第34話 《王家紋章の剣》事件 2
疑いの影を振り払うべく、セリウスたち五人はフィオナを加え、六人で学園内を動き出した。
寮の廊下は、夏休み中ということもあり普段より静かだった。だが、帰省していない学生たちの視線が氷のように突き刺さる。誰もが盗難事件の噂を耳にしており、六人の動きに注目していた。
「まず、展示室の状況をもう一度確認しよう」
セリウスが声をひそめ、慎重に歩を進める。
展示室の扉は厳重に閉ざされていたが、内部を覗くと、剣があった場所の台座だけがぽっかり空いていた。
アランが指先で台座の縁を撫でる。
「触った痕跡は残ってるな……誰か、手袋なしで扱ったんじゃないか?」
リディアは床や壁に目を凝らし、光の反射や微細な擦り傷を探す。
「ほら、この辺り……床が少し削れてる。台座の横を何か引きずった跡かも」
「なるほど……」
セリウスは考え込む。
「犯人は素早く動いたんだろうな。私たちより小柄で、長剣を使える力はない感じかな?」
フィオナは棚の影から目を光らせ、独自の推測を口にする。
「この痕跡だと、重さのある剣を持ち上げるのは大変そうね。軽くして運べる方法を考えてたんじゃないかしら」
レオンは魔法の知識を活かし、結界や魔法の痕跡の有無を調べる。
「結界には異常なし……でも魔法の痕跡は微かに残っている。誰かが隠しの魔法を使ったのかもしれない」
セリウスは地面に跪き、指でわずかな土埃の位置を確認する。
「ここから外に持ち出された……痕跡は外に向かっている。学園内を通って運んだ可能性が高いよ」
六人は互いにうなずき、分担して捜査を進めることにした。
リディアとフィオナが周囲の窓や扉を調べ、オルフェとアランが床の傷や重さの痕跡を追う。
セリウスとレオンは結界や魔法の跡を分析しつつ、可能な逃走ルートを探った。
「くっ……手がかりはあるけど、まだ犯人まではたどり着けないか」
アランが唇を噛む。
「焦らなくても大丈夫。時間をかけて見つければ必ず……」
セリウスが優しく励ます。
校舎内を分担して調査する六人。廊下を抜け、階段を降り、図書室や倉庫、講義室まで隅々を確認していく。
生徒たちの目線が痛い。盗難事件の噂は瞬く間に広まり、誰もが互いを疑い合っていた。
「なあ、あれ……」
リディアが指差す先には、階段の角に落ちていた白い手袋が一つ。
「展示室の剣を扱うのに使った可能性があるぞ。サイズは小さい……女性の手か、背の低い生徒かもな」
「なるほど……」
セリウスが膝をつき、足跡と合わせて確認する。
「手袋の先に微かに泥の跡がある。外から持ち込まれたものではないね。学園内で擦れた汚れだよ」
オルフェは倉庫の扉を押し開け、埃の中に置かれた長机を覗き込む。
「おや……この引き出し、開けた跡があるぞ。鍵はかかってないけど、こんなとこ、誰も開けてないはずだ」
中には古い紙片と、微かに光る金属のかけらが転がっていた。
「金属のかけら……まさか!」
フィオナが拾い上げ、光にかざす。
「剣の装飾部分かもしれないわ。展示されていた王家紋章入りの剣……」
「これが見つかれば、犯人の行動が少しは読めそうだな」
アランが力強く頷く。
レオンは図書室で魔法の痕跡の分析を続けていた。
「やっぱり……微細な魔力反応が残っている。短時間の隠蔽魔法だ。犯人は魔法を少し使える可能性がある」
六人は再度集合し、手に入れた手袋と金属片、魔法痕の情報を照合した。
リディアが言った。
「まとめると……手袋は小さい、軽量化の工夫をした、魔法も少し使える。つまり……体格が小さく、魔法の知識がある生徒ってことになるな」
「しかも金属片が残ってる。剣を持ち出したときに落としたのは間違いない」
アランが続ける。
「犯人、焦ったか、慣れてないやつだな」
セリウスは周囲を見渡し、学園内で普段から小柄で魔法を使えそうな生徒の顔を思い浮かべる。
「……数名に絞れる。あとは目撃情報や、さらに痕跡を追えば犯人を特定できる」
レオンは魔法を詠唱し、簡易監視魔法を展開する。
「監視魔法であの日の学園内の微細な動きを追えます。剣を触った痕跡、誰が動いた痕跡……」
透明な光の線が廊下や展示室の棚に流れ、犯行の軌跡を可視化した。
セリウスが観察する。
「ここからここまでの動き……この時点で通路に居た生徒の数は三人だけだね」
「じゃあ、証言と照らし合わせれば……」
オルフェが頭をひねる。
彼らは生徒たちに聞き込みを始めた。
「昨日の夜、展示室の辺りで何か見なかったか?」
「誰か怪しい動きをしていた生徒は?」
少しずつ集まる情報が繋がる。
「そういえば、夜遅くに図書室から出てきたのは……小柄な生徒のAさんだった」
「そのとき、手に何か包みを持っていた」
フィオナが手袋と金属片を確認しながら言った。
「手袋の形状と持ち方、Aさんの手の大きさと一致するわ。さらに魔法痕も、Aさんの使う初歩の魔法と合致してる」
「これで犯人は絞れたな」
アランが長剣を軽く肩に担ぎ直し、仲間たちを見渡す。
「さあ、ここで問い詰めるぞ」
六人は静かにAの前に立った。目線を合わせると、Aは微かに顔を強張らせた。
「……な……、なんのようだい……」
Aの声が震える。周囲の生徒たちも息を飲む。
「展示室から王家紋章の剣を持ち出したのは、あんただな?」
リディアが問い詰める。
セリウスとレオンも監視魔法の軌跡を示す。
「動きの全てが記録されています。隠すことはできません」
Aは俯き、しばらく沈黙した後、重い口を開いた。
「……はい、俺です。でも、壊すつもりはありませんでした!」
Aは、あきらめたのか、思いのほか簡単に自白してくれた。
けれど、必死に弁明する。
緊張で小刻みに震える手。
オルフェが深呼吸し、言葉を選ぶ。
「持ち出した理由、全部話せ。逃げても意味はないぞ」
「……王家の紋章を研究したくて……。誰にも知られたくなくて……」
六人は互いに頷き合う。犯行の動機は分かった。しかし、規則違反であることは明白だった。
「よし、これで全ての証拠が揃ったし、自白も取れた」
アランが長剣を軽く掲げる。
「これからは、教師に報告して正しく処理してもらおう」
フィオナが小さく笑った。
「みんな、よくやったわね。チームワークのおかげで、すぐに犯人を特定できた」
六人は達成感と共に、犯人特定の任務を終えた安堵を胸に刻む。
学園に再び平穏が戻る――しかし、この事件が彼らに与えた学びと緊張感は、次の試練への確かな力となっていた。