第38話 二度目のダンジョン探索 4
倒れた黒騎士の残骸を踏み越え、セリウスたちは祭壇の周囲を調べ始めた。
瓦礫に埋もれた一角で、オルフェが金属を叩くような音を響かせる。
「おい、こっちに来てみろ!」
瓦礫をどけると、黒ずんだ鉄の宝箱が現れた。
鎖で厳重に縛られ、表面には古代文字のような刻印が施されている。
「罠かもしれん。慎重にな」
アランが剣を構えて警戒し、リディアが屈み込んで鍵穴を覗き込む。
「……ふむ、魔力の封印付きだな。けど、そう強力な仕掛けじゃない」
器用に工具を差し込み、かちりと音を鳴らす。
鎖が解け、箱の蓋が重々しく開いた。
――ぱあっ。
中から光が溢れ出し、洞窟の壁を黄金色に照らす。
中に収められていたのは、煌びやかな装飾を施された指輪と、青白く輝く魔石だった。
「こ、これは……!」
レオンが思わず手を伸ばす。
「きっと古代の魔導具ですよ。外に出たら鑑定士に見てもらいましよう!」
「本物の古代の魔導具か!? こんなところに、そんなお宝が眠ってるのかよ……!」
オルフェが目を丸くする。
セリウスは宝を手に取ると、仲間たちに視線を向けた。
(もしかしたら、『性転換の魔道具』かもしれない。いや、そんな簡単に出会えるはずはないか……)
「分け前は帰ってから相談しよう。今は、無事に生還するのが先決だ」
五人は互いに笑みを浮かべ、束の間の達成感に浸る。
しかし、その背後で――祭壇の割れ目から、墨のように濃く黒い液体がじわりと滲み出していた。
じわり、と祭壇の割れ目から滲み出した黒い液体は、やがて土に吸い込まれることなく、地表を這うように広がっていった。
「……なんだ、これ」
オルフェが剣先で突こうとした瞬間、液体はしゅうっと煙のように揮発し、消え去った。
「魔力の残滓……?」
リディアが険しい顔で呟く。
アランが胸で腕を組み眉根を寄せる。
「黒騎士を倒したことで、別の何かが目覚めた可能性があるかもな」
レオンの喉が鳴る。
「ま、まさか……まだ終わってないってことですか?」
セリウスは拳を握りしめ、仲間を見渡した。
「ここに長居はできないね。先へ進むか、引き返すか?」
そう言って石段を降りる通路へ足を向ける。
地下へと続く階段は冷たい風に吹かれており、その奥からは、かすかに金属が擦れるような不快な音が響いていた。
「下層に……まだ何かが待っている。先に進もう」
アランが低く言い放つ。
振り返った仲間の瞳に、不安と決意が入り混じる。
――そして五人は、更なる深淵へと歩を進めた。
階段を下りきった瞬間、あたりの景色が一変した。
そこは先ほどまでの石造りの回廊ではなく、広大な地下空洞だった。天井は高く、ところどころから垂れ下がる鍾乳石が、まるで牙のように冒険者たちを見下ろしている。
足元には黒ずんだ水溜りが点在し、踏みしめるたびにぬかるんだ音が響いた。
空気は冷たく湿り気を帯び、鼻を突くような腐臭が漂う。
「ここが地下三階層。……う、うわ……臭いがひどい」
レオンが鼻を押さえ、顔をしかめる。
「ただの地下水の臭いじゃないな。死臭に近い」
アランが剣を抜き、周囲を警戒する。
そのとき――カラン、と金属の落ちる音が洞窟の奥から響いた。
全員が反射的に身構える。
だが目に映ったのは、誰の姿でもなかった。……闇。……闇以外は何も見えなかった。
代わりに、奥の闇の中で「何か」が這いずるような音が続いていた。じりじりと、近づいてくる。
「……さっきの黒い液体、あれの影響じゃないだろうな」
リディアの声が、緊張でかすれる。
オルフェが肩を怒らせ、大剣を構え直した。
「どんな相手でもいい……来るなら、迎え撃つだけだ!」
松明の明かりが届かぬ闇の奥で、青白い光がぽつりと点った。
一つ、二つ……やがて十を超える光点が、静かに揺らめき始める。
「眼……?」
セリウスが思わず呟く。
その瞬間、湿った大地を震わせるように、無数の骨がぶつかり合う音が鳴り響いた。
光点は一斉に揺れ、カラカラと鳴動しながら、こちらへと歩み出してくる。
やがて、松明の明かりが、その正体を照らし出した。
――スケルトン。
骨と錆びた甲冑をまとった亡者たちが、列を成して姿を現す。
その数は十や二十ではきかず、ざっと見ただけでも五十を超えていた。
青白い眼光が一斉に灯り、暗黒の大広間を蒼白に染め上げる。
甲冑が擦れ合う金属音と、乾いた骨の軋む音が重なり、まるで軍勢の行進のようだった。
「ご、五十……いや、それ以上!?」
リディアの声が裏返る。
アランが冷ややかに呟く。
「……これは、ただの群れじゃない。まるで軍隊だ」
先頭に立つスケルトンが剣を振り上げ、甲冑の胸を打ち鳴らす。
それを合図に、全軍が一斉に武器を掲げ、ずらりと刃の壁を築き上げた。
「く、くそっ……これ、絶対無理だぞ!」
オルフェが思わず後退りする。
レオンが冷静に魔導書を開いた。
「数が多すぎる。……これは、魔法を放ちながらの撤退戦ですね」
スケルトンの群れは間隔を詰め、戦場のような整列を崩さぬまま、じりじりと迫ってくる。
その一歩ごとに、洞窟の大地が低く震えた。
セリウスは剣を抜き、仲間の背を振り返った。
「急いで逃げなきゃ、捕まったら帰還できない! 絶対振りきろう!」
「逃げろ!」
アランの素早く決断した号令が飛ぶ。
五人は互いに頷き、降りてきた階段を上り始める。
松明の炎が、彼らの危機感を映すかのように激しく揺らめいた。
だが、スケルトンの軍勢は、地響きを立てながら一斉に突撃を開始した。