第40話 二度目のダンジョン探索 6
「……空気が違うな。長いこと閉ざされてた場所かもしれん」
アランが低くつぶやく。
「こりゃますます怪しいな。罠とかねぇだろうな」
オルフェが冗談めかして言うが、その声には緊張が混じっていた。
「罠はおれにお任せだぜ」
リディアが仲間を見渡し、先頭に立つ。
狭い通路は人一人がやっと通れる幅で、天井は低く、湿った石が滴りを落としていた。靴底が水を踏み、ぴしゃりと音を立てる。
奥へ進むにつれて、入り口からの光も見えなくなり、ランタンの光が唯一の頼りとなった。
しばらく歩くと、リディアが再び足を止める。
「……見ろ。壁に刻まれてる」
ランタンの明かりに照らされ、苔むした石壁に古い文字のような彫り込みが浮かび上がった。擦れて判読は難しいが、円形の紋章と、骸骨のような図形が描かれている。
「こりゃ……不吉な感じだな」
オルフェが眉をひそめる。
「魔術的な封印かもしれない」
アランが険しい表情を見せた。
レオンはおそるおそる近づき、指先で石の表面をなぞった。
「……何かの封印結界の痕跡ですね。でも……完全に消えてます。だいぶ昔に解除されたものかと」
「それでスケルトンがたくさんいるのか? 何とか封印結界を復活できないのかな」
セリウスが呟き、仲間の顔を見渡す。
レオンの指先が石壁をなぞり続ける。古い線刻の奥には、まだかすかに魔力の残滓が漂っていた。
「……やっぱりだ。この魔法陣、スケルトンを呼び出す源を封じたものみたいです」
「つまり、この壁の向こうに何かがいるってことか?」
アランが声を潜める。
「はい。正確には、居るというより有るですね。スケルトンを呼び出す魔力源……。ここを崩して取り出してみましょう」
レオンの声はかすかに震えていた。
アランは即座に判断を下す。
「壊せるのか? 岩じゃないのか」
「一見、岩のように見えますが、固まった土と言ってよいでしょう。きっと掘れるはずですよ。たぶん大きな魔石のようなものがあるんじゃないかな。それがなくなれば、これ以上スケルトンが増えるのは防げるはずです」
「よし、やろう。オルフェ! 頼んだぞ」
「なんだよ。結局、俺頼りか。まあ、任せな!」
オルフェが大剣を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「ちょっとどけよ。こういう力仕事は俺の専売特許だ」
ごうん、と鈍い音を立てて大剣の背を岩肌に叩きつける。
脆くなっていた壁面がひび割れを起こし、砕けた石片がぱらぱらと足元に落ちた。
「おお……やっぱりだ」
レオンが目を凝らす。
砕けた隙間の奥で、ぼうっと青白い光が漏れ出している。
オルフェがさらに数度叩きつけると、ついにごろりと塊が露出した。
それは人の頭ほどもある魔石だった。表面は黒ずみ、ひびの隙間から不気味な光が脈動している。まるで生き物の鼓動のように。
「……うわ。嫌な感じしかしねえ」
オルフェが大剣を構え直し、後ずさる。
レオンがすぐさま前へ出た。
「触っちゃだめです! 今、これはかなりの魔力を放出しています。素手で触るのは危険すぎる」
「じゃあ、どうする」
アランが短く問う。
レオンは大きく息を吸い込み、覚悟を決めるように頷いた。
「僕が魔力を放出しないように、魔法でスイッチを切ります。大抵こういうのは、魔石に弱い魔物が取り付いてて、その力を利用しているんです」
そう言うと、腰の小袋から白銀の粉を取り出し、魔石の周囲に円を描くように散布していく。
粉はランタンの光を受けて淡く光り、途切れた紋様を補うかのように浮かび上がった。
レオンは両手をかざし、呪文を低く唱える。
――石の表面がびりびりと震え、黒い靄が吹き出した。
「こいつが魔物か!」
アランが黒い靄をはらいながら叫ぶ。
「ぐっ……抵抗してる……!」
レオンの顔に汗が滲み、指先が震える。
「レオン、持ちこたえろ!」
セリウスが、仲間とともに周囲を固める。
やがて黒い靄は断末魔の叫びのような唸りを上げながら、描かれた封印陣の中へ吸い込まれていった。
魔石の光が徐々に弱まり、最後にはただの青い塊となって沈黙する。
レオンはその場に膝をつき、大きく息を吐いた。
「……終わりました。これでもう、スケルトンは増えません」
「よくやったな!」
オルフェが笑いながらレオンの背を叩き、アランも静かに頷いた。
セリウスは沈黙した魔石を見下ろし、眉を寄せる。
「この魔石、けっこう高値で売れるかも。もう触っても大丈夫だよね」
レオンは疲労で肩を上下させながら、それでも小さく頷いた。
「ええ、もう危険はありません。ただ……不用意に持ち歩くのはおすすめしません。魔物は付いていないので、そこのところは心配ないですが、パワー自体はかなりの物なので」
「なら、袋にでも入れておくか」
アランが冷静に提案する。
「街に持ち帰れば、専門家がどうにかするだろう」
「……高く売れるなら、それもいいな」
オルフェがにやりと笑ったが、その目に冗談めいた光はなかった。彼もまた、この魔石の危なさを理解していた。
革の袋に包まれた魔石は、なおかすかに冷たい脈動を伝えてきた。
その重みを肩越しに感じながら、五人は短い休息を取る。
しんと静まり返った通路の奥、誰も声を発していないはずなのに……ふと、耳を澄ませると微かな「音」が聞こえた。
水滴の音でも、石の崩れる音でもない。
――規則的に、金属が擦れるような、乾いた軋み。
「……聞こえるか?」
アランが低く囁く。
「また、何か来る……」
リディアの声がわずかに震えた。
セリウスは拳を握りしめ、前を見据える。
「……たぶん、まだこの奥にスケルトンがたくさんいる。増えないといっても、今までに呼び出されたのは元気なんだろう」
オルフェが大剣を構え直し、力強く応じる。
「なら、さっさとぶっ倒して帰ろうぜ! この細い通路なら、そんなに一度に通れないだろ」
「さっきのところに戻って、出口で袋叩きにしよう!」
「了解!」
「アラン。グッドアイデアだぜ!」
五人は、急いで引き返した。