第41話 二度目のダンジョン探索 7
五人がさっきの通路へ戻るとそこにスケルトンはいなかったが、今来た道の背後から、湿った空気を切り裂くように、がしゃり、がしゃりと乾いた音が押し寄せてきた。
どうやら前の道は通れないとみて、こっちの道から追いかけてきたようだ。
狭い通路の奥、ランタンの灯りの端に白い影が揺れ、やがてスケルトンの列がずらりと現れる。
「……数、けっこういるな」
アランが低く呟いた。
視界の限りでも十体以上、さらに奥から続々と現れている。
「けど、まとめて来られるわけじゃねぇぜ。この通路なら出口で袋叩きにできる」
オルフェが大剣を振りかぶり、足を踏ん張る。
「よし、俺が正面で壁になる!」
「じゃあ、俺はその右側から援護だな」
セリウスが長剣を抜き、オルフェの右を守る位置に立つ。
「俺は通路の右端、セリウスの横だ。骨どもを短槍で狙ってやるさ」
リディアが短槍を構え、素早く位置を取った。
「僕は……左の端」
レオンが息を整え、長槍を構える。レオンの右にはアランが陣取った。
やがて最前列のスケルトンが金属音を立てて剣を振りかざし、狭い通路から飛び出してきた。
「来やがったなァ!」
オルフェの大剣が唸りを上げ、骨の戦士を粉砕する。
砕け散る音を皮切りに、次々とスケルトンが雪崩れ込む。
アランが鋭く叫んだ。
「崩れるな! 囲みこんで迎え撃て!」
その号令に合わせて、五人は扇のように陣を組む。
刃と骨の衝突音が広間に響き渡り、火花が散った。
オルフェの大剣が横なぎに走り、二体目のスケルトンの胴を粉砕する。砕けた骨が飛び散り、湿った石床に転がった。
だが、後ろから次々と押し出されるように、骸骨の軍勢は途切れなく現れる。
「数が多い……!」
セリウスの剣が白刃を閃かせ、迫る槍を弾き飛ばす。間髪入れず逆袈裟に振り下ろし、骸骨の頭蓋を砕いた。
「通路が狭いのが幸いだな……!」
リディアは短槍で素早く突き、骨の膝を狙ってへし折る。倒れ込んだスケルトンをオルフェが踏み砕いた。
「今だ、押し込め!」
アランが叫び、盾のように剣を振り払って前線を支える。
その横で、レオンが長槍を突き出した。
突き刺した穂先が骸骨の胸郭を貫き、バラバラと崩れ落ちる。
しかし、骸骨どもは倒れても怯まず、ただの兵士のように淡々と仲間の残骸を踏み越えて進んでくる。
「……厄介だな。こいつら怯むってことを知らない」
アランが歯を食いしばる。
「はじめっから、全部砕くだけだろう!」
オルフェが吠え、大剣を叩きつける。
その時、奥の闇から一際重い音が響いた。がしゃり、と甲冑の擦れる音。
ランタンの明かりの縁に、他の骨よりも大きな影が揺れる。
「……なんかでかいのが来た!」
セリウスが警告の声を上げる。
現れたのは、鎧をまとった騎士の姿をしたスケルトンだった。
手には錆びついた大剣を握り、空洞の眼窩が青白く光を宿している。
普通のスケルトンとは比べ物にならぬ威圧感に、五人の背筋が粟立った。
「おいおい……骨の大将様の登場かよ!」
オルフェが大剣を構え直し、笑みを浮かべる。だが、その額には冷たい汗が滲んでいた。
「気を抜くな! 全員でかかればたいしたことない」
アランが叫び、剣先を騎士スケルトンに向けた。
骸骨の軍勢が倒されるたび、骨の騎士がじりじりと迫ってくる。
その刃が持ち上がり、通路全体に重苦しい殺気が広がった。
甲冑をまとったスケルトン――《骸骨騎士》が一歩踏み出すと、石畳に重い音が響いた。
セリウスは咄嗟に剣を構え、振り下ろされた大剣を受け止めた。
衝撃で腕が痺れる。人間の兵士ではありえない膂力だった。
「くっ、他の骨どもと違う……!」
「下がれ、セリウス!」
アランが割って入り剣を立てる。火花が散り、押し負けぬよう必死に足を踏ん張った。
「援護する!」
リディアが短槍で側面から突きを放つが、骸骨騎士は身体をひねって受け流し、青白い眼光をぎらつかせる。
「おい、こいつ……普通の斬撃じゃ通らねぇ!」
オルフェが大剣で振りかかるも、甲冑の上からでは骨を砕ききれない。逆に弾かれ、腕が大きく揺さぶられた。
「とりあえず通路内から出すな! こいつに押し込まれたら、後ろからスケルトンが出てくるぞ」」
アランが歯を食いしばる。防御の陣を突き破られるわけにはいかない。後ろのスケルトンになだれ込まれて乱戦になっては、一気に戦況は不利になる。有利な地の利を捨てるわけにはいかないのだ。
その時、後衛にいたレオンの目が鋭く光った。
骸骨騎士の胸部に、淡く揺らめく黒い靄が漂っていることに気づいたのだ。
「……なるほど。きっと胸部の魔石が急所です」
レオンが低く呟いた。
「だが胸は鎧に守られているぞ!」
アランが振り返る。
「僕の魔法なら、鎧の隙間から多少は通るかもしれません。弱ったところを全員で集中攻撃すれば」
「魔法……魔法なら隙間から届くって!?」
セリウスが驚きに目を見開く。
「分かりませんが、やってみます!」
レオンは長槍を引き戻し、背から古びた魔導書を取り出した。
仲間たちが怪訝そうに彼を振り返る。だが、レオンの声は冷静だった。
「俺が魔法で攻撃します。そしたら全員で奴の鎧を砕いてください!」
「任せろ!」
アランが叫び、盾となるように前に出る。
オルフェも大剣を振りかざし、「胸だな!」と吠えた。
セリウスとリディアも左右から挟み込み、骸骨騎士を囲む。
一方でレオンは床に膝をつき、魔導書を睨みながら魔法呪文を詠唱する。
淡い光が広がり、骸骨騎士の足元に光の魔法陣が浮き上がる。
「焼き払え! ヘルファイアー!」
レオンの声が石壁に反響した瞬間、魔法陣から迸った黒炎が骸骨騎士の全身を包んだ。
青白い光の眼窩がぎらりと光を増し、甲冑の隙間から炎が噴き上がる。
重厚な鎧が焼かれ、金属が軋む音が通路に響いた。
「今だ、胸を狙え!」
アランが号令をかける。
オルフェが吠え、大剣を全力で叩き込む。
炎に熱せられた甲冑に刃が食い込み、装甲の一部が砕けた。
すかさずセリウスが横薙ぎに斬りつけ、露わになった胸部をえぐる。
「リディア、突け!」
「任せて!」
リディアの短槍が光を反射しながら突き入れられる。硬い骨に亀裂が走り、黒い靄が溢れ出した。
「まだだ、砕き切れ!」
アランが渾身の力で剣を突き立てた。胸甲が崩れ落ち、ついに骸骨騎士の中心――黒く濁った魔石が露出する。
「これでどうだ!」
オルフェの大剣が振り下ろされ、砕け散った魔石が粉々に砕け、黒い靄が霧散した。
骸骨騎士はがしゃりと膝をつき、空洞の眼窩の光がすっと消えていく。
やがて、鎧ごと粉砕された骨の山だけを残し、完全に動きを止めた。
通路を満たしていた重苦しい気配が、嘘のように消える。
仲間たちは荒い息をつき、互いに視線を交わした。
「……やったな」
アランが剣を下ろし、苦笑する。
「骨の大将様も、案外もろかったじゃねぇか」
オルフェが肩で息をしながらも笑ってみせる。
だが、その後ろからスケルトンが押し寄せていた。