代わりにした石縁に並べていく。そこには、みんなで選んだ皮剥ぎ用のナイフが真っ先に置かれている。
「ほら見ろ! 俺は結局、この革ベルトを買ったんだ」
オルフェが得意げに腰に巻き付ける。鋲が打ち込まれた頑丈な造りで、大剣を吊るしてもびくともしない。
「……装飾品はやめたんだな」
アランが皮肉を言うと、オルフェは耳を赤くして「うるせぇ!」と返した。
「僕は薬草と小瓶。ほら、光るでしょ」
レオンが瓶を掲げると、淡い青が夕闇に揺れた。
「これは解毒、これは疲労回復……いざという時の切り札になりますよ」
「俺は果物!」
リディアは袋いっぱいの果実を広げる。
「おい、みんなで食べようぜ。ほら、甘いぜ」
笑顔で差し出され、自然と手が伸びる。
「アランは?」
セリウスが聞くと、アランは小さな本を取り出した。
「戦術論の本だ。古本屋で安かった。こういうのは積み重ねだからな」
「……セリウスは?」
皆の視線が自分に集まり、セリウスはわずかに躊躇した。
「私は……羽根ペンと羊皮紙を」
ごまかすように取り出す。仲間は「勉強熱心だな」と笑い、誰もそれ以上は聞かなかった。
そのとき――。
「……おにいちゃん……」
小さな声に振り返ると、幼い少女が噴水の影に立っていた。涙で頬を濡らし、周囲をきょろきょろと見渡している。
「迷子か?」
アランが立ち上がり、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「名前は?」
「エミ……。おかあさんがいなくなっちゃったの……」
「安心しな。俺たちが一緒に探してやる!」
オルフェが胸を叩き、リディアがハンカチで少女の涙を拭った。
「お母さんの特徴が知りたいんだけど、髪の色はエミちゃんと同じかい?」
エミは、私を見つめて答える。
「うん。私とおんなじ色だよ。背はお兄ちゃんと同じくらい」
「よし、手分けして探そう。母親ならきっと市場のどこかにいるはずだ」
私が提案すると、皆うなずいた。
「じゃあ俺は北の屋台通りを見てくる!」
「私とセリウスは、エミを連れて南の雑貨通りを。人混みが多いから気をつけて」
アランが私に目配せをする。私はコクリと頷いた。
「僕は鐘楼の下だな。待ち合わせ場所にする人が多いから」
それぞれ方向を決め、散っていく。
「すみません、この子のお母さんを探しているんですが……」
私は近くの八百屋に声をかける。店主は首をかしげた。
「さぁ、見てねぇなぁ。どんな人だい?」
「この子と同じ栗色の髪で……」
「んー、分からんな。悪いね」
その横でエミは不安そうに私の袖をぎゅっと握っていた。
「大丈夫。すぐに見つかるよ」
セリウスが微笑むと、少女は小さくうなずいた。
「おーい! セリウス!」
人混みの向こうからオルフェが手を振っている。
「どうだった?」
「こっちも駄目だ。けど、魚屋の親父が『栗毛の女性が南の方へ急いで行った』って言ってた」
「よし、南だな!」
私たちは急いで雑貨通りへ向かう。
ちょうどその頃、リディアが路地から駆けてきた。
「見つけたぜ! 市場の端で女の人が子供を探しているって!」
「本当か!」
アランの目が光り、少女の顔もぱっと明るくなる。
「おかあさんだ!」
少女が駆け出す。人混みを縫うように走っていく小さな背中を、五人は見守った。
「エミ!」
「おかあさーん!」
娘が母親に抱きつく。母親は涙ぐみながらその小さな体を強く抱きしめた。
周囲から安堵の拍手が湧き、通りの喧騒がどこか和やかに変わる。
「助かりました。本当に……」
母親が深く頭を下げると、オルフェが照れ隠しに鼻をかいた。
「へへっ、困ったときはお互い様だ!」
「気にしないでください。私たちも休暇中のいい運動になりました」
アランが笑うと、少女は私に小さな花飾りを手渡した。
「ありがとう、おにいちゃん」
私は一瞬だけ動きを止め、それを大事に受け取った。
(……私は“おにいちゃん”であって、“おねえちゃん”じゃない。……不思議と、嬉しいな)
夕焼けに染まる広場。
五人の笑い声が溶け合い、街のざわめきと重なっていった。




