第14話 封印塔の謎の声事件 3
数日後、セリウスの部屋にフィオナがまた駆け込んできた。
「セリウス、また出たらしいわよ。封印塔!」
「え! 変な声を聞いたって?」
セリウスは思わず身を乗り出した。
「ええ。昨日の夜、新入生の子たちが偶然通りかかって、はっきり聞いたって……。『あー』とか『うー』とか、何人もで」
フィオナの青い瞳が真剣に揺れている。
セリウスの胸に嫌な予感が広がった。
(……やっぱり、ただの噂じゃなかった?)
結局その日の夜、またもや六人は封印塔の前に立っていた。
今度は本当に夜。空は雲に覆われ、月も星も隠れ、風が木々を揺らして低く唸る。
「おいおい……昼間でも不気味だったのに、夜は別格だな」
リディアが半泣き顔で肩をすくめる。
「ふむ……闇に閉ざされし塔。今こそ真の試練が――」
オルフェが勇ましく言いかけた瞬間、レオンに肘で小突かれて黙らされた。
錆びついた扉を押し開けると、昼間とは比べ物にならない闇と冷気が広がっていた。
ランタンの炎が揺れ、壁に怪物のような影を映し出す。
「……今のところ声はしないな」
アランが剣に手をかけながら低くつぶやく。
その時――。
「……あ……」
確かに、今度は全員の耳に入った。
女の声。か細く、途切れ途切れに、階上から響いてくる。
「ひ、ひゃぁぁぁぁ! やっぱり出たぁぁぁ!」
リディアがセリウスの背に飛びつき、セリウスは悲鳴を堪えながら前につんのめる。
「ま、待て。冷静になれ」
アランが必死に皆を制す。
「声が聞こえた方向を確かめよう」
「奥……階段の上からですね」
レオンが耳を澄まし、静かに指差した。
六人は慎重に階段を上り、四階へ。
――再び。
「……あ……う……」
今度は壁の向こうから。
目の前には、ただの板壁。入り口も窓もなく、その先には何もないはずだった。
それなのに、壁の向こうから確かに声は聞こえた。
「か、壁の向こう? 外から聞こえてんのか……?」
リディアが半泣きで震える。
「違うよ。たぶん隠し部屋だと思う。壁の向こうにもう一つ部屋があるんじゃないかな」
セリウスが顎に手を当て、壁をじっと調べる。
「入口なんてどこにもないよ」
アランも壁を叩きながら首を振った。
「下の階に仕掛けがあって、そこから階段が繋がってるとか?」
「じゃあ、下の階を調べてみましょう」
セリウスの言葉にフィオナが頷く。
「この壁に、なんの仕掛けも見つからないな。やはり三階になにかあるのか?」
アランも二人に同意し、皆は再び階段を下り始めた。
六人は足音を忍ばせて三階に戻った。
壁を叩き、床を踏み、ランタンをかざして調べていく。
「……おかしいな。どこも普通の壁にしか見えない」
アランが眉をひそめる。
「いや、待って。ここ……音が違う」
セリウスが壁に耳を当てた。
他の壁は鈍く重い響きなのに、そこだけは空洞を思わせる軽い反響が返ってきた。
「ほんとだ。ここだな」
レオンも確認し、ランタンを掲げる。
板壁の一部に、うっすらと四角い継ぎ目のような線が見える。
よく見れば、床にかけられた古びた絨毯の端が、その継ぎ目にわずかに引っかかっていた。
「これ……隠し扉だ」
セリウスは声を潜める。
「よーし、任せろ!」
リディアが罠を開錠するように調べだし――。
「これだ!」
ギィィ……と低い音を立てて壁がわずかに奥へ動いた。
隠し扉がゆっくりと開き、闇の奥に狭い通路が現れる。
「うわ、本当にあった……」
フィオナが小さく震える声を漏らす。
「行くぞ」
アランが剣を抜き、先頭に立つ。
通路は狭く、ほとんど人一人がやっと通れるほど。
息を詰めながら進むと、やがて梯子に行き当たった。
「……これ、四階の壁の裏に続いていますね」
レオンが推測する。
階段をのぼり、四階へ。
声ははっきりと聞こえていった。
「……あ……う……」
しかし今度は、どこか妙に人間臭い。呻き声というより、抑えた吐息に近かった。
「お、おい……なんかこれ……」
リディアが真っ赤な顔で振り返る。
やがて四階に到着し、隠し通路の先の小さな穴から、広間の中をのぞき込んだ。
――そこにいたのは。
寄り添う男女の影。
ローブのフードを外した学生と、その肩にもたれる女生徒。
二人は誰にも気づかれまいと、息を潜めて密会していた。
「……」
六人は一瞬、声も出せず固まった。
「……え、これって……」
フィオナが呆然とつぶやく。
「はぁ!? 幽霊じゃなくてただのバカップルかよ!」
リディアが素っ頓狂な叫びをあげた。
「……なるほど。『あー』とか『うー』とかって、そういう……」
アランが額を押さえ、言葉を濁す。
「ふむ! 愛に生きる者たちの逢瀬……これもまた勇気の形!」
オルフェはなぜか感動したように腕を組んでいた。
「ちょっと、声が聞こえたって大騒ぎした私の立場はどうなるのよ……」
フィオナが恥ずかしそうに頬を押さえる。
「ま、まあ……一応『謎』は解けたってことで」
セリウスが苦笑しながらまとめる。
こうして「封印塔のうめき声」は、幽霊でも怪物でもなく――ただの学生たちの秘密の逢引によるものと判明したのだった。