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第28話 『ビギタリアダンジョン』8

 

 ホブゴブリンの死骸が冷えた石畳の上に転がる。

 血の匂いが重苦しく漂い、静寂が戻った。


「……やったな」

 アランが剣を下ろし、深く息を吐く。


「やったぁ……! ホブゴブリンだぞ、上位種だ!」

 魔石を回収したリディアが赤毛を振り乱して飛び跳ねるように喜んだ。


「すごい……。あれほどの化け物を倒せるなんて」

 セリウスが胸に手を当て、安堵の笑みを浮かべる。


 オルフェは大剣を地面に突き立て、豪快に笑った。

「見たか! これが俺の一撃だ!」


 レオンも口元を緩めながら頷く。

「確かに見事でした。……ただ」


 彼は表情を引き締める。

「一体だけでこの手応えです。もし、これが群れで出てきたら……厄介どころじゃありません」


 その言葉に、一同の笑みが少しずつ薄れていく。


「……そうだな」

 アランは真剣な眼差しで死骸を見下ろした。

「ゴブリンですら数が揃えば厄介だ。ホブゴブリンが指揮を執れば、戦いはもっと苛烈になる。今の勝利に浮かれてはいけない」


「うぅ……現実的だな」

 リディアは頭をかきながらも、少し背筋を伸ばした。

「でもよ、だからやり甲斐があるってもんだろ?」


 オルフェは豪快に笑って答える。

「おう! 数が増えりゃ、振り回す剣も増やせるってもんだ!」


「……本当に単純なんだから」

 セリウスが苦笑した。


 短い休息を終え、五人は再び隊列を組み直す。

 苔むした通路を進むにつれ、また空気がざわつき始めた。


 ――やがて。


 先行していたリディアが足を止める。

 その耳に、不気味なざわめきが届いた。


「……来たぞ」


 暗闇の奥から、複数の影が現れる。

 緑の皮膚、ゴブリンの群れ――そして、その中央にまたしても濃緑の巨体。


「ホブゴブリン……今度は群れを率いてるのか!」

 アランが剣を構える。


「ほらね、言った通りでしょう」

 レオンが冷ややかに笑い、杖を掲げた。


「いいぜ……今度はもっと派手に暴れさせてもらう!」

 オルフェが大剣を構え、前へと踏み出す。


 石造りの通路いっぱいに広がる影。ゴブリンの群れが、獣じみた唸り声を上げながらじりじりと前進してくる。

 その中央、濃緑の巨体――ホブゴブリンが、手にした粗削りの鉄棍を地面に叩きつけた。

 ゴンッ! 石畳が揺れ、無数のゴブリンが一斉に声を張り上げる。


「いくぞッ!」

 アランの鋭い声が響く。


 先頭のリディアが短槍を構え、素早く視線を走らせる。

「数は……十体以上! こいつら、完全にあのデカブツの指揮下にある!」


「挟まれたら終わりだ、正面で押し返すぞ!」

 アランが剣を抜き、前に出る。


 セリウスは息を整え、震える手で長剣を構えた。

「大丈夫……大丈夫……私は、できる!」


 レオンは後方で杖を掲げ、詠唱を開始する。

「《火よ、閃光となりて前を照らせ》!」

 光の火球が生まれ、小鬼の群れを照らし出す。


「よっしゃあ! 来やがれ!」

 オルフェが大剣を振り上げ、吠えるように突進する。

 その一撃は先頭のゴブリンをまとめて弾き飛ばし、石壁に叩きつけた。


 リディアはその隙を逃さず、ナイフを投げる。

 シュッ! 一本のナイフがゴブリンの喉を正確に貫き、呻き声を上げさせる。


「一匹減った! 次、任せろ!」

 セリウスが叫び、前に出て剣を振る。

 必死の斬撃は浅かったが、アランがすかさず横から切り払い、とどめを刺す。


「焦るな、セリウス!」

「う、うん!」


 だがその時、群れの奥でホブゴブリンが咆哮を上げた。

 その声に呼応するように、ゴブリンたちが一斉に動き出し、波のように押し寄せてくる。


「数で押し潰す気か!」

 アランが叫ぶ。


 前衛と後衛――五人の力を合わせなければ、この群れは突破できない。


 群れの奥に構えていたホブゴブリンが、突如――巨体を揺らして地を蹴った。

「ホブゴブリンが来るぞッ!」

 アランが叫ぶより早く、濃緑の巨躯が突進してきた。ゴブリンどもを押しのけるように前へ出ると、そのまま正面のアランとオルフェを狙って鉄棍を振りかざす。


 ゴッ! 石畳が砕け、破片が飛び散った。

 アランは咄嗟に身を引き、オルフェは大剣で受け止める。しかし重い衝撃に押され、後衛へと数歩押し込まれる。


「くっ、速ぇなこいつ!」

「まだ体勢を崩すな!」アランが剣を構え直すが、すでにゴブリンたちが側面から雪崩れ込んでくる。


「うわっ、セリウスの方に回り込んでる!」

 リディアが叫び、援護に向かうが、ホブゴブリンの威圧に阻まれる。


「陣形を崩そうとしてる……!」

 レオンはすぐに理解した。ホブゴブリンはただの怪力馬鹿ではない。ゴブリンを囮に使い、前衛と後衛を分断しようとしている。


 ゴオッ! 鉄棍が横薙ぎに振るわれ、アランとオルフェの間を裂いた。

 ゴブリンたちがその隙間に雪崩れ込み、後衛へと殺到する。


「しまった、割られた!」

 セリウスが必死に剣を構える。剣と槍で迎撃しようとするも、数の勢いに押されそうになる。


「みんな、落ち着け! まずはホブゴブリンを止める!」

 アランの声が響く。だが濃緑の巨体は止まらず、戦場をかき乱すように暴れ回っていた。

 ホブゴブリンが鉄棍を振り回し、石畳が砕けるたびに衝撃が響く。ゴブリンたちはその動きに合わせるように散開し、五人の陣形を徹底的に乱そうとしていた。


「くっそ、次から次へと……!」

 リディアが短槍を突き込み、迫るゴブリンの胸を抉る。だがすぐに別のゴブリンが飛びかかってきた。

「リディア、下がれ!」

 セリウスが割り込み、必死に剣を振るう。刃は浅く肩口を裂くだけだったが、その隙にリディアがナイフを突き立て、とどめを刺す。

「助かった!」

「私こそ、まだまだだ……!」


 一方、後衛ではレオンが次々と呪文を紡いでいた。

「《火よ、弾けよ!》」

 炸裂した火球が三体のゴブリンを巻き込み、壁際に叩きつける。しかし残る数はまだ多い。レオンは額に汗を浮かべ、必死に呼吸を整えた。

「数を減らしきれない……! くそっ、耐えろ!」


 その前で奮戦するアランは、迫り来るゴブリンを切り払いながらホブゴブリンの動きを注視していた。

「オルフェ! お前に賭ける、奴を抑えろ!」

「言われなくてもよォッ!」

 オルフェが吠え、大剣を肩に担ぎ直す。


 巨体のホブゴブリンが唸り声をあげ、鉄棍を横薙ぎに振るう。

 ゴオッ! 空気が震え、迫った衝撃をオルフェは正面から受けた。

「おおおおッ!」

 大剣と鉄棍が激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。押し負ければ後衛が蹂躙される――オルフェは歯を食いしばり、踏みとどまった。


「今だ、援護する!」

 アランが横から踏み込み、ゴブリンの妨害を切り伏せる。リディアもナイフをかまえ、ホブゴブリンの肩を狙って渾身の力で放つ。

 ビシュッ! ナイフが肉を裂き、濃緑の皮膚に突き刺さる。

「グアァッ!」

 ホブゴブリンが苦悶の咆哮を上げた。だがその怒りは逆に力を増し、鉄棍を乱暴に振り回す。


 オルフェは豪快に笑った。

「上等だ! もっと来い!」

 鉄棍の嵐を大剣で受け流し、時に受け止め、火花を散らせながら距離を詰めていく。


「オルフェ!」

 セリウスが必死に叫ぶ。

「隙を作る!」


 彼は恐怖に震える体を押し殺し、ホブゴブリンの脇腹へ斬りかかった。刃は浅くしか入らなかったが、確かに注意を逸らせた。


「よくやったセリウス! ――ここだぁッ!」

 オルフェが咆哮とともに踏み込み、大剣を大きく振りかぶる。

 振り下ろされた鉄棍と、振り上げた大剣が激突――次の瞬間、オルフェの膂力が勝った。鉄棍が弾き飛ばされ、ホブゴブリンの巨体が一瞬、がら空きになる。


「死ねえぇぇッ!!」

 渾身の一撃が振り抜かれた。

 ズガンッ! 大剣が濃緑の巨体を肩口から腰へと斬り裂き、血飛沫が石畳に飛び散った。


 ホブゴブリンが絶叫し、巨体を震わせてから、崩れ落ちた。

 濃緑の血に濡れた大剣を引き抜き、オルフェは胸を張って吠えた。

「どうだッ! 俺の勝ちだぁぁッ!」


 残るゴブリンたちは、指揮官を失ったことで一気に乱れ始める。

 アランが即座に声を張った。

「今だ、押し切れ!」

 五人は息を合わせ、残るゴブリンを掃討した。

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