第39話 二度目のダンジョン探索 5
轟音が地下空洞に木霊した。
スケルトンの群れが、一斉に突撃を開始したのだ。
甲冑の擦れ合う音、骨のぶつかる音、剣を振るう金属音……それらが渦を巻き、押し寄せる怒涛の波のように迫ってくる。
「走れ!」
アランが剣を振り抜き、追いすがる一体の首を斬り飛ばす。
乾いた骨の山を蹴散らしながら、仲間たちは必死に階段を目指した。
「《ライトニング・ボルト》!」
レオンの詠唱と共に、魔導書が眩い閃光を放つ。
雷撃が直線状に走り、十体近くのスケルトンをまとめて薙ぎ払った。
骨が黒焦げになり、甲冑が爆ぜる音が響き渡る。
「いいぞ、レオン!」
オルフェが大剣を振り回し、崩れかけたスケルトンを叩き潰した。
だが、数は減ったようには見えない。むしろ波のように押し寄せてくる。
「くっ……振り返るな! ひたすら走け!」
セリウスが仲間を鼓舞する。
背後では、リディアが必死にランタンを掲げ、暗闇を照らし続けていた。
「この数……本当に終わりがあるのか!?」
オルフェが歯を食いしばる。
アランが冷静に叫ぶ。
「時間を稼ぐしかない! レオン、もう一発撃てるか!」
「やってみます!」
レオンは震える指先で魔導書のページをめくり、再び詠唱に入った。
「――雷よ、奔れ! 《チェイン・サンダー》!」
雷光が連鎖し、骨の軍勢を次々と貫いた。
火花が散り、暗黒の広間が一瞬だけ昼のように照らし出される。
しかし、焼き切った骸骨の後ろから、さらに無数の亡者が這い出してくる。
「まだだ、止まらない……っ!」
レオンが額から汗を滴らせ、よろめく。
アランが彼を支え、声を張り上げた。
「今のうちに階段を登れ! 俺とオルフェで食い止める!」
「馬鹿言うな、全員で逃げるんだ!」
セリウスが反論するが、もう選択の余地はなかった。
スケルトンの軍勢はすでに二十歩と離れていない。
オルフェが背中で叫んだ。
「いいから先に行け! 仲間を死なせたくねえなら、今は走れ!」
セリウスは一瞬だけ迷ったが、すぐに決断する。
「……必ず追いつけ! 置いてはいかない!」
そう叫び、レオンとリディアを引き連れて階段を駆け上がった。
背後ではアランとオルフェが剣と大剣を振るい、骨の群れを必死に押し留めている。
火花と金属音が交錯し、亡者の咆哮が響き渡る。
階段を上り切ったところで、セリウスは振り返った。
アランとオルフェも、息を切らしながら辛うじて飛び込んでくる。
追撃の刃が間近に迫った瞬間、レオンが最後の魔力を絞り出し、階段口に雷撃を放った。轟音と閃光。
入り口を塞ぐように骨と甲冑が崩れ落ち、一瞬だけ亡者たちの進撃が止まる。
「今だ、走れ!」
セリウスの声に背中を押され、五人は全力で暗闇の通路を駆け抜けた。
――背後からなお、骨の軍勢の咆哮が響き渡っていた。
石段を駆け抜け、ようやく広い通路に飛び出した。
背後では、雷撃で崩れたスケルトンの残骸が道を塞いでおり、ひとまず追撃は止まっている。
アランが息を切らせながら石段を覗き込む。
「ひとまず、追ってはこないようだな」
「うん。とりあえずここまでくれば安全かな」
セリウスも心配そうに耳を澄ます。
「……はぁ、はぁ……っ! 死ぬかと思った……」
レオンが壁にもたれかかり、額の汗を拭った。
魔導書を抱きしめるその手は、小刻みに震えている。
オルフェは大剣を石床に突き立て、荒い息を吐いた。
「クソッ……あんな数、相手できるわけねぇ……。もし階段がなかったら、今ごろ全滅だ」
リディアは胸を押さえ、ランタンを膝の上に置いた。
「……数もそうだけど、動きが不気味だった。まるで軍隊みたいに統率が取れていた……」
アランが腕を組み、険しい顔で言う。
「確かに。普通のスケルトンなら、あそこまで整然とした行進はしない。誰か、あるいは何かが、奴らを指揮していると考えるべきだな」
セリウスは剣を鞘に収め、仲間を見渡した。
「とにかく、下層に行くのは無謀だ。あの軍勢が控えてるなら、正面突破なんてできない」
「じゃあ引き返すか?」
オルフェが顔を上げる。
「でもよ、このまま何もしないで帰るのか?」
リディアが首を振った。
「引き返すにしても、あのスケルトン軍団が、この回まで上がってこないことを確認してからの方が良くないか?」
レオンが弱々しい声を上げる。
「ぼ、僕もそう思います。……まずは、ここで起きていることをある程度把握するべきです」
アランが静かに頷いた。
「問題はあいつらが一気に登ってきた時だな。真正面から挑めば数の暴力に押し潰される。相手にするスケルトンを減らすために、通路をできるだけ狭めた方が良いな」
五人は互いに目を合わせ、小さく頷いた。
石段のおり口に大きめの石を積み上げてバリケードを築き上げる。
「これで、一度に多数は出てこれまい」
「ああ、出てきたところを周りから袋叩きにすれば、何とかここで守り切れるな」
アランとリディアが汗をぬぐう。
緊張の糸が切れたのか、しばし沈黙が流れる。
湿った石壁からは冷たい雫が滴り、床に小さな水たまりを作っている。
セリウスは拳を握り、決意を込めた声で言った。
「よし……ひとまず休息を取ろう。呼吸を整えて、できるだけ回復して体勢を立て直す」
レオンは肩で息をしながら魔導書を閉じ、膝の上に置いた。
「……魔力は、まだ少し残ってます。けど、もう大規模な魔法は無理です……」
アランが頷く。
「あれだけ魔法を使えば、魔力も枯渇するだろうな。助かったよ」
オルフェは大剣を横に置き、背中を壁に預けた。
「ふぅ……まったく、レオンの魔法がなかったら今ごろ骨の仲間入りだったな」
「全くだ。でも、もうレオンの魔法がないとなれば、無理はできないね」
セリウスは、思案気に遠くを見やる。
リディアはランタンの火を調整しながら、ふと周囲に目を向けた。
その視線は壁の一点に留まる。
「……あれ?」
彼はランタンを少し掲げ、火をゆらめかせた。
影が壁に濃淡を刻み、ただの岩肌と思っていた部分に妙な直線が浮かび上がる。
「なあ、こっちを見てくれ」
仲間たちが振り返ると、リディアが指差した先には、確かに縦に走る不自然な線が刻まれていた。
自然の割れ目にしては、あまりにも真っ直ぐすぎる。
「……よく気づいたな」
セリウスが目を細める。
「これは……扉の痕跡か?」
アランが近づき、掌でなぞる。微かに石と石の間がずれており、隙間から冷気が漏れていた。
セリウスは立ち上がり、仲間たちに視線を送る。
「隠し部屋……かもしれない」
「宝部屋か!」
オルフェが目を輝かせた。
「開けるぞ!」
「やってくれ」
アランが頷く。
「開いた。どうやら先に繋がってるな」
「おおっ! 隠し通路か、本当に繋がってるなら、軍勢を避けて先に進めるんじゃねえか!?」とオルフェ。
リディアは慎重な声音で言った。
「でも、誰かが隠すために作った道だぜ。安全かどうかは分からねー」
セリウスは剣の柄に手を置きながら頷く。
「それでも、正面突破よりは希望がある」
アランが低く付け加える。
「選択肢は二つだ。食料はまだ三日分はある。このまま戻って地上を目指すか、別通路に賭けるか……」
レオンが小さく息を呑み、それから決意を込めて口を開いた。
「戻ってきた時に、ここがスケルトンで一杯になっているかもしれませんよ。その時、僕らは退路を失います。でもせっかく見つけた別通路です。中がどうなってるか少し興味がありますね」
「誰も入ってないんなら、何かすんごいお宝が眠ってそっだな」
オルフェがにんまりと笑う。
五人の視線が交わり、頷き合った。
「「「よし、調べてみよう」」」
リディアはランタンの明かりを掲げた。