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第27話 『ビギタリアダンジョン』7

 

 ダンジョンの中に太陽の光は差し込まない。朝になったと思うのは唯の思い込みなのかもしれない。だが五人の体内時計は、今が朝だと告げていた。


「よし、先に進むぞ!」

 アランが皆を見回す。


「おう!」

 背中の大剣を確かめながら嬉しそうに口の端を上げる。


「ふぁぁ……」

 リディアが大きなあくびをして赤毛をかき乱す。

「ダンジョンの中じゃ朝日も浴びれねえし、寝ても寝ても眠い気がするな」


「だからって気を抜くなよ」

 アランが苦笑しながらも鋭い目を向ける。

「昨夜みたいに罠が仕掛けられてる可能性は高い。通路の石畳、壁の継ぎ目、全部よく見てくれよ。罠の看破はリディアが頼りなんだから」


「はーいはーい、分かってるって」

 リディアは軽口を叩きながらも、すぐに先頭に出て慎重に足を運び始める。


 セリウスは肩に下げた剣を握り直し、少し緊張気味に呟いた。

「……一晩寝ても、やっぱり怖いものは怖いな」


「恐怖は悪いもんじゃないですよ」

 レオンが地図を広げながら、前を見据える。

「そのおかげで慎重になますからね。僕はむしろ、昨日より怖さは増してますが、それでも昨日より落ち着いてます」


「昨日よりって……お前、ずっと冷静に見えたけどな」

 オルフェがニヤリと笑い、大剣を肩に担いで歩き出した。

「よし、今日も暴れてやろうぜ。まだまだゴブリン共がウヨウヨしてるはずだ」


「ははっ、頼もしいね」

 アランが仲間たちを見回し、短く頷いた。

「全員、準備はいいな? ――行こう」


 湿った石畳を踏みしめ、五人は再び闇の奥へと進んでいく。

 苔むした壁は朝日など知らぬ顔で、冷たく光を反射していた。


 しばらく進むと、通路の先から複数の足音が響いてきた。

 ザッ、ザッ、ザッ……甲高い笑い声が反響し、闇の中から小さな影がぞろぞろと現れる。


「……ゴブリン!」

 アランが剣を抜く。


 姿を現したのは、子供ほどの背丈しかない緑の皮膚を持つ小鬼たち。

 手には錆びついた短剣や棍棒を握り、黄色い目をぎらつかせている。

 だが、その中央に一際異質な影があった。


「な、なんだあれ……?」

 セリウスが息を呑む。


 ゴブリンよりも二回り大きい、まるで人間の大人と同じ背丈の魔物。

 濃い緑の皮膚は硬そうに張りつめ、盛り上がった筋肉は、人間のものを奪ったらしい片手剣を握る腕を鎧のように覆っている。

 その怪物は、片手剣を肩に担ぎ、獰猛な眼光をこちらに向けていた。


「ホブゴブリン……!」

 レオンが顔色を変え、低く呟いた。

「ゴブリンの群れを率いる上位種。普通のゴブリンよりはるかに危険だ」


「ふん、ちょうどいいじゃねぇか!」

 オルフェが大剣を構え、唇の端を吊り上げる。


「ちょ、ちょっと待てって! あんなの一撃食らったら俺ら死ぬぞ!」

 リディアが慌てて声を上げるが、その赤毛の瞳は興奮でぎらついていた。


「落ち着け。ホブゴブリンに気を取られすぎるな」

 アランが皆に指示を飛ばす。

「まずは数を削る! ゴブリンどもから片付けるぞ。リディア、左右を警戒。セリウスは無理に前に出るな!」


「う、うん!」

 セリウスは震える手で剣を握りしめる。


「ホブゴブリンは俺が押さえる!」

 オルフェが一歩踏み出した瞬間、ホブゴブリンが大地を震わせるような咆哮を上げた。


「グオオオオオオオオォォ!!!」


 その声に呼応するように、ゴブリンたちが一斉に突撃してくる。

 子供ほどの背丈の群れが短剣を振りかざし、耳障りな笑い声をあげながら迫る。


「来るぞ! 陣形を崩すな!」

 アランが叫び、剣を構えた。


 ゴブリンたちの群れが、黄ばんだ歯をカチカチ鳴らし、鈍い刃を突き出してくる様は、まるで飢えた野犬の群れだ。


「来たな――!」

 アランが先陣を切った。

 振り下ろされた小鬼の短剣を鋭く弾き、返す剣閃で一閃。

 刃が深々と緑の皮膚を裂き、ゴブリンは悲鳴をあげて崩れ落ちた。

「一体!」

 低く短い声で告げ、すぐさま次の敵に視線を移す。


 その横で、リディアが軽やかに跳ね回る。

 赤毛をなびかせながら、短槍を素早く振り回す。

「ほらよっ!」

 突き出された槍が、ゴブリンの喉元を正確に貫く。

 ゴブリンは喉を押さえながら転げ回り、血に泡を立てて動かなくなった。

「二体目だ! 次はどっちだ!」

 彼は、素早く短槍を構えなおす。


 背後から飛び出してきたゴブリンを、セリウスが必死に受け止める。

「くっ――!」

 小さな腕の力とはいえ、恐怖に背筋が冷たくなる。

 セリウスは歯を食いしばり、剣を押し返した。

「お、おおおおっ!」

 渾身の力で剣を振り抜く。

 ぎこちない軌道ながらも、その刃は確かにゴブリンの胸を裂いた。

 緑の血が飛び散り、小鬼が崩れ落ちる。

「や……やった……!」

 セリウスは肩で息をしながら、震える手で剣を握り直した。


「後ろに気を取られるな、セリウス!」

 アランの声が飛ぶ。


 レオンはすでに呪文を詠唱していた。

 光の弾丸が次々とゴブリンを撃ち抜き、二体、三体と吹き飛ばしていく。

「数は減らせる! 今のうちに前へ!」


「おうよ!」

 オルフェが笑い、大剣を振り抜いた。

 その一撃はゴブリンの頭上から振り下ろされ、まるで地面ごと叩き割るかのような衝撃を響かせる。

 ゴブリンの小さな体は、その一撃で床に叩きつけられ、動かなくなった。

「ちっちぇえ相手だと、当てるのに苦労すんな……!」

 だが、嬉しそうに口角を上げると、もう一度剣を構える。


 アランが再びゴブリンを切り伏せる。

 リディアが短槍で喉を突く。

 セリウスが必死に剣を振り下ろす。

 レオンの魔弾が闇を照らし、オルフェの大剣が唸りをあげる。


 ゴブリンたちが次々と床に倒れ、最後の断末魔が闇に消えていった。

 その静寂を破るように――奥で控えていたホブゴブリンが、ゆっくりと立ち上がった。


 血走った双眸が、鋭い牙を覗かせながら五人を睨み据えた。

 手には、人間のものを奪ったらしい片手剣。だがそれはゴブリンが持つ粗末な鉄片とは違い、鈍く重々しい光を放っていた。


「っ……!」

 セリウスが思わず一歩下がる。


「これが……ホブゴブリン……!」

 リディアが短槍を構えながら、喉を鳴らした。


 ホブゴブリンが低く咆哮を上げる。

「グォオオオオッ!」

 石造りの通路に響き渡り、空気が震える。


「全員、気を抜くな!」

 アランが号令をかけ、前に出る。


 最初の一撃。

 ホブゴブリンの剣が横薙ぎに振り抜かれ、重い風圧が走る。

 アランは辛うじて受け止めたが――

「ぐっ……! 重いッ!」

 剣と剣がぶつかり、火花が散る。


「援護する!」

 リディアが脇腹を狙ってナイフを放つ。だが、分厚い皮膚に弾かれる。

「ちっ……硬ぇ!」


「なら、俺の出番だな!」

 オルフェが大剣を肩に担ぎ、一歩前に踏み込む。


「まだだ、オルフェ!」

 アランが制止の声を上げる。

 しかし、ホブゴブリンはすでにオルフェを狙っていた。

 巨体がうなりを上げて剣を振り下ろす。


「来いッ!」

 オルフェは笑みを浮かべ、その剣を受け止めた。

 床石がきしみ、衝撃が全身を駆け抜ける。


「レオン!」

「任せろ!」

 レオンが詠唱を終え、光の魔弾がホブゴブリンの目に炸裂する。

「ギャアアッ!」

 ホブゴブリンがたまらず頭を仰け反らせた。


 その隙を逃さず、オルフェが吠える。

「うおおおおおッ!」

 大剣が振り下ろされる。

 凄まじい勢いで叩き込まれた刃は、ホブゴブリンの肩口から胸を深々と裂いた。


 血飛沫が闇に散り、ホブゴブリンの咆哮が絶叫に変わる。

 巨体がよろめき、膝をつき、そのまま石畳へと崩れ落ちた。


「……っふぅ。俺の勝ちだな」

 肩で息をしながらも、オルフェは満足げに笑った。


「さすが……!」

 セリウスが驚きと尊敬を込めて声を上げる。


「最後は力押しだったな」

 アランが剣を納め、微かに口角を上げる。


「へへっ。俺の剣はそういうもんだ!」

 オルフェは緑の血を払って大剣を担ぎ直した。


 

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