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第12話 封印塔の謎の声事件 1

 

 学舎の男子寮に帰ってきたセリウスを、フィオナが待ち構えていた。

 月明かりに照らされた廊下で、彼女は壁にもたれ、まるで舞台に上がる前の役者のように涼やかな笑みを浮かべている。


「お帰り、セリウス。なんだかご機嫌のようね?」


 不意に声をかけられ、セリウスは肩をびくりと揺らした。

 胸の奥には、まだ酒場での打ち上げの余韻が残っていたのだ。思わぬ成功と仲間たちとの笑い声。そのせいで足取りも軽かったが――フィオナの鋭い視線に射抜かれると、妙に居心地が悪くなる。


「ああ、フィオナ。どうかしたかい?」


「五人で宴会でもしてきたの? 私は仲間はずれなのね?」


 彼女は片眉を上げ、冗談めかした口調で言った。

 だがその目の奥には、わずかな嫉妬とも探りとも取れる色が見え隠れする。


「そういうわけじゃあないけど、俺達、今日から冒険者パーティを組んで訓練をしてるんだ。それで、思わぬ大金が入ったんでお祝いってわけ」


 セリウスは気まずそうに頬をかきながら答えた。

 酒場での盛り上がりを思い出すと顔が緩むのを、必死に抑える。


「あーら、うらやましい。あなた達って強くなることに貪欲なのね?」


 フィオナはつややかな黒髪を指で弄びながら、意味ありげに微笑む。

 まるでセリウスの胸の内を覗き込むようなその仕草に、彼は思わず目を逸らした。


「まあ、強くはなりたいね」


 言葉を選びながら、静かに答える。

 強くならなければならない。己の秘密を守り、いつか目的を果たすために。


「ふーん。まあ、それは良いとして、ちょっと相談があるのよね?」


「え! 私に相談?」


 思いがけない言葉に、セリウスは目を丸くした。

 男装したセリーナ(セリウス)にとってフィオナは、どこか特別な存在。男のくせに、制服以外の時は女装しているセリウスとは真逆な人(制服の時でも化粧はしているが)。心は女だと言い切る彼女(彼)は、美しさも気高さも、そして謎めいた雰囲気も持ち合わせている魅力的な女性だ。そんな彼女が、自分に「相談」を持ちかけるなんて。


「そうそう。二つの謎を解決したあなたに相談があるのよ」


 フィオナは一歩近づき、ひそめるように声を落とした。

 宝石のような青い瞳が夜の光を反射し、かすかに揺らめく。まるでこちらを試すように、セリウスの表情を覗き込んでくる。


「校庭奥に今は使われていない古い塔が立っているのは知ってるわよね?」


「ああ、知ってるよ。『封印塔』て呼ばれてるとうのことだろう?」


「そう。その『封印塔』なんだけどね……」

 フィオナはそこで言葉を区切り、ふっと視線を逸らす。

 何かを確かめるように、少し長い睫毛が影を落とした。


「最近、夜になると、その塔から変な声が聞こえるって、噂になってるの」


「それも……学園の七不思議?」


「七不思議っていうか……不思議よねえ?」

 フィオナは唇を尖らせ、冗談めかしたような、けれどどこか真剣さを滲ませた声で言う。


「誰もいないのに声が聞こえる……?」


「そうみたいなの。声を聴いて、不思議に思った新入生が、塔の中を調べたらしいんだけど、誰もいなかったんだって。信じる?」


 セリウスは思わず首をかしげた。

 確かに、鎧や肖像画の件があったばかり。今回もただの悪戯か、あるいは偶然を大げさに噂しただけかもしれない。だが、フィオナがこうしてわざわざ相談してくるとなると……気安く否定はできなかった。


「その人がそういってるだけじゃないの? また、悪戯とか」


「それが、一人じゃないの。何人も声を聞いて、確かめてるのよ」


 フィオナの言葉は、軽く笑い飛ばすには妙に重い。

 セリウスは小さく息を呑んだ。


「勇気のある人が多いんだね? 私は、そんなの怖くてちかずきたくないなあ。そもそもあそこ、立ち入り禁止だよね」


「古い建物だからね」


 軽く言葉を交わしながらも、セリウスの心は落ち着かなかった。

 また一つ、面倒な「謎」に巻き込まれそうな予感がする。鎧、肖像画。そして今度は封印塔。どうやら平穏な日々は、しばらく望めそうにない。


「それを、私に調べてほしいの?」


 フィオナは静かにコクリと頷いた。


 やっぱり。


 セリウスは頭を掻き、ため息を飲み込む。

 彼女に頼まれてしまっては、断れるはずもない。


「今日は、飲んでるし、明日以降でいいかな?」


「分かったわ。でも、ちゃんと調べてよ」


 フィオナの瞳は冗談めかした調子ではなく、真剣な光を宿していた。

 それがまた、セリウスの肩に小さな重荷を積み上げる。


「うん。明日ね。アランにも相談してみてもいいよね」


「勿論よ」


 少しだけ、緊張がほぐれた。仲間と一緒なら、気も楽になる。

 それでも――自分が矢面に立たされる未来が、なぜかはっきりと見える気がしてならなかった。


「じゃあ、もう眠いから、また明日」


「おやすみなさい」


 フィオナが柔らかな笑みを浮かべて去っていく。

 その背中を見送りながら、セリウスは布団に潜り込んだ。

 だが瞼を閉じても、頭の中には「封印塔」の影がちらついて離れない。

 結局、浅い眠りのまま夜を過ごすことになった。












本日もう一話投稿です。21時10分です

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