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第16話 ゴブリン討伐 1


 町を出てから2時間ほど歩き続けると、道はやがて丘陵地帯へと変わっていった。

 緩やかな起伏のある草原がどこまでも続き、ところどころに岩や低木が点在している。風は強く、空気は少し乾いていた。


「おおっ、これぞ冒険って感じだな!」

 オルフェが大仰に両腕を広げる。マントが風にはためき、ちょっとした英雄気取りだ。


「いや、ただの丘だろ……」

 セリウスが呆れ気味に突っ込む。


「ふふ。けど、いつも学舎の壁の中ばかりだったから、新鮮ですね」

 レオンが瞳を輝かせて周囲を見渡す。


「その分、危険もあるということだ」

 アランが冷静に釘を刺す。

「見ろ、あの岩陰なんか、ゴブリンが潜むにはうってつけだぞ」


「うっ……そう言われると、なんか全部怪しく見えてきたな」

 リディアが首をすくめながらも、楽しそうに鼻をひくつかせていた。


「……おいリディア、お前、犬じゃないんだから」

 セリウスが笑うと、リディアは「斥候は鼻が利くんだよ!」と胸を張る。


「頼もしいな。では、我が忠犬よ、ゴブリンの匂いを嗅ぎ分けるがいい!」

 オルフェが芝居がかった声で言うと、リディアは即座に「犬じゃねえって!」と叫び、アランが「バカども……」と額を押さえる。


「でも本当に……ここからが勝負ですね」

 レオンがぎゅっと薬草袋を握りしめ、真剣な表情を浮かべた。


 五人は笑いながらも、心のどこかで緊張を感じ始めていた。

 町の外に出てしまえば、何が起きても自己責任。

 ここから先は、学舎の課題ではなく、冒険者としての実戦なのだ。


 そして――彼らの視線の先、丘の上には、草を踏み荒らしたような痕跡がちらほらと見えていた。五人は丘の上まで移動すると、草の乱れを注意深く眺めた。


「……やっぱり、ただの獣道じゃなさそうだな」

 アランが腰をかがめ、刈られた草の根元を調べる。

「足跡が残ってる。しかも人間の大きさより小さい」


「おおっ、それはつまり――!」

 オルフェが胸を張りかけるが、リディアがすかさず前へ飛び出した。


「ちょっと待った! ここからは俺の出番!」

 彼はしゃがみ込み、草の乱れや足跡を丹念に観察し始めた。

 指先で土をすくい、鼻先に近づけて匂いまで嗅ぐ。


「犬みたいだな……」

 オルフェが思わずつぶやくと、リディアが振り返って睨んだ。


「ちがうっての! これはれっきとした斥候の技術! ……ふむふむ、足跡は三日以内、たぶん五、六匹の群れだね。小さい石を踏んだ跡があるし、粗末だけど武器も持ってるよ」


「おおお、そこまで分かるのか!」

 アランが目を丸くして感嘆する。


「ふっ、まさに我が鼻は真実を嗅ぎ分ける……」

 リディアが得意げに胸を張ると、すかさずレオンが冷静に指摘した。


「……鼻じゃなくて目と観察力じゃないのですか」


「細かいこと言うなぁ!」

 リディアが頬を膨らませ、オルフェが「だが頼もしいぞ、我が猟犬よ!」と余計なことを言って、また小突かれる。


 だが、確かに痕跡はゴブリンのものだった。

 足跡は丘の向こうへ続いている。


「……よし、行こう」

 セリウスが息を整えて仲間を見渡す。

「痕跡を辿れば、ゴブリンの巣に行きつけるはず。リディア、頼むよ。相手に気付かれないように、奇襲されないように音を立てずに注意深く進もう。できればこっちが奇襲をかけたい」


 五人はうなずき合い、リディアを先頭にして、ゴブリンの痕跡を辿り始めた。

 リディアを先頭に、五人は丘陵の草むらを慎重に進んだ。

 やがて――リディアが片手を上げ、仲間に静止を合図する。


「……いた」

 リディアが低く囁いた。


 草むらの切れ間。少し下った窪地に、ゴブリンの群れが屯していた。

 粗末な槍やこん棒を手にし、キャンプのように焚き火を囲んでいる。数は五体。


「数は五……こちらと同じ。ちょうど良い規模だな」

 アランが低く頷く。


「油断しちゃ駄目だよ。あいつら、見た目よりずっと素早くて、厄介らしい」

 セリウスが釘を刺すと、リディアが投げナイフを構えながらニヤリと笑った。


「奇襲するなら今しかないよ。合図したら一斉に!」


「よし……」

 セリウスは喉を鳴らし、心臓の高鳴りを押さえ込む。

 初めての「本格的な戦闘」。彼は深呼吸を一つして、仲間たちに目配せした。


 次の瞬間――。


「――行けッ!」

 リディアの投げナイフが放たれ、火の粉を散らしていた焚き火の隣に突き刺さった。

 ゴブリンたちが一斉にギャッと叫び、武器を掴む。


「うおおおおおっ!」

 オルフェが大剣を抜き、勢いよく突撃する。

「光の戦士オルフェ、見参!!」


「無茶するなってば!」

 セリウスとアランが慌てて追う。


 ゴブリンたちは咆哮をあげ、四方に散ってオルフェを取り囲んだ。

 粗末な槍が突き出され、鉄と鉄がぶつかる甲高い音が夜気を切り裂く。


「うわっ、やっぱり速い!」

 リディアが後方から叫び、二射目を放つ。投げナイフは一体のゴブリンの肩に突き刺さり、悲鳴が上がった。


「レオン、援護を!」

「う、うん!」

 レオンが必死に詠唱を始める。光が手のひらに集まり、治癒と防御の術が仲間を包む。


「来るぞ!」

 アランが叫んだ瞬間、別のゴブリンが茂みから飛び出し、セリウスに斬りかかる。


「――っ!」

 セリウスは咄嗟に剣を構え、火花を散らして受け止めた。腕に伝わる衝撃が重い。

 だが、彼(彼女)の目に迷いはなかった。


 オルフェが雄叫びをあげながら大剣を振り回す。鋭い刃は一体のゴブリンを弾き飛ばしたが、その隙を狙って左右から二体が槍を突き出してきた。


「ぬぉっ!?」

 辛うじて剣で払いのけるが、連携の速さにオルフェの顔から余裕が消える。


「オルフェ、無茶するから!」

 アランが低く唸り、脇から飛び出して一体の槍を弾き飛ばす。

 返す長剣で脇腹に斬り込み、ゴブリンが断末魔をあげて地に転がった。


「よし、一体!」


「まだ四体!」

 リディアが短槍を繰り出し、間合いに飛び込んできた別のゴブリンを刺し返す。ゴブリンが呻いてのけぞった隙に、彼はもう一度投げナイフを繰り出した。

 刃は正確に眉間を貫き、血を噴き出して倒れる。


「二体目、仕留めた!」


「まだ来るぞ!」

 セリウスの前に、槍を構えたゴブリンが突進してくる。

 彼は必死に剣を振り下ろして受け止め、金属がぶつかる甲高い音と共に火花が散った。

 衝撃で腕が痺れる――が、退けば喉を貫かれる。


「はぁぁッ!」

 気合いを込めて押し返し、長剣を振り抜く。刃はゴブリンの首筋を斜めに裂き、黒い血飛沫が飛び散った。


 その直後――。


「危ない、セリウス!」

 背後から別のゴブリンが迫る。

 振り返る暇もなく、影が振り下ろしたこん棒が彼(彼女)の頭を砕かんと迫った。


「――凍れ!」

 レオンの叫びと共に、ゴブリンの足元に氷の蔦が走った。

 瞬時に足を絡め取り、動きを止める。


「今だ!」

 アランが斬りかかり、ゴブリンは悲鳴を上げて地に沈んだ。


「助かった……!」

 セリウスが息を吐く。


 残るは一体。

 そのゴブリンは目を血走らせ、必死に武器を振り回している。だが、五人に囲まれてはもはや逃げ場はない。


「終わらせる!」

 オルフェが渾身の力で大剣を振り下ろす。

 轟音と共に刃が地を叩き、最後のゴブリンが真っ二つに引き裂かれた。


 窪地に、ゴブリンの呻き声はもう残っていなかった。


 全員が肩で息をし、互いの顔を見合う。

 震える手を押さえながら、セリウスは自分の胸に残る鼓動の高鳴りを確かめた。


 オルフェが血に濡れた大剣を掲げ、満面の笑みを浮かべる。

「これぞ我らの栄光の戦いだ!」


「馬鹿……死ぬかと思ったんだからな」

 リディアが顔をしかめたが、その頬はどこか誇らしげでもあった。

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