第24話 『ビギタリアダンジョン』4
「魔石を回収して先に進もう」
アランが皆を見回す。
「はい。オルフェ。魔石持ってて」
レオンが魔石を拾ってオルフェに渡す。
「はい。オルフェ」
セリウスも魔石を拾ってオルフェに渡した。リディアも続く。
オルフェは、「俺は荷物持ちじゃないぞ」という言葉を飲み込み自分も一つ魔石を拾った。
アランが、オルフェに声をかける。
「オルフェが一番体力があるからな。頼りにしてるぞ」
オルフェがニヒルに微笑む。
「任せろ」
リディアは、もう先頭を歩き出している。ダンジョン内の罠をみつけるのはリディアの役割だ。レオンが地図を書き残しながら後に続く。オルフェも前方の壁役としてリディアの次を歩いている。最後尾はセリウスで後方担当。その前がアランで指揮官役である。
洞窟型のダンジョンには、足元が崩れやすい場所があり自然の落とし穴になっている。頭上からの石の崩落も要注意だ。リディアがいち早く見つけて皆に注意する。
5人はあたりに注意をしながら、慎重に奥へと進んでいく。
「前方、何かいる。……ゴブリン5匹だ!」
リディアが叫んだ。
「任せろ!」
オルフェとアランが最前列に飛び出す。レオンとリディアが槍を構えた。
洞窟の奥で、五つの影がギラつく目を光らせた。
ゴブリンたちが甲高い声で咆哮し、手にした錆びた短剣や棍棒を振りかざす。
「正面、俺とオルフェで受ける! 後衛は援護!」
アランが剣を抜き放つと同時に、オルフェが大剣を肩に担ぎ、豪快に踏み込む。
「ははっ! 今度はさっきより一匹多いじゃねえか! 上等だ!」
大剣が唸りを上げて振り下ろされ、突進してきた一体を真正面から弾き飛ばす。火花と衝撃音が洞窟に響き渡った。
「リディア、右を牽制!」
「了解!」
リディアが素早く火の粉末を投げる。ぱちぱちと火花が弾け、右手のゴブリンが目を細めて怯んだ。
その瞬間を逃さず、レオンの長槍が閃く。
「はッ!」
穂先が正確に胸を突き貫き、ゴブリンの体を洞窟の壁へと串刺しにした。血飛沫が飛び散り、一体目が崩れ落ちる。
「よし、一体目!」
しかしすぐさま、左右から二体が挟み込むようにセリウスへ迫った。
「くっ!」
短剣が閃き、長剣で必死に受け止める。金属の衝突ごとに腕が痺れ、汗が額を伝う。
「セリウス、下がれ!」
アランが振り向きざまに剣を薙ぎ、片方の動きを牽制。
隙を得たセリウスは大きく息を吸い込み、踏み込んだ。
「ありがとう……! でも俺だって!」
横薙ぎの一閃が走り、ゴブリンの腕を裂き、緑の血が飛び散る。呻き声を上げたところに、追撃の突きが突き刺さり、二体目が絶命した。
「二体目だ!」
その瞬間、レオンが声を張る。
「残り三体! 来るぞ!」
正面に踏み込んできた一体をオルフェが迎え撃つ。
「オラァッ!」
大剣が棍棒を叩き砕き、そのままゴブリンの胴を横薙ぎに裂いた。肉片と血が飛び散り、三体目が吹き飛ぶ。
「三体!」
オルフェが大剣を肩に担ぎ直し、満足げに笑った。
だが、暗がりから飛び出した別の一体がリディアへ一直線に突進してきた。
「クッツ!」
慌てて後退するが、短剣が頬をかすめ赤い線を刻む。
「させるかよォッ!」
オルフェが即座に飛び込み、大剣を横薙ぎに振る。ゴブリンの武器ごと叩き落とし、壁へと吹き飛ばした。呻き声を上げ、ゴブリンは痙攣して動かなくなる。四体目だ。
「サンキュウ! オルフェ」
「ああ! これで四体目! 残りは一体だ!」
最後のゴブリンが狂ったように叫び、アランに飛びかかる。
「ギャアアッ!」
短剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。アランは力強く押し返し、ゴブリンをじわじわと追い詰めていく。
「アラン、下がって!」
リディアが小瓶を投げつけた。砕け散った瓶から閃光が炸裂し、ゴブリンが怯む。
「今だ!」
「はああッ!」
セリウスが全力で踏み込み、渾身の一閃を振り下ろす。
鋼の刃が胸を断ち割り、最後のゴブリンが絶叫と共に崩れ落ちた。
荒い呼吸だけが残り、五人は互いの顔を見合わせた。
「……これで、五体全部だ。さっきより早く倒せた。少しは、ゴブリンとの戦いに慣れてきたようだな」
アランが剣を納め、低く告げた。
セリウスは震える手で剣を下ろし、深呼吸する。胸の奥には、恐怖と同じくらい強い高揚感が渦巻いていた。
「魔石を拾って先に進もうぜ!」
リディアが魔石を拾ってまわる。
「リディア、回復薬飲んでおけよ。頬から血が出てる」
「平気平気。こんなのかすり傷さ」
「ゴブリンの短剣は、かなり汚いから後で腫れるかも。めんどくさがると酷い
目見るぜ」
「分かった。飲んでおく」
リディアがアランに感謝のハンズアップをした。
「そろそろ先に進みましょうか」
レオンの掛け声に、五人は再び歩き始める。洞窟は緩やかに下り坂となり、先ほどまでの戦闘の余韻を吸い込むように、冷たい空気が流れている。
「……ふう、やっぱり洞窟の空気はじめっとしてるな。汗が冷えて気持ち悪ぃ」
オルフェが大剣を肩に担いだまま、ぼやく。
「戦闘中は熱くなってて分からなかったけど、確かに肌寒いな」
アランが頷き、湿った壁に手を当てる。
「寒さより、湿気で前髪がぺったりしてきたのは気に入らないな」
赤毛をかき上げながら、リディアが少年らしい不満顔を見せる。
セリウスが思わず吹き出した。
「リディアはそんなこと気にする余裕あるんだな」
「当たり前だろ? かっこよく決めたいんだ。ほら、冒険者ってそういうもんじゃん!」
「……かっこいいかどうかはともかく、元気なのはいいことですね」
レオンが苦笑しながらも、地図用の紙に鉛筆を走らせている。
「ねえレオン、さっきから書いてるけど、そんなに細かく記録する必要あるの?」
セリウスが興味深げに覗き込む。
「必要大ありさ。こういう洞窟は似た景色ばかりで、簡単に迷う。道を覚えてるつもりでも、帰り道で迷う冒険者は多いんだ」
「へえ……そういうもんなのか」
「俺は方向感覚で何とかなるけどな!」
オルフェが胸を張って笑う。
「お前はただ突っ込んでるだけだろ」
即座にアランが突っ込み、リディアまでケラケラ笑った。方向感覚で何とかなると思う者は一人もいない。
そんな軽口を交わしているうちに、洞窟の雰囲気が変わっていった。
ごつごつとした自然の岩肌が途切れ、壁や床が削り整えられたように滑らかになっていく。
「……見ろ。明らかに人の手が入ってる」
アランが立ち止まり、松明を掲げた。
そこに現れたのは、苔に覆われた巨大な石の門。朽ちかけてはいるが、石を組み上げて造られた明確な「入口」だ。
「おお……!」
セリウスの目が輝いた。胸がどくん、と高鳴る。
「これって……ここからがほんとのダンジョンってことだよな?」
赤毛を揺らしながら、リディアが目を丸くした。
「そうですね。ここからが本格的な遺跡型の迷路ダンジョンなんでしょう」
レオンが低く呟く。
「今までのは、なんだったんだ?」
「ダンジョンにつながる自然洞窟かな?」
オルフェの不満にセリウスが答える。
苔むした石壁には、古い文字のような彫刻がうっすら残っていた。
「読めないな……でも、何か意味があるはずだ」
アランが目を細め、慎重に門を見上げる。
「ふん、要するに『入るな危険』ってことだろ?」
オルフェがあっけらかんと笑い、大剣を軽く回す。
「……まあ、たぶん当たってる」
セリウスが苦笑した。
五人は顔を見合わせる。
ここからが本番――その緊張感が、ひりつくように肌を刺した。