第15話 2度目の依頼
次の休みの日。
学舎の制服ではなく、それぞれが私服にマントを羽織った五人は、冒険者ギルドの重たい扉を押し開けた。
中は朝から活気に満ちていた。
酒場兼食堂のスペースでは、既にジョッキを手にして騒ぐ冒険者たち。
受付の前には依頼を受けようとする若い新人や、手柄話をまくしたてる中堅の者たちが列を作っている。
掲示板の前には人だかりができ、紙の依頼票を剥がしては受付へ向かう冒険者の姿が絶えなかった。
「うわ……やっぱり朝は人が多いな」
セリウスが肩をすくめながら呟く。
「ほら、あそこ! 掲示板!」
リディアが人混みをかき分け、真っ先に掲示板の前に躍り出る。
彼につられて、セリウスたちも慌てて後を追った。
掲示板には羊皮紙に書かれた依頼票がぎっしりと並んでいる。だが、思っていた以上に空白の釘が目立った。
「あっれ? 『洞窟コウモリ退治』の依頼票が見当たらないな」
リディアが首を傾げながら、紙の束を一枚ずつ確認する。
「誰か別の方が、既に受注してしまったのではないですか?」
レオンが冷静に指摘する。
「えぇー? 見習い冒険者用の依頼なんて、誰もやりたがらないと思ってたのに」
リディアが頬を膨らませる。
「むしろ逆に、こういう雑用じみた依頼は、稼ぎが少なくても安全だから、初級の冒険者に人気なんじゃないか?」
アランが淡々と自説を口にする。
「つまり、我々が出遅れたというわけだな!」
オルフェが胸を張って宣言したが、その内容はただの事実であり、誰も突っ込む気力を失っていた。
「……じゃあ、どうする? 別の依頼を探す?」
セリウスが仲間たちに視線を送る。
掲示板には『ゴブリン討伐』『薬草の採取』『迷子のペット探し』など、残り物の依頼票が数枚だけ残っていた。
掲示板に残された依頼票を前に、五人は自然と円を作った。
「『迷子のペット探し』はないな」
アランが真っ先に切り捨てる。
「見つからないペットを延々と探し回るのでは、なんの訓練にもならん」
「だよねぇ。ボランティア活動をするのが、目的じゃあないからね」
リディアが顔をしかめる。
「では『薬草の採取』はどうだ? 森に入って、葉っぱを摘みながら、この前みたに、たまたま魔獣を狩っちまおう」
レオンが慎重に提案する。
「この前注意されたばかりだろう! 二度続けたら、最悪、資格を取り消されるかもよ」
リディアが両手を広げて抗議する。
「今度の『薬草の採取』は、『薬草の採取』以外の事はやらない方が無難だぜ!」
「ふむ、ならば答えは一つ!」
オルフェが腕を組み、大仰にうなずいた。
「残された『ゴブリン討伐』こそ、我らにふさわしい試練だ!」
「おいおい……」
セリウスは額に手を当ててため息をつく。
「ゴブリンは小型とはいえ、集団で現れるし、武器も扱う。僕らみたいな駆け出しにとっては、かなり危険だぞ」
「そ、そうですね。ゴブリン集団の討伐なんて、本当にできるのでしょうか……群れが小さければよいのですが」
レオンも心配そうに口を挟む。
しかし、オルフェとリディアはすでにやる気満々の顔をしていた。
「危険だからこそ、挑む価値があるのだ!」
オルフェが剣の柄を叩く。
「俺が斥候として、手ごろな大きさの群れをみつければいいんだろう。だいたいさ、薬草採りやペット探しやったって、強くはならないでしょ? やっぱり戦わなきゃ!」
リディアが拳を握りしめる。
「……まったく。お前たちの血の気の多さには呆れるよ」
アランは渋い顔をしながらも、完全に反対はしなかった。
「うーん……」
セリウスは迷いながらも、仲間の視線をぐるりと見回した。
誰もが期待に満ちた顔をしている。恐怖よりも挑戦心の方が勝っていた。
「……分かった。『ゴブリン討伐』に挑もう。ただし、慎重に進めること。絶対に無茶はしない、いいね? リディア、ゴブリンの数は5匹以下の群れを狙うことにしよう。こっちは五人。一対一なら負けないだろう。
「おおっ!」
リディアが両手を上げて歓声を上げ、オルフェも「うむ、ちょっと物足りないが、賢明な決断だ!」と胸を張る。
「ふぅ……仕方ないな」
アランとレオンも顔を見合わせ、小さくうなずいた。
フィオナは不安げに唇を噛んでいたが、それでも仲間を信じて頷いた。
こうして五人は――。
安全な依頼を捨て、あえて危険な『ゴブリン討伐』へと挑むことを決めてしまったのだった。
五人は相談を終えると、受付へ向かった。
木製のカウンターの奥では、茶色の髪を結った若い受付嬢が、忙しそうに依頼票を整理していた。
「『ゴブリン討伐』を受けたいんですけど」
セリウスが声をかけると、受付嬢はぱちりと瞬きをした。
「……あら。君たち、まだ見習いランクの新人よね? 本当に大丈夫かしら? まあ、見習いランクの依頼だけど、大きな群れにはちかずかないでね」
その視線には明らかに心配がにじんでいた。
「もちろんだとも!」
オルフェが胸を張る。
「危険な依頼を避けては、真の冒険者にはなれん!」
「はぁ……? 危険は避けてって言ってるのよ!」
受付嬢は呆れ顔をしつつも、依頼票を取り出し、説明を始めた。
「最近、町の北の丘陵地帯にゴブリンの群れが現れてね。周辺の農民たちが困っているの。討伐対象は群れでいるかもしれないわよ。頭数は正確には分からないけれど、少なくとも五匹以上はいると報告されているわ」
「五匹以上……」
セリウスとアランが顔を見合わせる。
「まあ、俺が下見して数を見極めるから大丈夫だって」
リディアが軽く肩を叩き、笑ってみせた。
「討伐後は証拠として右耳を切り取り、こちらに提出してください。依頼主の農民に確認してもらいます」
受付嬢が説明を終えると、セリウスがうなずき、羊皮紙にサインをした。
こうして、正式に依頼は受理された。
―――
ギルドを出た五人は、その足で市場へ向かった。
道具屋で回復薬を買い足し、鍛冶屋で武器の手入れをしてもらう。
「剣の刃こぼれはないな」
オルフェが自分の大剣を誇らしげに担ぐ。
「俺は投げナイフを補充しとく。ゴブリンって足は速いから、少しでも数を減らせた方がいい」
リディアが腰のベルトに小さな鞘を並べていく。
「私は薬草と包帯を持ってきた」
セリウスは布袋を抱え、少し不安げに眉を寄せる。
「……あまり使うことにならなければいいけど」
「俺は地図を買った。ゴブリンが現れる丘陵の辺りを写してある。地形を把握しておかないと危険だからな」
レオンが巻物を広げる。
「さすがレオン、準備がいいな」
アランが感心したように頷いた。
それぞれの準備を終え、五人は背嚢を背負い王都の門を後にした。
「よーし! 初めての『本格討伐任務』だな!」
リディアが拳を突き上げる。
「……うん。気を引き締めていこう」
セリウスは深く息を吸い込み、仲間たちとともに北の丘陵地帯へと歩みを進めた。