第2話 フィオナ・ド・ヴェルメール
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初めての授業を終え、セリウスたちは学舎の男子寮へ向かった。騎士養成学校《ヴァルロワ学舎》は全寮制である。
石造りの廊下には、荷物を抱えて右往左往する新入生や、容赦なく声を張り上げる上級生たちの姿があった。
窓の外には練兵場が広がり、槍を振るう上級生たちの掛け声と、陽光をはじく金属音が爽快に響いている。
セリウスは自室に荷物を運び入れ、ふと息を整えたそのとき――背後から、不意に声をかけられた。
「初めまして。お隣さん」
振り向いた瞬間、息を呑む。
そこに立っていたのは、長い黒髪を背に流し、宝石のように澄んだ蒼の瞳と白磁の肌を持つ“絶世の美女”だった。
(……は? 男子寮に女?)
一瞬そう思ったが、声にはわずかに低音が混じっている。
年齢は同じくらいに見える。寮母にしては若すぎるし。……ドレス姿でここにいるってことは?
「……あの、あなたは?」
「自己紹介が先ね。フィオナ・ド・ヴェルメール。一年生よ。お見知りおきを」
彼――いや、彼女?――は優雅にスカートの裾を摘み、舞踏会さながらのカーテシーをしてみせた。その仕草は女王に謁見する淑女のように完璧で、しかも自然。
視線がセリウスを上から下までさらりと流れ、値踏みするように止まる。その口元に、意味深な笑みが浮かんだ。
(……やっぱり男? いや、女にしか見えないけど……それにしても美形すぎる! なんで男子寮に、こんなのが……。私、女なのに、完全に負けてるんだけど!)
セリウスは心の中で頭を抱えつつも、表情には出さずに一歩前へ。
胸に手を当て、努めて落ち着いた声で名乗った。
「セリウス・グレイヴです。初めまして。これからよろしくお願いします」
声がわずかに裏返りそうになるのを、必死に押し殺す。
「あなた、随分と整った顔立ちね。しかも……肩幅が私より狭いわ。ふふ、もし私みたいに女装したら――間違いなく見惚れるほどの美人になるでしょうね」
心臓が跳ね上がる。
(なっ……!? 一目で“女かも”って疑うとか、どんな観察眼よ! いや、違う、これはただの冗談……だよな? ていうかアンタの肩幅が広いだけだろ!)
「……気のせいだ」
「ふふっ、やっぱり面白い子。いいわ、あなた――私の好みだし、興味あるわ」
(……は!? え、ちょっと待って。これ、オカマにアプローチされてる? しかも、私を男として口説いてるのか、それとも女として見抜いてるのか……どっち!?)
「フィオナ、あんまりからかうな」
アランが間に入り、軽く眉をひそめた。
「セリウスは俺の幼馴染だ。手を出すなよ」
「『手を出すな』なんて言われると、逆に手を出したくなるのが人情でしょう?」
フィオナはこともなげに返し、ベッドに腰を下ろすと、優雅に脚を組んでみせた。窓の外には夕焼けが差し込み、その横顔を赤く照らす。
「それに……あなたも実に綺麗なお顔だこと、アラン君?」
「……フィオナ」
アランがため息をつく。
フィオナはひらりと手を振り、話題を変えた。
「ま、冗談はさておき――ねえセリウス。この学舎で困ったことがあったら、私を頼りなさい。情報、人脈、噂話……これでも顔が広いのよ」
(……いや、冗談の方が濃すぎて、全然“さておき”になってないんだけど! でも、確かにこの人……女みたいにお喋りっぽい。積極的だし、噂話にはもれなく首を突っ込みそう。人脈は広そうだし、確かに情報を得るのは速そう)
「は、はい。頼りにさせてもらいます」
「ところでフィオナ。確認しておきたいんだが、フィオナは男でいいんだよな?」
アランが眉をひそめ、真剣な声を出す。
「その恰好はどう見ても女の物だし、ここは男子寮だ。セリウスの隣が君の部屋なら矛盾がしょうじる!」
「あーら。やっぱり私が女に見えるのね。正直なんだから、アランは」
「服装が女の物だと言っているだけだ」
「でも、確認が必要なんでしょう? ほら、触って確かめる?」
フィオナがすっとアランの手を取った瞬間――アランは顔をしかめ、慌てて振り払う。
「よせ!」
「あーら。可愛い……アランって、けっこうウブなのね」
「違うだろう。変なものを触らせるな!」
「失礼ね、アラン。私ほど魅力的な女はそうそういないわよ?」
胸を張るフィオナ。
「男ってことでいいんだよな! でなきゃ男子寮に入れるはずない。魅力とかどうでもいいけど、その格好はやっぱりおかしい!」
セリウスが思わず割って入った。
「私はね――心も見た目も女。ちょっと余計なものが付いてるだけ」
「「あるんのかよ!」」
セリウスとアランのツッコミが見事に揃う。
「……はぁ。やっぱり騎士養成学校ってのは、変わった奴も集まるんだな」
セリウスは思わずぼやいた。
「ふふ。セリウス、あなたもドレス着てみる? きっと似合うわよ」
フィオナが猫のように目を細め、セリウスの顎に指を伸ばす。
「や、やめろっ!」
セリウスは飛び退き、真っ赤になって木剣を構えるような格好をした。
「こ、今度そんなことしたら叩き斬るからな!」
「怖い怖い。……でもその反応がまた可愛いのよね」
フィオナはけらけらと笑い、ベッドにごろんと寝転がった。
「……おい、セリウス」
アランが半眼で呟く。
「お前、もしかしてコイツに気に入られてるんじゃないのか?」
「ち、違う! 断じて違う!」
「いいえ。私、セリウスも、アランも気に入ったわ」
「わ、わ、私もか!」
アランまで赤面する。
「だって、二人ともイケメンなんだもの。女が放っておくわけないじゃない」
「「よしてくれ!!」」
フィオナは楽しそうに肩をすくめ、しれっと言った。
「じゃあ、初めは、男としてともだちになってくれる?」
セリウスとアランが、互いの顔を見合わせた後アランが答える。
「『初めは』ってのが気になるけど……男としてなら友達になるのは、やぶさかではない」
「うん。男としてなら、ね」
セリウスも頷いた。
「ありがとう。二人とも」
握手を交わす三人。
「ふふ、いいわねぇ。青春って感じ」
フィオナは手を離すと、頭の後ろで腕を組んでにやにやと二人を眺めた。
「ま、これから寮生活は長いんだし……退屈しなくて済みそうだわ」
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