第11話 報告と宴会
夕刻。
冒険者ギルドのカウンターに、班の五人は牙猪の巨体をずるずると引きずり込んできた。
「依頼達成の報告です! 薬草はこちら!」
アランが袋を差し出し、胸を張る。
「は、はい、確認しますね……」
受付嬢が薬草を数えていく。
「はい、確かに規定量。……えっと、それで……この後ろの……大きな……?」
「牙猪です」
レオンがさらりと答えた。
「……見習いの、しかも初依頼で?」
受付嬢の眉がぴくりと動く。
「はい。偶然……出会ってしまいまして」
アランが苦笑いでごまかす。
「…………」
「こんな大きいやつに偶然襲われちゃって、あははははは」
リディアが頭の後ろを掻いて笑う。
「本当に、偶然なんですよね?」
「まあ、偶然と言えないこともないなあ」
オルフェがぼそりと呟いた。
「オルフェ!」
セリウスは真っ赤になって慌てた。
「本当なんですね! まあ、今回は大目に見ましょう。ですが偶然が続くようなら資格をはく奪しますよ!」
「大丈夫でしょう。偶然はそんなに続かないから偶然なんですから」
レオンが涼しい顔でうそぶく。
奥から出てきた鑑定係の屈強な男が、牙猪を見て腕を組む。
「ほう……確かに本物の牙猪だな。しかも傷の入り方から見て、実際にお前らが仕留めたんだろう。……初依頼でよくやったもんだ」
「ま、まあ俺の大剣の一撃で仕留めたようなものだからな」
オルフェがドヤ顔で胸を張る。
「最初に吹っ飛ばされたのはどこの誰でしたっけ?」
レオンが冷ややかに刺す。
「がはは! いいなあ若いのは! 早く見習いを卒業しろよ。そうすりゃ、堂々と狩りができる。買い取りするのは大歓迎だぜ」
鑑定係は大笑いしながら札束を数え始めた。
「牙猪は魔石も肉も高値で売れる。薬草代と合わせて――はい、これがお前らの報酬だ」
手渡された金貨の袋はずっしりと重かった。
「うおおおっ! 金貨だぁぁ!」
リディアが袋を掲げて叫ぶ。
「……これは、下手な労働者より稼いでる額ですよ」
レオンが感心して目を丸くする。
「初依頼で金貨……やっぱり俺たち、ただ者じゃねぇな!」
オルフェは完全に舞い上がっている。
「う、うん……でも、偶然はこれくらいにしようね」
セリウスは照れながら小さく呟いた。
***
夜。
街の酒場で、五人はテーブルを囲んでいた。
豪快に並ぶのは、ロースト肉に魚料理、山盛りのパンに葡萄酒。この世界では飲酒に年齢制限はない。
「かんぱーいっ!」
リディアがジョッキを掲げる。
「俺たちの初依頼成功に!」
「「「おおーっ!」」」
「偶然の狩成功に!」
「「「おおーっ!」」」
肉にかぶりつき、パンをちぎり、笑い声が弾ける。
「くくっ……セリウス、あの時、剣に引きずられて転んだ顔、忘れられねぇ」
リディアが腹を抱えて笑う。
「や、やめてくれよ!」
セリウスが真っ赤になる。
「でも、最後はちゃんと立ち上がってた」
アランが微笑んで杯を傾ける。
「……セリウス、やっぱり勇気あるよ」
「そ、そんなこと……!」
「ふふっ。今夜は存分に楽しみましょう。次の依頼に備えて、ね?」
レオンがワインを注ぎながら静かに言った。
「おう! 次はもっとデカい獲物だ!」
オルフェは肉の骨を振り回し、周囲から笑いが起きる。
「んじゃ、次は何を狩る? ドラゴンか? ドラゴンだろ!」
骨付き肉を振り回しながらオルフェが豪快に言い放つ。
「脳筋はほっとこうぜ」
リディアが真剣な顔になる。
「まだ見習いだからなあ。俺たち」
アランがすかさずツッコミを入れる。
「偶然という手は、もう使えなさそうだし、今度は地道にランクをあげないとね」
「ダンジョンにはいつ入るんだ?」
オルフェが疑問を口にする。
「ダンジョンには、冒険者ランクが、『見習い』から『新人』に上がらないと無理なんだよ」
「ダンジョンに入る最低ランクってものがあるんだよ」
セリウスがアランお言葉を引き継ぎ解説する。
「だから最初は地道に見習いランクの依頼をこなさないといけないんだ。でも新人ランクには、すぐ上がれるよ」
「ふむ……それじゃあ、しばらく我慢して、堅実に行くなら薬草採取や小型魔獣の討伐がいいですかね?」
レオンが冷静に言いながら、ワインをくるりと回した。
「ただ、牙猪を倒したという実績がある今なら、多少格上の依頼も受けられるでしょう」
「おー、それだそれ! なんかこう……冒険者っぽい依頼を選びたいぜ!」
リディアは目を輝かせる。
「依頼書には『村の畑を荒らす魔獣退治』とか、『街道の夜盗退治』とかあったろ? ああいうのさ!」
「夜盗退治……人間相手か」
セリウスが小さく呟き、眉をひそめた。
「……相手が人だと、迷いが生まれるかもしれない」
「その気持ちは分かる」
アランが頷く。
「人間相手はまだ早いな。俺たちはまず、連携を磨いておくべきだと思う」
「じゃあ次は――『洞窟コウモリ退治』あたりが妥当かもしれませんね。確か見習いランクの依頼だったと思います」
レオンが提案する。
「魔獣としては牙猪より全然弱いですが、数が多いので連携の訓練にはなるでしょう」
「ふむ……数を相手にするのはいいかもしれんな。俺の大剣の見せ場だ」
オルフェは満足げにうなずいた。
「ちっちゃいコウモリ相手に大剣ぶん回したら、逆に俺らの頭が危ねぇよ!」
リディアが吹き出す。
「でもまあ、俺は賛成だな。飛び回る弓の練習にもなるし!」
「そうだねー」
セリウスも少し笑顔になった。
「数を相手にすると、僕たちの連携が試されるはず……」
「よし、じゃあ決まりだな!」
アランがジョッキを掲げる。
「次の依頼は『洞窟コウモリ退治』。俺たちの班の連携をさらに磨こう!」
「おーっ!」
五人のジョッキがぶつかり合い、泡が飛び散った。
――こうして、彼らの次なる冒険が決まったのだった。