第37話 二度目のダンジョン探索 3
祭壇から噴き出す瘴気がさらに濃くなった。
その中で、ひときわ大きな影がゆっくりと立ち上がる。
――ガシャリ。
全身を黒ずんだ甲冑で覆い、両手には大剣を握った巨躯。
眼窩には紅蓮の光が燃え、普通のスケルトンとは明らかに異なる威圧感を放っていた。
「っ……でかい……!」
オルフェが思わず息を呑む。
「こいつ、他の骨とは違うぞ!」
黒鉄のスケルトン――その剣がゆっくりと持ち上がると、周囲の骸骨たちが一斉にひれ伏した。
まるで王を讃える兵のように。
「……隊長格か、それとも守護者か」
アランが歯を食いしばる。
「どちらにせよ、あれを倒さなきゃ祭壇は壊せない!」
黒騎士スケルトンが低く唸るように顎を震わせ、大剣を地に叩きつけた。
ドン、と震動が走り、周囲の骨がバラバラと組み上がり、新たな兵が立ち上がる。
「また呼び出した!?」
リディアが舌打ちする。
「雑魚はレオンとリディアで抑えてくれ! 私とセリウス、オルフェは正面の黒騎士スケルトンだ!」
アランが即座に指示を飛ばした。
「援護は任せた!」
「行くぞッ!」
セリウスが咆哮し、仲間たちが一斉に突撃した。
黒騎士の大剣が横薙ぎに振るわれる。
セリウスとアランが同時に剣を交差させて受け止めるが――
ガギィィィィンッ!
凄まじい衝撃に、二人の足が床を滑り、石畳に亀裂が走った。
「おっ……重すぎる!」
「根性で……押し返す!」
オルフェが背後から渾身の一撃を叩き込む。
しかし黒騎士の甲冑は厚く、火花を散らすだけで傷一つつかない。
「ちっ……ただの骨じゃねぇな!」
その隙に、リディアの投げナイフが飛び、黒騎士の眼窩を正確に撃ち抜く。
だが、紅蓮の光は一瞬揺らめいただけで、すぐに燃え盛るように戻った。
「効かない……!?」
「核があるはずだ!」
アランが叫び、レオンが光魔法を練り上げる。
その間にも黒騎士が大剣を振り下ろす。
セリウスが必死に刃を受け止め、火花が散った。
「くっ……みんな! 時間を稼ぐ!」
仲間たちの目が交錯する。
全員が理解していた――この黒騎士を倒さなければ、進むことはできない。
紅蓮の眼光を燃やし、黒騎士は吼えるように剣を構え直した。死の守護者と、五人の冒険者の決戦が、今、幕を開けた。
黒騎士は一撃一撃が重く、剣を受け止めるたびに石畳が割れるほどだった。
しかし、セリウスは観察を怠らなかった。
「……この動き、祭壇の方を意識してる……?」
鋭い眼光で、黒騎士の足元と祭壇の瘴気を交互に見つめる。
すると、大剣の振りのたびに背後の祭壇が微かに光を増すことに気づいた。
「祭壇と繋がっている……! 祭壇と瘴気で繋がってる!」
セリウスが仲間に向けて叫ぶ。
「奴の核は祭壇にある! 正面から力任せに叩いても無駄だ!」
「つまり……祭壇を壊せば、あいつも倒せるってことか!」
オルフェが大剣を高く掲げる。
「俺が押さえる! 力押しで動きを封じる!」
「なら俺は後ろから狙う!」
リディアが短槍を構え、投げナイフを腰に挿し直す。
「魔法で足止めをします!」
レオンは手をかざし、光魔法を集中させた。
アランが前に出て、黒騎士の大剣を受け止める。
その剛力で巨躯を押し返し、わずかに祭壇への視界を開く。
「よし、今だ!」
セリウスが走り出す。長剣を精密に操り、祭壇を目指す。
黒騎士は振り向き、紅蓮の眼光をセリウスに向ける。
しかしオルフェとアランが正面で剣を交差させ、攻撃を受け止め続ける。
「リディア、準備はいい?」
セリウスが短く呼びかけると、リディアはうなずき、投げナイフを祭壇の瘴気の中心に向けて放つ。
――カツン。
小さな衝撃と共に祭壇がひび割れ、瘴気が揺らいだ。
黒騎士の動きが一瞬止まる。
「……今だ! 一斉に!」
五人は息を合わせ、祭壇に攻撃を集中する。
オルフェが大剣を振り下ろし、アランが剣閃を叩き込み、セリウスが長剣で斬り込み、リディアが槍を突き、レオンが光魔法で追撃。
――ドンッッ!
祭壇が崩れ落ち、瘴気が渦を巻きながら消えていく。
同時に、黒騎士の紅蓮の眼光が消え、鎧が軋む音と共に崩れ落ちた。
「やった……倒せた……! 骸骨どもが崩れたぞ!」
オルフェが両手を握りしめて叫ぶ。
セリウスが息を整えながら頷く。
「祭壇が、骸骨たちを動かしてたのかな」
倒れた黒騎士の周囲には、瓦礫と砕けた骸骨が散乱していた。
しかし、五人は互いの無事を確認し、心底ほっとした表情を見せた。
「どうやらこの祭壇の瘴気が、やつらのパワーの源だったんでしょうね」
レオンが冷静に分析して仮説を告げる。
「苦しい戦いだったが、皆が無事で何よりだ」
アランが肩を叩き、笑みを浮かべる。
「こうして力を合わせれば、あんな凄い敵だって倒せるんだな……」
深層ダンジョンの空気は、黒騎士が倒れた後もなお湿気と瘴気が混ざったままだった。
だが、先ほどまでの緊張感に比べれば、五人の胸には確かな達成感が満ちていた。
「……ふぅ、これで一区切りか」
セリウスが長剣を鞘に戻し、仲間たちを見渡す。
「ここまで来たんだ、もう少し探索を続けよう」
アランが階段を見下ろし、次の層を指差す。
「怪我をしていなければ、もう少し深く潜れるはずだ」
「でも、あの黒騎士……本当に祭壇と繋がっていたんだな」
オルフェが大剣を背に下げながら息を整える。
「正面から力押しじゃなくて、相手を分析して打ち崩す。俺たちもかなり成長したってことか」
「気が付いたのは、オルフェじゃなくて、セリウスだけどな」
リディアがすかさず突っ込みを入れる。
「そういうお前だって、気が付けなかったんじゃねーのかよ」
「まあ、そうだけどな」
「私がそれに気付けたのも、皆が分析する余裕を作ってくれたからで……」
「幸い光魔法も効果があったしね」
レオンが肩越しに祭壇の破片を見やりながら言った。
「魔法と肉体、両方のサポートがあったから、あの黒騎士も倒せたんですね」
「そうそう。肉体……皆のおかげだぜ。だから俺も一役買ってるってことさ」
リディアが短槍を背に挿し直し、微笑む。
「肉体なら、俺の貢献はでかいはずだな」
オルフェがどや顔でリディアを見やる。
「これで少しは自信がついた……いや、次に何が来ても戦える気がするぜ」
セリウスは皆を見渡すと、微かに笑んだ。