第23話 『ビギタリアダンジョン』3
ゴブリンたちの咆哮が洞窟に反響した。
そのまま突っ込んでくる三体――後方に控える一体が、ギラついた目で状況を伺っている。
「正面二体、俺とオルフェで受ける!」
アランが叫ぶと同時に、長剣を構えて前に出た。
オルフェも大剣を肩に担ぎ、豪快に踏み込む。
「うおおっ、来やがれぇッ!」
火花が散る。錆びた棍棒と鋼鉄の剣がぶつかり合い、甲高い音が洞窟に響いた。
ゴブリンの短剣は古びていて切れそうにないが、異様な力で叩きつけられれば人間の骨など容易く砕かれるだろう。
アランは剣を横に構え、その一撃を受け流しつつ反撃に転じる。
「はあっ!」
閃く刃。だがゴブリンは予想以上に素早く、身をひねって避け、逆に短剣を突き出してきた。
「くっ……!」
アランは紙一重で剣を戻し、火花を散らしながら受け止める。衝撃が腕を痺れさせた。
一方のオルフェは正面から力勝負を挑んでいた。
大剣を振り下ろせば、狭い通路の壁に当たりかねない――それでも彼は構わず豪快に横薙ぎに振るう。
「らあッ!」
轟音とともに、ゴブリンの棍棒ごと弾き飛ばす。
しかし相手も素早く立て直し、低い姿勢で飛びかかってきた。
「おっとっと……!」
オルフェは体勢を崩しながらも、肩で受け止めて弾き返す。
「無茶すんな、オルフェ!」
アランが短く叫ぶ。だがオルフェは不敵に笑った。
「心配すんな! 正面は俺たちが押さえる!」
ゴブリンたちの目は血走り、執念深く二人を狙ってくる。
通路が狭いため、剣も棍棒も振り抜きにくい。体と体をぶつけ合い、息がかかる距離での消耗戦になっていった。
アランは相手の短剣を下からすくい上げるようにして受け流し、隙を突いて斬りつけた。だが、ゴブリンは皮膚を浅く裂かれながらも怯まず、牙をむき出し、噛みついてくる。
「ぐっ……!」
咄嗟に剣の柄で顎を押し返し、体を捻って距離を取る。
オルフェは反撃の隙を狙い、大剣を振り上げた。
「おらあっ、まとめて吹っ飛べぇッ!」
轟音。大剣の一撃が壁を抉り、石片が飛び散る。ゴブリンは咄嗟に跳び退き、寸前で直撃を免れたが、足場を崩され体勢を崩す。
「今だ、レオン!」
レオンが長槍を閃かせ、素早く踏み込んだ。槍の切っ先が唸りをあげて突き出される。
「はッ!」
鋼の穂先がゴブリンの肩を貫き、血飛沫が散った。呻き声をあげた魔物がよろめく。
「リディア、援護を!」
「任せろ!」
リディアが素早く小瓶を振り、粉末を宙へ撒いた。
次の瞬間、ぱちぱちと火花が散り、洞窟を赤く照らし出す。閃光に晒されたゴブリンの目が焼かれ、悲鳴がこだまする。
「ギャアアアッ!」
「今だ、セリウス!」
アランの声を合図に、セリウスは鼓動を高鳴らせながら横へ踏み込む。
「はああっ!」
渾身の力で突き出した長剣が、よろめいたゴブリンの肩口を深々と貫いた。
「っ……!」
生臭い手応えに思わず息を詰める。刃を伝って温かい液体が滴る感覚が、生々しく手に伝わる。だがセリウスは歯を食いしばり、力任せに剣を引き抜いた。
鮮血が飛び散り、ゴブリンが崩れ落ちる。
一体目。
だが考える暇もなく、残りの魔物たちが叫び声を上げて突進してくる。
「左から来るぞ!」
レオンの鋭い声が響く。
暗がりから四体目のゴブリンが飛び出した。ギラつく瞳でリディアを狙い、短剣を振りかざして一直線に突っ込む。
「うわっ……!」
リディアが後退しきれず、尻もちをつく。刃が振り下ろされる刹那――
「させるかよォッ!」
オルフェの大剣が唸りをあげて横薙ぎに閃いた。
轟音とともにゴブリンの短剣が粉々に砕け、衝撃で魔物は壁に叩きつけられる。骨の砕ける音が鈍く響き、ゴブリンは呻き声を上げてのたうった。
「オルフェ、ナイス!」
「フン! 俺に任せとけ!」
だが残るはあと二体だ。
アランが一体と正面から切り結ぶ。剣と短剣が火花を散らし、金属音が狭い洞窟に響き渡る。
「はッ、だあッ!」
アランは次々と斬撃を繰り出し、相手を押し込む。だがゴブリンは動きが素早く、鋭い反撃でアランの頬をかすめた。血が一筋、頬を流れる。
「アラン!」
セリウスが声を上げる。
同時に、もう一体のゴブリンがセリウスに襲いかかってきた。
「くっ!」
横薙ぎの短剣を紙一重で避けるが、刃先が頬をかすめ、血が滲む。視界が赤く揺れた。
「まだだ!」
セリウスは必死に剣を構え直し、反撃に出ようとする。
「セリウス!」
リディアが小瓶を投げた。粉末が敵の顔に直撃し、閃光が炸裂。
「ギャアッ!」
ゴブリンが目を押さえて悶える。
「今だッ!」
セリウスは叫び、渾身の力で剣を振り抜いた。鋼の刃が斜めに走り、ゴブリンの体を裂いた。
断末魔を上げて地面に崩れ落ちる魔物。
「残り一体!」
レオンが声を張り上げる。
最後のゴブリンは、必死にアランの剣を受け止めていた。荒い息、血走った瞳――だがもう限界は近い。
「これで終わりだッ!」
アランが踏み込み、全身の力を込めて剣を振り下ろした。
ガキィンッ! 鋼の刃がゴブリンの武器を真っ二つに砕く。
次の瞬間、切っ先が胸を貫き、鈍い悲鳴をあげた魔物は力なく崩れ落ちた。
――沈黙。
荒い呼吸だけが洞窟に残る。
「……もういないだろうな?」
オルフェが大剣を肩に担ぎ、辺りを見渡した。
倒れ伏す四体のゴブリンは、煙となって消え魔石が残っていた。
セリウスは剣を下ろし、乱れる息を整えた。膝が震えているのを必死で堪える。
それでも胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
「……ふー、終わったか……」
小さく呟いたその言葉に、リディアが短槍を片手に、へたり込みながらも笑顔を浮かべる。
「……地上のゴブリンより、ずっと動きが良かったね……」
アランは剣を納め、仲間たちを見渡した。
「全員無事だな」
アランもセリウスも傷ついてはいたが、深手を負っているわけではない。
洞窟の奥から、冷たい風が吹いてくる。
まだ未知の敵が待っている。だが五人の胸には、確かな勝利の実感が刻まれていた。