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第22話 『ビギタリアダンジョン』2

 

 洞窟に一歩踏み入れると、外の光はあっという間に遠ざかり、周囲は薄暗く湿った空気に包まれた。石の壁はじっとりと水気を帯び、そこから滴る水滴が「ぽたり」と一定のリズムで落ちては、小さな音を反響させる。足元に転がる小石を踏むたび、硬質な音がいやに響き、五人はそれぞれ無言で背筋を伸ばした。


「……空気が冷たいな」

 セリウスは荷物の肩紐を握り、耳を澄ましながら慎重に足を進める。洞窟内特有のひんやりとした風が頬をかすめ、そのたびに胸の奥で不安が小さく膨らんでいった。


「初めてだから慎重にね。無理に先へ進まなくていい」

 アランが前方を見据えたまま低く告げる。その横顔は冷静に見えるが、握った剣の柄にはわずかに力がこもっている。


 やがて通路は左右に枝分かれし、迷路のように入り組んだ姿を現した。そのとき――遠くで、不規則な羽音がかすかに響く。最初は耳鳴りのように思えたが、やがてそれは確かな群れの気配へと変わっていく。


「……あれは……?」

 レオンが顔を上げ、暗がりを凝視する。目を凝らすと、揺れる影が岩壁に映り、ばさり、ばさりと羽ばたきが近づいてきた。


「戦闘か? ……まずは様子見だな」

 オルフェが大剣を肩に担ぎ、筋肉を軋ませながら腕を鳴らす。その瞳には戦意が灯っていた。


 リディアは素早くポーチから小瓶を取り出す。中の粉末が光を受けてきらりと反射した。

「火の粉、準備オッケー! 狙いを外させてやる!」


 次の瞬間、黒い影が一斉に襲いかかってきた。小型のコウモリの群れだ。鋭い牙を剥き、乱れ飛ぶ羽音で耳を狂わせながら、一行を混乱させようと舞い降りる。


「くっ……!」

 アランは長剣を構え、正面から切り払った。羽が舞い散るが、暗闇と耳障りな羽音に視界も感覚も乱される。斬っても斬っても影が押し寄せ、額に冷や汗がにじんだ。


「アラン、大丈夫?」

 セリウスが後方から声を投げる。


「……少し手こずってる!」

 アランは必死に応えるが、剣筋は次第に荒くなり、いつもの冷静さは影を潜めていた。焦りを隠そうとするその姿に、セリウスの胸がざわつく。


「もう少し落ち着いて……!」

 思わず口を挟みたくなるほどの悪戦苦闘だった。


 その隙を突くように、リディアが瓶を振り、赤い粉を扇状に撒き散らす。火花が散ると、コウモリたちは方向を乱され、空中で弾かれたように散開した。

「これで少し楽になるはず!」


 オルフェは大剣を振りかぶり、壁際から飛び出した一匹を叩き落とす。

「来いよ、小癪な奴ら!」

 血と羽が飛び散り、岩肌を濡らした。


 レオンは冷静に敵の動きを追い、声を張り上げる。

「右の通路から増援! 一匹、すぐ来ます! アラン、迎撃を!」


「……っ!」

 アランは歯を食いしばり、深呼吸して剣を握り直す。隣に並んだセリウスも長剣を構え、視線を合わせた。


「一斉に! 右から来るぞ!」

 二人の剣が同時に閃き、突っ込んできた個体を見事に斬り払った。


 羽音が次第に遠ざかり、やがて暗闇は静寂を取り戻す。五人の呼吸だけが、洞窟に響いていた。


「はあ……ゴブリン相手より、よっぽど神経を削られるな」

 アランは肩で息をしながら苦笑する。額の汗を拭い、ようやく剣を下ろした。


「……全員、無事でよかった」

 セリウスは胸を撫で下ろしながら、仲間の顔を確認する。リディアは元気に親指を立て、オルフェは大剣を担ぎ直して笑みを浮かべた。レオンは紙に素早く戦況を書き記している。


「次はもっと奥か……気を抜けないね」

 レオンが慎重に道を見渡し、声を落とした。


 五人は互いに視線を交わし、頷き合う。再び歩みを進める靴音が、暗い通路にこだまする。湿った石壁、滴る水音、未知の罠と敵。

 湿った石壁に手を添えながら、五人は奥へ奥へと進んでいった。

 通路は狭く、時折きしむような風音が吹き抜ける。水滴の落ちる音すら、敵の足音に聞こえて心臓をざわつかせた。


「……さっきのコウモリよりも、厄介な奴が出てくるはずだ」

 アランが小声で言う。背筋をまっすぐに伸ばしているが、さきほどの戦いで消耗した呼吸の荒さは隠せない。


 レオンが小さな紙片に目を走らせた。

「初級ダンジョンの記録では、浅層の先でゴブリンの群れが出現することが多いみたいです。小型種なら三体から五体程度……」


「つまり、これからが本番ってことだな!」

 オルフェがにやりと笑い、大剣を握り直す。その大きな声に、リディアが慌てて制した。


「ちょ、声がでかいって! 向こうにバレちゃうだろう!」


 セリウスは二人のやり取りに苦笑しつつも、胸の奥に冷たい緊張を抱えていた。

(……コウモリだけであんなに大変だった。次は本当に大丈夫なんだろうか)


 そのときだった。通路の奥――かすかな「がさり」という音が耳に届く。

 石を蹴る足音。獣のような息遣い。


「来るぞ」

 アランが短く告げ、全員が身構えた。


 暗がりの向こうから、影が三つ現れた。背は人間の子どもほどだが、歪んだ顔、よれた布切れをまとい、手には錆びた短剣や棍棒を握っている。

 小型ゴブリン――このダンジョンの浅層で最も警戒すべき魔物だ。


「ひっ……」

 リディアが思わず息を呑む。青白い光を放つ魔石灯に照らされたその姿は、異様に生々しく、血走った瞳はまっすぐこちらを狙っていた。


「三体……いや、後ろにもう一体いる」

 レオンが声を低くして告げる。紙とペンを握る手が、かすかに震えていた。


「なら四対五だ。余裕だぜ!」

 オルフェが一歩前へ踏み出そうとする。だが、その肩をアランが掴んで止めた。


「待て。突っ込むな。ここは狭い。隊列を崩せば各個撃破される」


「アランの言うとおりだ。僕らの強みは人数と連携だよ」

 セリウスが声を張り、仲間を見渡す。

 リディアが頷き、粉末を取り出した。


 次の瞬間、ゴブリンたちが叫び声をあげて突進してきた。

 牙を剥き、短剣を振り上げ、獣のような勢いで!


「来るぞ――構えろ!」

 アランの号令が洞窟に響き、五人はダンジョンでの本格的な戦闘へと身を投じた。



 

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