第35話 二度目のダンジョン探索 1
セリウスたち五人は、二度目のダンジョン探索に挑んでいた。各自五日分の水食糧を担ぎ、前回探索したところより、さらに深い層まで潜る予定である。
前回より荷は重く、肩や腰にずしりと食い込む。しかし誰も弱音を吐かなかった。むしろ、その痛みさえも力の証として誇らしく感じていた。
「……よし。前回は三日で戻ったが、今回は最低でも四日は潜ることになる」
アランが地図を広げ、松明の光にかざす。
「ホブゴブリンより強い相手と遭遇する可能性が高い。気を引き締めよう」
「へっ、望むところだぜ」
オルフェが笑みを浮かべ、大剣を軽く肩に担ぐ。筋肉は以前より締まり、目にも力が宿っていた。
「僕らの動きなら、多少の強敵でも切り抜けられるはずです」
レオンが穏やかに言う。その口調は落ち着いているが、握る長槍の先はわずかに震えていた。緊張もまた、成長の証だった。
「油断は禁物だよ。深層に進むほど、足場だって怪しくなる。魔物以外にも危険は多い」
リディアが鋭い目で通路の先を見据える。背には短槍を負い、投げナイフも十分準備されている。
アランは長剣を鞘からわずかに引き抜き、刃を確かめてから、ゆっくり納める。
「……楽しみだな」
その呟きは静かだが、確かな自信を含んでいた。
前回と違うのは、全員が一対一でホブゴブリンを倒せるという確固たる経験を積んでいること。誰もがその実力を胸に秘め、次の階層への一歩を踏み出した。
しばらく進むと、通路がふいに開け、広間へと繋がった。天井は高く、岩壁の裂け目から滴る水が床に溜まり、ぬめった苔で覆われている。
セリウスが息を止めた。
「……いる」
広間へと踏み込んだ瞬間、低い唸り声が響いた。
闇の奥から姿を現したのは――三匹のホブゴブリン。
濃い緑の皮膚に、鈍く光る棍棒。以前、命がけで一体を倒したあの魔物が、群れを成して迫ってくる。
「三体……!」
リディアが声を上げる。
「怯むな、私たちならやれる!」
アランが号令を飛ばした。
先頭に立ったセリウスが長剣を構える。ホブゴブリンが咆哮し、同時に突進してきた。
ガキィン!
一体の棍棒をセリウスが受け止め、その隙にオルフェの大剣が横から叩きつける。轟音と共に骨が砕け、魔物は床に沈んだ。
「次!」
リディアが駆け出し、短槍を突き出す。狙い澄ました一撃が喉を貫き、二体目が絶叫して倒れる。
残る一体が怒り狂って棍棒を振り下ろす――その瞬間、
「《ウィンド・バースト》!」
レオンの魔法が風圧を叩きつけ、体勢を崩した敵をアランが斬り伏せた。
三体が地に沈むと、全員が大きく息を吐く。
「……三体を一息で倒せるとは。一対一の訓練が実を結んだってところかな」
セリウスの声に、皆の顔に笑みが浮かんだ。
だが、その笑みが消えるのは一瞬後だった。
通路の奥から、再び足音が響く。現れたのは四匹のホブゴブリン。先ほどよりも一回り大柄で、錆びた剣や槍を手にしている。
「くそ、今度は四体か!」
オルフェが大剣を構え直す。
「落ち着け。今の戦いで分かったはずだ――私たちはもう怯える必要はない!」
アランが剣を掲げ、仲間を奮い立たせる。
セリウスは呼吸を整え、仲間と共に前進する。
(これが本当の試練だ……ここを越えれば、私たちはもっと強くなれる!)
四体のホブゴブリンが一斉に咆哮をあげ、広間に足音が響き渡る。
先ほどの三体とは違い、手にしているのは棍棒ではなく、錆びた剣や槍。戦い慣れているのか、散開しながら包囲する動きを見せた。
「囲まれるな! 二体を前衛で受け、残りは分断しろ!」
アランが素早く指示を飛ばす。
「任せろ!」
オルフェが大剣を振りかざし、正面の一体とぶつかり合う。火花を散らしながら力比べに持ち込み、その巨体を押し返した。
「セリウス、右!」
アランの声に、セリウスが即座に応じる。右側から迫るホブゴブリンの剣を長剣で受け止め、弾き返す。互いに刃がこすれ合い、耳を裂く音が響いた。
その隙を逃さず、リディアが滑り込み、投げナイフを閃かせる。
「そこだ!」
刃が敵の二の腕に突き刺さり、ホブゴブリンが呻いて剣を取り落とす。
セリウスがすかさず剣を突き立てた。
左側から襲いかかる別の一体は、すでにレオンの魔法の標的になっていた。
「《ライト・ランス》!」
光の槍が放たれ、敵の肩口を貫く。苦悶にのたうつ隙に、アランが切り込んで斬り伏せる。
「あと三体!」
セリウスが息を切らしながら叫ぶ。
オルフェは真正面の敵となおも組み合い、互いに武器を打ち鳴らしていた。
「オルフェ、下がって!」
「俺は下がんねえ! ぶち抜くッ!」
咆哮と共に渾身の力で大剣を振り下ろす。
金属音が轟き、錆びた剣ごとホブゴブリンの腕を叩き割った。血飛沫を浴びながら、敵は絶叫して崩れ落ちる。
残る二体が、激昂して同時に突撃してきた。槍と剣が交差し、セリウスとアランを狙う。
「俺が受ける!」
アランが剣で槍を弾き、そのまま体を捻って敵を押し返す。
「セリウス、行け!」
「はああっ!」
セリウスは力の限り踏み込み、残った敵に渾身の斬撃を浴びせた。
鋭い一閃が首筋を掠め、ホブゴブリンは痙攣しながら倒れ込む。
最後の一体が怒号をあげてオルフェに迫る。だが――。
「逃がさない!」
リディアの短槍が突き出され、喉笛を深々と貫いた。
ぐらりと体を揺らし、最後のホブゴブリンも崩れ落ちる。
しばし荒い呼吸だけが広間に響き渡った。
「……四体、倒したぞ」
アランが剣を振り払い、低く呟く。
レオンが目を見開いたまま頷いた。
「以前なら絶対に全滅してました。でも……今は勝てた。確実に僕たちは強くなっています」
オルフェが肩で息をしながら、笑みを浮かべる。
「へっ……これなら、もっと深く潜ってもやれそうじゃねえか」
セリウスは剣を鞘に収め、仲間たちを見渡した。
胸の奥に、確かな実感があった。
(私たちは強くなってる。私ももう、恐怖に押し潰されるだけの新入生じゃない……!)
再び歩を進める五人。その背を、暗く湿った通路が呑み込んでいった。