第43話 三百万ゴールドの使い道
報酬の受け取りを終えた五人は、酒と喧騒の広間を抜け、外の涼しい夜風に身を晒した。
ひと息ついたところで、オルフェが大剣を背から外し、ぎしりと刃を見せた。
「……見ろよ。刃こぼれだらけだ」
月明かりに照らされた大剣は、何度も骨を叩き割ったせいで細かな欠けが無数に走っていた。
セリウスも腰の剣を抜き、苦い顔をする。
「俺のもだ。切れ味が鈍ってる……下手すりゃ次の戦いで折れるな」
「私の短槍も穂先が歪んでる。刺し込みが甘くなってたのはこれのせいね」
リディアが柄を見せると、金具の接合部が緩みかけていた。
「僕の長槍も、柄にひびが入ってます」
レオンが静かに言葉を添える。戦いの激しさを思えば当然だった。
アランが皆を見渡し、頷いた。
「まずは武器を整えよう。装備が揃わなければ、どんな依頼もこなせない。三百万で足りるかわからないけど、武器はちゃんと整えておかないとね」
「賛成だ! 武器は騎士の命。こんな刃こぼれだらかじゃ、恥ずかしくてしょうがないぜ」
オルフェが力強く答え、リディアも「俺も、すぐにでも直したいぜ」と同意する。
「よし、じゃあ鍛冶屋に行こう。夜も遅いが、冒険者相手の工房ならまだ開いてるはずだ」
アランの言葉に、五人は鍛冶屋を目指し再び歩き出した。
街路の灯りが石畳を淡く照らし、昼間の喧騒を失った通りはひんやりと静まり返っている。だが遠くからは、かすかに金属を打つ重たい音が響いてきた。それはまるで、夜を拒む炎と鉄槌の鼓動がこの街を守っているかのようだった。
「ここの」鍛冶屋は腕が良いって噂だぜ」
「流石はオルフェ。そういうことはよく知っていますね」
「まあな」
得意げなオルフェが、慣れた様子で工房の扉を押し開ける。
油と鉄と煤の匂いが鼻を突き、奥の炉からは赤々とした光が漏れていた。
「親方! 俺だ! オルフェだ」
「おう! 若旦那! いつもお世話になっておりやす」
「遅くて悪いんだが、ちょっと武器をみてくれないか」
「じゃあ、まずは奥にどうぞ」
親方に案内され、五人は奥の作業場へと足を踏み入れた。壁際には槌や鋸が整然と並び、天井には乾いた獣皮や鉄材が吊るされている。炉の熱気が肌を刺し、床に散った鉄粉が靴裏でざらついた。
五人はそれぞれ、武器を台の上に並べていく。
レオンの長槍は柄に深いひびが走り、セリウスの長剣は鍔元から危うい亀裂を抱えていた。アランの長剣は刃こぼれが激しく、リディアの短槍も穂先が無理な衝撃で歪んでいる。オルフェの大剣に至っては、刃も背もボロボロで、本来の威容は見る影もなかった。
「これは……ずいぶんと酷使しやしたねえ」
鍛冶師の親方が、腕を組み、煤に汚れた眉をひそめる。
「結界の中で骨どもと戦い続けたんだ。仕方ない」
アランが苦笑し、仲間の顔を見回す。
「こりゃあ、修繕だけじゃ済みませんぜ。打ち直して強度を上げてやらねば、次は折れる」
親方は鉄槌を軽く刃に落とし、その響きを耳で確かめた。鈍い音が、武器たちの限界を雄弁に物語っていた。
「なら、ここで思い切って新調しよう」
セリウスが静かに口を開く。
「ギルドからの報酬もあるし、魔石の鑑定で得た金もある。何とか全員の武器を揃えられるんじゃないかな。親方も、きっとまとめて買えば値引きしてくれそうだし」
「そういわれちゃ、しょうがない。まあ、若旦那とのち気合もあるし、ここは勉強させて貰いやしょう」
全員が視線を交わし、自然とうなずき合った。
「よし。だったら――」
レオンが椅子から立ち上がり、決意を込めて声を張る。
「僕たちの命を預ける武器です。最高のものを選びましょう」
親方は豪快に笑い、煤に覆われた顔を輝かせた。
「いい心がけですぜ! ならば奥にある在庫を見てくだせえ」
重たい扉が軋みを立てて開かれる。炉の熱気が一層強まり、まばゆい光を浴びて整然と並ぶ武具の数々が姿を現した。
煌めく刃は獣の牙のように鋭く、力強い槍は大地を穿つかのような重厚さを湛えている。斧も槌も、そして盾も、いずれも使い手を待つかのように静かに佇んでいた。
武具の並ぶ倉庫の中で、五人はそれぞれ自分の相棒となる一本を探し始めた。
「さて……どれにするかな」
アランは壁に立てかけられた長剣の列を見やり、手に取っては重さを確かめていく。
「刃渡りは……少し長めの方がいいな。ああ、これは――」
握った瞬間、手に馴染む感触があった。
「軽いが、芯がしっかりしてる。……これだな」
「目がいいじゃねえか、アラン。俺も負けてらんねえな」
オルフェは、ずらりと並んだ大剣の前に立つと、にやりと笑った。
「よぉし、こいつはどうだ」
鉄塊のような大剣を持ち上げ、一振り試しに振る。
空気がうなる音に、リディアが思わず眉をしかめた。
「オルフェ、それ重すぎないか? 振り回したら床まで割れそうだぜ」
「それでいいんだよ。俺はこういうごついやつの方が性に合ってるんだ」
満足げに肩へ担ぐオルフェの姿に、親方が笑い声を上げる。
「俺は――」
リディアは短槍の棚を前に、真剣な眼差しを向けていた。
「軽くて、刃先が鋭いもの。素早く動けるのがいい」
一本を抜き取り、穂先を光にかざす。青白い光沢を帯びた鋼が、凛とした冷気を放っていた。
「これなら……俺と相性が良さそうだな」
「僕は――やっぱりこの槍ですね」
レオンは長槍の列から一本を取り出す。
しなやかな黒木の柄に、銀色の穂先が鋭く輝いている。
「穂が細い分、貫通力が高い。僕の突きを活かせるはずです」
その場で軽く型を取ると、動きは流れるように滑らかだった。
「やっぱり、これにしよう」
最後にセリウスが、慎重に長剣を一本ずつ確かめていく。
「私は……あまり派手じゃないのでいい。けれど、折れないことが何より大事」
選んだのは、飾り気のない銀色の長剣だった。
重厚で実直な作りは、まるで彼自身を映すよう。
「うん。これは信頼できそうだ」
五人がそれぞれの武器を手に取り、互いに見せ合う。
熱気に包まれた鍛冶場の中、自然と笑みがこぼれた。
「よし、これでまた戦えるな」
「最高の相棒を手に入れたってわけだ」
「次の冒険が楽しみになってきました」
新しい武器を握りしめた手には、確かな手応えと安心感があった。
アランが一歩前に出て、懐から袋を取り出す。
「親方! これ、三百万ゴールドで足りますか?」
親方は袋を受け取り、ざっと重みを確かめる。
「三百万ゴールドか。……いいですぜ」
にやりと笑い、炉の炎に照らされた顔に皺が深く刻まれる。
「その代わり、次も買いに来てくだやし。武器も人も、縁あって出会うもんですからな」
「ありがとうございます」
アランが深く頭を下げると、背後の仲間たちも同じように礼をした。
「わりーな、親方。俺は親方一筋だから許してくれ」
オルフェが豪快に笑うと、親方は大きく手を振った。
「分かってますよ、若旦那! おめえさんの顔を見ると、こっちの気合も入るってもんでさ」
笑い声と鉄の匂いに包まれながら、五人は満足げに鍛冶屋を後にした。