第13話 封印塔の謎の声事件 2
翌日の放課後。学舎の裏庭のベンチに、セリウスと仲間たちが集まっていた。
「――というわけで、フィオナから『封印塔の調査』を頼まれたんだ」
セリウスが説明を終えると、全員の視線が一斉に集まる。
「おいおい、また怪談かよ! お前とアランは、この前も鎧とか肖像画とかで大活躍したばっかじゃねえか! 今度は俺も参加するぜ」
リディアが両手を振り回して大げさに叫ぶ。
「つまり……三連続で『学園の七不思議』ってわけですね」
レオンは呆れ顔でため息をついた。
「ふむ。封印塔……古の邪悪が眠る禁忌の地……いいじゃないか!」
オルフェはすでに剣を肩に担ぎ、やる気満々。
「こういうのは勇敢な戦士が挑むべき試練だ!」
「いやいや、オルフェはただ怖い話に首突っ込みたいだけでしょ」
アランが冷静に突っ込む。
「でもまあ、フィオナが本気で困ってるなら、無視はできないかな」
「う、うん……そうなんだ」
セリウスは曖昧に笑う。
「よーし決まりだな! 封印塔に突撃だ!」
リディアが拳を突き上げる。
「ちょ、ちょっと! まだ行くとは――」
セリウスの制止もむなしく、オルフェとリディアはもう行く気満々。
「でも……立ち入り禁止なんですよね」
レオンが冷静に水を差すが、リディアは「バレなきゃ平気平気!」と笑い飛ばす。
「ふむ、バレなきゃ無罪!」
「いや有罪だからね!?」
アランとレオンが同時に突っ込む。
結局――セリウスの予想通り、話し合いは「みんなで行こう」という結論に収まってしまった。
(やっぱりこうなるのか……)
セリウスは心の中で天を仰ぐ。
それでも、仲間たちがいてくれる安心感も確かにあった。
午後の授業を終えた六人は、裏門を抜けて封印塔へと向かった。
まだ日は高く、空には淡い光が広がっている。だが森の外れに建つその塔は、昼であるにもかかわらず薄暗く、不気味な影を落としていた。
「……うわ。思った以上に不気味だな」
リディアが肩をすくめる。
「なるほど、これが封印塔か」
オルフェは腕を組み、しげしげと見上げる。
「伝説の悪魔が封じられていてもおかしくない雰囲気だな!」
「いや、絶対そんなのいないから」
アランがきっぱり否定する。
「でも……ほんとに声が聞こえるのかしら?」
フィオナは腕を抱え、真剣な表情で塔を見つめる。
「とにかく、確認してみないとね」
セリウスは小さく息を吐き、仲間たちと目を合わせた。
(……どうか、また誰かの悪戯であってくれればいいんだけど)
錆びついた扉に手をかけると、ギィィ……と耳障りな音を立てて開いた。
中からは、ひんやりとした冷気が流れ出す。
「よし……行こう」
塔の中に足を踏み入れた瞬間、ひやりとした空気が頬を撫でた。
昼間のはずなのに、厚い石壁と狭い窓のせいで内部はすでに薄暗く、まるで夜のようだ。
「……やっべぇ。昼なのに真っ暗じゃねぇか」
リディアが声をひそめる。
「静かに。声が響く」
レオンが眉をひそめ、ランタンに火を灯す。
小さな灯火が石造りの壁を照らし出し、長い影を引いた。
「おお……これぞ冒険の始まり!」
オルフェは嬉々として大剣を抜き、勇ましいポーズを決める。
「我が剣で邪悪を――」
「うるさい!」
三人同時に突っ込まれ、オルフェは口をつぐんだ。
足音だけが響く階段を、ゆっくりと上がっていく。
と、その時――。
「……聞こえた?」
フィオナが足を止め、周囲を見回した。
「な、何を……?」
セリウスが小声で問い返す。
「今、女の声……『アーツ』って……」
ぞくり、と背筋を冷たいものが走った。
誰もいないはずの空間で、確かにか細い声がこだましている気がした。
「お、おいおい……マジで出るんじゃねぇだろうな……」
リディアが短槍を構え、きょろきょろと辺りを見回す。
「幻聴……じゃないのか?」
アランは冷静を装いつつも、視線が落ち着かない。
「ふむ! 囚われし魂の叫び……!」
オルフェが剣を掲げるが、レオンに即座に止められた。
「やめろ馬鹿。余計に雰囲気が悪くなる」
その時、廊下の奥で――ギィィ……と、扉の開く音がした。
誰も触れていないのに。
六人の心臓が同時に跳ねた。
「……今のは、幻聴じゃないよ」
セリウスはごくりと唾を飲む。
「奥に……何か、いるの?」
フィオナが硬い声でつぶやいた。
「いや。ただのきしんだ音かもしれない」
アランが毅然と言い切る。
「よし、行くぞ!」
リディアが勢いよく先頭に立つ。
結局、誰も引き返すことを言い出せず――六人は声のした塔の奥へと進んでいった。
石造りの廊下はひび割れ、蜘蛛の巣があちこちに垂れ下がっている。ランタンの光に反射して、不気味に揺れるその影が、まるで何かが動いたように見えた。
「……っ!」
リディアが思わず槍を振るい、蜘蛛の巣を切り払う。
「い、今、なんか飛んだだろ!」
「ただの蜘蛛の巣です」
リディアにレオンが冷ややかに指摘する。
「ち、ちげえよ! 絶対に今、白い手が伸びてきて――!」
「はいはい。びびって幻覚が見えたんだろ」
アランが冷めた声で突っ込む。
フィオナは口を結んだまま、真剣な顔で壁や床を見回していた。
「……確かに、さっきは、声が聞こえたと思ったのよ。でも……今は、何も感じない」
「ふむ。邪悪なる存在は勇者の前に姿を現さぬ……!」
オルフェが得意げに頷き、セリウスとアランに同時に頭を叩かれた。
石段を上がり、二階、三階へ。
だが――声は一向に聞こえない。
あるのは、古びた机や崩れかけた棚、積もった埃と、時折小動物が走る物音だけ。
緊張と期待で張りつめていた空気は、次第に白けたものに変わっていった。
「……なあ。なんもねぇじゃん」
リディアが肩を落とす。
「そ、そうね……。気のせい、だったのかしら……」
フィオナも少し拍子抜けしたように小声でつぶやく。
「むしろ安心したよ。変なのが出てこなくて」
セリウスは胸をなで下ろす。
――正直、内心ではずっと足が震えていた。
「でも、ただの噂を真に受けて大騒ぎって……」
レオンは額を押さえ、呆れ声を漏らした。
「まあまあ、いい経験にはなったんじゃない?」
フィオナは苦笑しつつ仲間たちを見回す。
「……ちぇっ! せっかくなら、骸骨兵ぐらい出てくれればよかったのによ!」
リディアが残念そうにぼやき、セリウスは「それはそれで怖いだろ!」と突っ込んだ。
結局、怪しい声も怪現象も見つからず、六人はただ怖い思いをしただけで、塔を後にすることになった。
外に出ると、空は茜色に染まり始めていた。
昼間の熱気がすっかり冷え、心地よい風が頬を撫でる。
「……はぁ。なんだか無駄足でしたね」
レオンがつぶやくと、仲間たちは思わず笑い出した。
「でもまあ、こういうのも冒険の一つかもね」
アランが肩をすくめ、皆が同意するように頷いた。