第36話 二度目のダンジョン探索 2
四体のホブゴブリンを退けたあとも、五人は足を止めなかった。
通路は次第に狭くなり、やがて下り階段が姿を現す。苔むした石段を降りるにつれて、空気は一層冷たくなり、吐く息が白く濁るほどだった。
「……寒い。ここ、さっきまでと全然違う」
リディアが両腕をさすりながら周囲を見渡す。
「空気が淀んでるな。湿気じゃなく……死んだものの匂いだ」
アランが険しい目で言った瞬間――。
カラン……カラン……。
通路の奥から、不気味な金属音が響いた。
それは規則的で、まるで兵士の行進のようだった。
「おい……聞こえるか?」
オルフェが大剣を構え直し、低く唸る。
やがて闇の中から現れたのは、骨と錆びた甲冑。
生者の肉を持たず、眼窩に青白い光を宿した骸骨の兵士――スケルトンだった。
「なっ……骨が、動いてる……?」
レオンが目を見開く。震えが声に混じっていた。
スケルトンは剣と盾を構え、ぎこちなくも迷いのない足取りで迫ってくる。
その姿はまさしく、死してなお戦場に立つ兵士。
――そして、その空洞の眼窩がギラリと光り、通路の奥からこちらをまっすぐに捉えた。
「……見つかった!」
セリウスが息を呑む。青白い光が、彼らの存在を敵と認識した証だった。
骨の擦れる不気味な音を立てながら、スケルトンは一斉に顔を上げ、盾を鳴らして前進を始める。
その光景に、背筋を凍らせるほどの殺意がはっきりと伝わってきた。
「くるぞ!」
アランの叫びと共に、最前列のスケルトンが斬りかかってきた。
ガキィィンッ――!
鋼と鋼が打ち合う甲高い音が、冷たい石壁に反響する。
セリウスが長剣で受け止めたが、衝撃は生者の武人と変わらぬ重みを持っていた。
「うっ……重い!? ただの骨じゃない……!」
刃を押し返そうとするが、骸骨の兵士は眼窩の光を揺らめかせ、無感情のまま押し込んでくる。
その隙を突くように、後方から別のスケルトンが突進してきた。
「二体目! 左から来るぞ!」
リディアの警告に合わせて、オルフェが大剣を横薙ぎに振る。
轟音とともに骨の盾ごと弾き飛ばすが、砕けたはずの肋骨が地面に散らばりながらも、敵は立ち上がり剣を構え直す。
「おいおい……倒れねぇのかよ!?」
「倒すなら、完全に砕ききるしかない!」
アランが吠え、鋭い剣閃を叩き込む。
だがその刹那、後列のスケルトンが盾を突き立て、前の仲間を庇った。
生者にはない、執拗で機械的な防御。そこには痛みも恐怖も存在しない。
「……いやな敵だな」
リディアが短槍を抜き、素早く構え直す。
「レオン! 光魔法は!?」
「は、はいっ! やってみます!――《ライト・バースト》!」
後衛から放たれた眩い閃光が、闇を裂いて突き抜ける。
青白い眼光を宿した骸骨たちが一瞬たじろぎ、甲冑の隙間から黒煙が噴き出した。
だが――完全には崩れ落ちない。
ひび割れた骨を軋ませ、なおも剣を掲げる姿に、五人は思わず息を呑んだ。
「効いてる……けど、まだ立ってる……!」
「こいつら……死んでるのに、なんで……」
セリウスは震える手で剣を握り直す。
青白い光をぎらつかせたスケルトンたちが、一斉に武器を構え直した。
次の瞬間、死者の行進のような剣戟が五人へと襲いかかる――。
ギィィン! カンッ!
火花が散り、金属音が連続して洞窟に反響する。
五人は次第に押され始めていた。
骨の兵士たちは疲れを知らず、ただひたすらに剣を振るい、盾を叩きつける。
「ぐっ……こいつら、止まらねぇ!」
オルフェが歯を食いしばりながら剣を受け止める。
「レオン、もう一度だ! 今度は私が隙を作る!」
アランが叫び、踏み込んだ。
鋭い斬撃でスケルトンの盾を弾き、わざと大きく開いた隙間を作る。
「はいっ!――《ライト・バースト》!」
再び閃光がほとばしり、骸骨兵の群れを包んだ。
今度は正面だけでなく、骨の隙間にまで光が染み込む。
甲冑の奥から黒煙が勢いよく吹き出し、二体のスケルトンが膝をついた。
「今だ! 砕け!」
セリウスとオルフェが同時に斬りかかる。
渾身の力で叩き割られた骨は粉々に砕け散り、ようやく二体が動かなくなった。
「……はぁ、はぁ……! やっと倒せた……」
レオンが肩で息をする。
だが、残る三体がなおも武器を構えていた。
眼窩の光は強まり、怒りを露わにしているように見える。
「おい、増えてるぞ!」
リディアが叫んだ。
階段の奥、闇の向こうから、また新たな骨の足音が響き始めていた。
カラン……カラン……。
その規則的な響きは、死者の軍勢が途切れることなく続くことを告げていた。
「くそっ……キリがねぇ!」
リディアが唸る。
「このままじゃ押し潰されます……退きますか!?」
レオンが問うた瞬間、セリウスはぎゅっと剣を握り締めた。
「……いや、ここで引いたら、もっと深くから湧き出してくる。なら――」
アランの瞳には迷いがなかった。
「前に出て、源を断つしかない!」
スケルトンの眼光が一斉に輝きを増し、五人を囲むように迫ってくる。
冷たい空気が一層濃くなり、まるで墓所そのものが彼らを閉じ込めたかのようだった。
ガキィィン! バキィィン!
剣戟の嵐の中、五人は一歩、また一歩と前へ進んだ。
「数が多すぎる……っ! でも止まるな!」
アランが叫ぶ。
オルフェの大剣が横薙ぎに振り抜かれ、三体のスケルトンをまとめて弾き飛ばす。
だが、砕けた肋骨が散らばる間もなく、骸骨たちは四つん這いで起き上がり、また剣を構えて迫ってきた。
「しつこいなぁっ!」
セリウスが斬撃を叩き込む。甲冑ごと両断されたスケルトンは、ようやく動きを止める。
「完全に粉々にしなきゃダメだ!」
リディアの短槍が閃き、膝を突いた敵の頭蓋を砕いた。
その瞬間、奥の闇からさらに二体が姿を現す。
「キリがねぇ! でも……光だ、光なら効く!」
リディアの叫びにレオンが応え、両手を掲げた。
「《ホーリー・フレア》!」
淡い金色の光弾が通路を満たし、骸骨たちの眼窩を焼く。
数体が光に包まれ、動きを止めて灰となった。
「よしっ……道が開いた!」
リディアが叫ぶ。
奥へと続く通路の先、黒ずんだ瘴気がもやのように漂っていた。
そこから――骨が組み上がるような、嫌な音が響いてくる。
「……あそこか」
セリウスが歯を食いしばる。
「スケルトンの源……!」
新たに現れた三体を相手に、オルフェが盾代わりに大剣を振るい、無理やり道をこじ開ける。
アランがその背に続き、突き進んだ。
「立ち止まるな! 押し通れ!」
仲間の声に押されるように、セリウスたちはひたすら剣を振るい続ける。
骨の雨が降り、甲冑がぶつかり合う轟音が響き渡る。
やがて――通路の先に広間が開けた。
中央には、黒く煤けた祭壇があり、その上に積まれた無数の骨が、不気味に脈動していた。
瘴気が渦を巻き、そこから次々とスケルトンが組み上がっていく。
「……あれが源だ!」
リディアが息を呑む。
五人の視線が一点に集中した。
骸骨の群れはなおも立ち塞がるが、目指すべき標的は明らかだった。
「砕くぞ! あの祭壇を!」
アランの声が響いた瞬間、仲間たちは一斉に駆け出した――。