第25話 『ビギタリアダンジョン』5
五人は石造りの門をくぐり抜けた。
途端に、空気がさらに冷たくなる。湿り気に加え、何かの“気配”が漂っていた。
「……空気が違う。さっきまでの洞窟とは別物だな」
アランが剣の柄に手をかけ、警戒を強める。
「壁も床も、きっちり削られていますね。明らかに、自然の洞窟じゃない」
レオンが観察しながら地図に線を引く。
「ふふん! こういうのを冒険って言うんだろ?」
リディアは赤毛を揺らして胸を張り、ずかずかと先に進もうとする。
「リディア! 罠があるかもしれないよ!」
セリウスが慌てて声をかけると、リディアは振り返ってニッと笑った。
「だから俺が先頭なんだよ。罠探しは俺の役目だろ?」
「……頼もしいけど、もうちょっと慎重に頼む」
アランがため息をつく。
その時――
カチリ。
「っ!」
リディアが踏んだ石畳が、わずかに沈んだ。
「リディア、下がれッ!」
アランが叫ぶ。
直後、天井の石板が軋みを上げ、鋭い矢が横一線に放たれた。
ヒュンッ! ヒュンッ! 鋭い風切り音が耳を裂く。
「うわっ!」
リディアはとっさに身を伏せて転がり、矢の雨をかわした。
矢は後方の壁に突き刺さり、乾いた音を立てる。
「……あ、あぶねえ……」
床に伏せたまま息を荒げるリディア。
セリウスが青ざめて駆け寄った。
「だから言ったのに! 大丈夫か!?」
「かすりもしてねえ! ははっ、ちょっとドキドキしたけどな!」
リディアは赤毛を振り乱しながら笑ってみせた。
「心臓に悪いんだよ……」
セリウスは呆れつつも安堵し、肩を落とした。
「猿も木から落ちる。リディアも罠に引っかかるってか」
オルフェが腹を抱えて笑いだす。
「うるせーな。お前も罠に引っかからないようにきをつけろよ。俺の見落とした罠にな」
「マジか! 見落とすんじゃねーよ」
「なるほど。これがが本当のダンジョンか!」
アランは冷静に矢の刺さった壁を見つめる。
「油断すれば、一瞬で命を落とす。全員、気を引き締めよう」
「了解だ! ……でもさ、なんかワクワクしてきた!」
リディアはすぐに立ち上がり、先へ進む構えを見せた。
オルフェは苦笑し、大剣を肩に担ぐ。
「やれやれ。こりゃ俺らの胃が持たねぇな」
なんだか顔に似合わないことを言いだしたオルフェにみんなの視線が集まる。
「な、なんだよ」
「…………なんでもない」
五人は再び列を組み直し、慎重に足を踏み出す。
苔むした石壁の間を進んでいくと、不意に前方から低いうなり声が聞こえてきた。
「……聞こえるか?」
アランが立ち止まり、手で合図を送る。
暗がりの奥で、ギラリと光る瞳。
やがて姿を現したのは、先ほどの洞窟で遭遇したものよりも一回り大きなゴブリンたちだった。
数は六――棍棒や錆びた短剣を手に、石造りの通路に立ちはだかる。
「またゴブリンか……しかも、ちょっとデカいぞ」
オルフェが大剣を肩に担ぎながらニヤリと笑う。
「面白ぇ、試してみるか!」
「オルフェ、突っ走るな!」
アランが釘を刺すより早く、リディアが前に出て槍を構えた。
「よっしゃ! さっきより数が多い分、燃えるじゃねえか!」
ゴブリンの咆哮が狭い通路に反響し、一斉に突っ込んでくる。
「前衛オルフェとリディア、受け止めろ! レオン、左を突け! セリウス、右を抑えろ!」
アランの号令が飛ぶ。
金属がぶつかり合う轟音。
オルフェの大剣が振り下ろされ、先頭のゴブリンの棍棒を粉砕する。
「どうした! その程度かァッ!」
豪快な一撃でゴブリンを壁際に吹き飛ばした。
一方、リディアは素早く身を翻し、短槍の穂先を突き込む。
「はっ!」
鋭い突きがゴブリンの肩を貫き、血飛沫が飛んだ。
「セリウス、後ろ気をつけろ!」
アランの警告。振り返ると、一匹が通路の影から回り込もうとしていた。
「くそっ!」
セリウスは反射的に剣を振るい、火花を散らす。腕に衝撃が走るが、必死に受け止める。
「セリウス! 下がって合わせろ!」
アランが横から斬り込み、セリウスに迫っていたゴブリンを押し返す。
「ありがとう!」
セリウスは気合いを込めて踏み込み、剣を横薙ぎに振った。
ゴブリンの胴が裂け、緑の血が飛び散る。
「二体目!」
レオンが冷静に告げ、素早く長槍を回転させる。
その穂先が、別のゴブリンの膝を正確に貫いた。
「がッ……!」
悲鳴をあげたところを、オルフェの大剣が追撃し、真っ二つに叩き割った。
リディアは後方から投げナイフを放ち、もう一体のゴブリンの肩に突き刺す。
「動き止めた! 今だセリウス!」
「おうっ!」
セリウスが突進し、心臓めがけて長剣を突き立てる。
「残り二体!」
アランが声を張り、敵を睨む。
通路の奥に残った二匹のゴブリンは、仲間が倒されていくのを見て怯みつつも、狂ったように咆哮をあげた。
「最後は一気に叩くぞ! 全員、前へ!」
「おおおおっ!」
五人が同時に踏み込む。
狭い石造りの通路で、残る二体のゴブリンが歯を剥き出しにして襲いかかってきた。
一体は大ぶりな錆びた斧を振り回し、もう一体は低く身を伏せて短剣を構えている。
「右は俺が抑える! 左は任せた!」
アランが指示を飛ばすと同時に、斧を振り下ろすゴブリンと激突した。
火花が散り、鋼と鉄がぶつかり合う。
斧は重く、アランの剣が押し込まれる。しかし彼は怯まず、足を踏み込み、相手の腕を押し返した。
「力比べなら……負けん!」
ぐっと剣を押し返すと、相手の体勢が揺らぐ。
そこを逃さず、アランは剣を振り抜いた。
鋭い軌跡が走り、ゴブリンの胸元を深々と切り裂く。
「ギャアアッ!」
血を噴き出しながら後ろへ倒れ込むゴブリン。その体は石畳を赤黒く染めた。
「一体撃破! 残り一体だ!」
アランが息を切らしながら叫ぶ。
最後のゴブリンは、仲間の血に足を取られながらも狂ったように吠え、一直線にリディアへと突進してきた。
「おっと、こっちか!」
リディアは素早く短槍を構え、正面から受け止める。
しかし相手は体格が小さい分、動きが素早い。
短槍の突きをぎりぎりでかわし、懐に飛び込んで短剣を突き上げた。
「危ねえ!」
刃先がリディアの頬をかすめ、血が滲む。
「リディアッ!」
セリウスが駆け寄る。
「大丈夫、まだ余裕!」
リディアは赤毛を振り乱しながら笑い、体をひねって短槍の柄でゴブリンを殴りつける。
「ぐっ……!」
呻いたところへ、セリウスが飛び込み、渾身の剣を振り下ろした。
ゴブリンは咄嗟に短剣で受け止めるが、セリウスの腕には必死の力が込められている。
「俺が決めてやる!」
叫びと共に力を込めると、短剣はきしんで折れた。
セリウスの剣がそのまま肩口から深々と食い込み、ゴブリンの体を貫いた。
「ギャァァァ……!」
断末魔の叫びをあげ、ゴブリンは崩れ落ちる。
静寂が訪れた。
通路に残るのは、荒い息を吐く五人と、血に塗れた石畳だけだった。
「……終わったな」
アランが剣を納め、深く息を吐く。
リディアが頬の血を拭いながら笑った。
「ちょっと危なかったけど……今の、俺とセリウスの連携、悪くなかったろ?」
セリウスは汗をぬぐいながら、照れくさそうに笑う。
「うん……次は、もっと早く動けるようにする」
「俺が仕留めたやつの魔石はデカいぞ。見ろよ」
オルフェが戦利品を拾い上げ、豪快に笑う。
「傷は……大丈夫か、リディア?」
アランが念入りに確認する。
「この程度なら平気だって!」
赤毛の少年は笑顔を見せた。
こうして六体のゴブリンを討ち果たした彼らは、再び石造りの奥の闇へと足を進めていくのだった。
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