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第29話 『ビギタリアダンジョン』9


「やれやれ、やっと終わったか」

 アランが剣を下ろし、腕で額の汗をぬぐった。声は安堵と疲労が混じっている。

「なんだか私たち、強くなってるみたいだね」


「うん。私たち、もうゴブリンなら苦にならないですね」

 セリウスが胸を張って答える。その顔には、かつての怯えが薄らぎ、自信が芽生えつつあった。


「まだ、ホブゴブリンには、苦しむけどな」

 その横でリディアは短槍をくるりと回して肩に担ぎ、現実的な言葉を返す。


「ふん。俺に任せとけば大丈夫。この大剣でいちげきだぜ!」

 オルフェが大剣を地に突き立て、豪快に笑う。その姿はまさに頼りになる戦士そのものだった。


 しかし、アランの表情は冷静だった。仲間たちの昂ぶりに流されることなく、視線を前方の暗闇へと向ける。

「オルフェは頼りになりけど、ここから先はホブゴブリンが多くなると思うんだ。私も含めて、誰もがホブゴブリンを倒せるようにならないと、この先に進むのは難しくなるだろう」


 その言葉に、リディアが短槍をぎゅっと握り締める。

「そうだな。オルフェ二ばっかりいい顔はさせられねー。ホブゴブリンだって体格的には俺らと変わんねーわけだし、技で対抗すれば勝てるはずだ」

 

オルフェは満足そうに口の端を吊り上げ、仲間の闘志を認めるように頷いた。


「僕も次はホブゴブリンを倒して見せますよ」

 レオンも表情を引き締める。


 ゴブリンとの戦いで、セリウスも、もうゴブリンなら楽に斬り伏せられる気がしている。自分もホブゴブリンを倒して見せる。『性転換の魔道具』は、もっと奥まで潜らなければ手に入らないんだ。改めて覚悟を固める。

「うん。私もホブゴブリンなんかに(ひる)むもんか。リディア、レオン、負けないからね」

 

「皆、その意気だ。皆がホブゴブリンを倒せるようになるまで、しばらくこの辺りで戦闘経験を積んでレベルアップに努めよう。次は私がホブゴブリンを倒して見せる。その次はリディア、レオン、セリウスの順でホブゴブリンの相手をしてもらうぞ」


「「「分かった」」」


「じゃあここで、ゴブリン達がやってくるのを待てばいいんだな」

 

 五人は石畳の広間の隅に身を寄せ、物音を殺した。壁には苔がじっとりと張りつき、滴る水音が静かに響く。冷気が肌を刺し、緊張で心臓が速く打ち始める。


「……ほんとに来るかな」

 リディアが短槍を握り直し、小声でつぶやく。


「来る」

 アランの声音は低く、だが確信に満ちていた。


 オルフェは大剣を肩に担ぎ、口元を釣り上げる。

「へっ、だったら、待ち構えてぶっ飛ばすだけだな」


 レオンは無言で頷き、長槍を胸の前に構える。魔法の詠唱は、いつでも始められるよう、唇を動かして呟きを繰り返している。


 セリウスも長剣を握りしめ、呼吸を整えた。これから自分が向き合うのはゴブリン――いや、もしかすればホブゴブリンかもしれない。怖さはわずかに残っているが、それがかえって神経を研ぎすまさせた。怖さはもう友達だった。


 その時。


 ――ギィィ……。


 暗闇の奥から、鉄を擦るような甲高い声が響く。続いて、獣じみた唸り声と、石畳を蹴る軽快な足音。


「……来たぞ」

 アランが低く告げた。


 やがて闇の向こうから、緑の影がぞろぞろと現れる。子供ほどの背丈のゴブリンたち。ぎらつく目、血の匂いを嗅ぎつけたような唸り声。数は十体を超える。


 そして、その中央に――濃緑の巨体。


「……ホブゴブリン一匹!」

 リディアが低く息を呑む。


 ホブゴブリンは粗削りの棍棒を担ぎ、群れを従えて現れた。その眼光は、獲物を値踏みするかのようにぎらりと光る。


「よし……予定通り、まずは俺がやる」

 アランが一歩前へ出る。その背中を、四人が固唾を呑んで見つめた。


「ゴブリン達は、任せろ」

「うん、とっとかたずけて、すぐ援護に入る!」


 静寂を裂くように、ホブゴブリンが咆哮を上げた。

 その声を合図に、ゴブリンの群れが波のように押し寄せてきた。

 短い槍、錆びた刃物を振りかざし、黄色い歯を剥き出しにして突進してくる。


「来やがれぇッ!」

 オルフェが最前に飛び出し、大剣を大きく振り抜いた。ゴブリン数匹がまとめて吹き飛び、石壁に叩きつけられて呻き声を上げる。


「数が多い、すぐ埋まるぞ! 間合いに入ったら叩き斬れ!」

 リディアが叫び、素早く短槍を突き出した。鋭い一突きがゴブリンの喉を貫き、黒い血が飛び散る。


 セリウスも恐怖を押し殺し、横合いから迫ってきたゴブリンを長剣で斬り払った。刃が骨を裂く感触に思わず身を震わせるが、それでも踏みとどまる。

「大丈夫……私はやれる!」


 その背後を狙う影に、レオンの声が飛んだ。

「《閃光よ、敵を灼け!》」

 詠唱とともに、光の火球が爆ぜ、ゴブリン二体を飲み込む。獣じみた悲鳴と焦げ臭い匂いが広がった。


 一方――アランはホブゴブリンと対峙していた。

 巨体は人間の男と同じ背丈だが、膨れ上がった筋肉と濃緑の肌が異様な威圧を放つ。粗削りの棍棒を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべていた。


「……来い」

 アランが剣を構える。


 ホブゴブリンは応えるように棍棒を振り下ろした。轟音とともに石畳が砕け、破片が飛び散る。アランは横に跳び、紙一重で避ける。

 その反撃の一閃。鋭い刃が巨体の脇腹を掠め、浅い血線を走らせた。


 ホブゴブリンが怒声を上げる。振るわれた棍棒が横薙ぎに襲いかかり、アランは長剣で受け止める。

「くっ……!」

 衝撃で腕が痺れる。だが踏みとどまる。


 背後では仲間たちが必死にゴブリンを捌いている。

 オルフェの大剣が唸り、リディアの短槍が突き、セリウスの剣が閃く。レオンの光魔法が次々と援護を重ねる。


「アラン! 時間は稼ぐ、集中しろ!」

 リディアの声が響く。


「分かってる!」

 アランは低く答え、剣を握り直した。

 敵はただの怪物ではない。群れを率いる上位種――ホブゴブリン。


 ――ここで倒せなければ、私達は奥へ進めない。


 アランの目に、決意の炎が宿った。





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