第10話 薬草採取
西の森は街道沿いに広がる穏やかな林だった。
昼下がりの木漏れ日の下、鳥の声と小川のせせらぎが響く。
「……おおっ!」
リディアが早速しゃがみ込み、地面の草をがばっとつかみ上げた。
「見ろよ! 薬草ゲットォ!」
「それは、ただの雑草ですよ」
レオンが即答で切り捨てた。
「依頼書に記されているのは《癒し草》です。葉の縁が赤く染まっているのが特徴。君が掴んでいるのは……ただのタンポポですね」
「ぬぅ……見た目似てんじゃねぇか! だいたい、草の区別なんて分かるかよ!」
「それを見分けるのが冒険者でしょう」
レオンは淡々と薬草図鑑を広げ、指で挿絵を示す。
「……あ、これじゃないかな?」
セリウスがそっと足元の草を摘み取った。葉の先端がほんのり赤く、独特の香りが漂う。
「おおっ、当たり!」
アランが目を細めて頷く。
「セリウス、よく見つけたね」
「な、なにぃ!? お前らずるいぞ!」
リディアが慌てて周囲を探し始めた。
「ふん。採集など暇人の仕事だ」
オルフェは木の根にどっかり腰を下ろし、腕を組んで空を見上げている。
「じゃあオルフェは休憩担当だね」
アランが微笑むと、リディアが吹き出した。
「休憩担当ってなんだよ! 仕事サボってんじゃねぇ!」
「俺は……狩りのほうが得意だ」
「じゃあ魔獣が出るまで見張りしてて」
「当然だ。決してサボりはしていない」
わいわいと騒ぎながら草を摘んでいく五人。
やがてセリウスが袋いっぱいに癒し草を詰め込んでいると――。
「ぶひぃぃっ!」
突然、茂みの奥から奇妙な鳴き声がした。
現れたのは、小さな丸っこい獣。体長は犬ほどだが、背中に針のような毛がぴんと立っている。
「うわっ、なにあれ!?」
リディアが飛び退く。
「針ねずみ獣ですね。牙猪の子供版みたいなものです」
レオンが眉をひそめる。
「危険度は低いですが……針が飛ぶので気をつけてください」
「おっしゃ来たぁぁ! 戦いだ!」
オルフェが大剣を抜き、前に出る。
「ま、待って! 相手は小型魔獣だから、殺さず追い払うだけで……」
アランが慌てて制止するも、もう遅い。
「うおりゃあ!」
オルフェの雄叫びに驚いたニードルホッグは、背中の針を一斉に飛ばした。
「ぎゃああああっ!?」
リディアが見事に刺さり、全身ハリネズミ状態になる。
「リディアァ!?」
セリウスが慌てて駆け寄り、一本一本針を引き抜く。
「い、いてててててっ! くそっ、オルフェ、急に大声出すなよ! 俺が攻撃されただろう!」
「いや、油断してたのは君だろ」
レオンが冷静に突っ込む。
結局、声に驚いたニードルホッグは自分から森の奥へ逃げていった。
「逃げ足早いな……」
アランがため息をつく。
「まあでも、これも経験だね」
「ちくしょう……冒険者ってのは、けっこう痛いじゃねぇか……」
リディアは涙目で呻いた。
「次からは気をつけようね」
セリウスが苦笑しながら袋を掲げた。
「でも、依頼分の薬草はもう十分集まったよ」
「おぉっ、さすがはセリウス!」
リディアが親指を立てる。
「ふん……まあ、初依頼にしては悪くない成果だ」
オルフェは針を数本刺したまま平然と頷いた。
「さて、そろそろ偶然に魔獣に出会う頃合いか頃合いかな」
アレンが悪い顔でみんなに目配せする。
「そうですねえ。なんだか、偶然に魔獣と出会いそうな気がしてきましたね」
「へへへ! 偶然。偶然あっちに行きたい気分行きたい気分だなあー」
「なんだ? あっちには、魔獣の気配があるじゃないか」
オルフェの頭上に『?』が浮かぶ。
「依頼は薬草採取。余計な戦闘は必要ないはずだが?」
「わかってるよ!」
リディアがむくれる。
「でもせっかくの初依頼だぜ? 薬草むしって終わりなんて、なんか地味だろ!」
「そうそう。冒険者っぽさゼロだよな!」
アランが大げさに両手を広げる。
「ここで偶然! 牙猪の一匹や二匹、どーんと現れて――俺たちが協力してばしぃ! って倒す! そういうことが起こっても、たまたまでかたずけられる
「オルフェさん。ここは柔軟な思考で行きましょう」
レオンの冷徹なツッコミが飛ぶ。
「まあまあ、ちょっと覗くだけでもいいんじゃない?」
セリウスが苦笑して仲裁しようとしたそのとき――。
――ガサッ。
茂みの奥から低いうなり声が響いた。
「……グルルルゥゥ……」
「お、おおおっ!?」
リディアが目を輝かせた。
「きたぞ! 偶然だ!」
「偶然すぎる!」
セリウスが頭を抱える。
姿を現したのは――牙猪。
体長は馬ほどもあり、牙が陽光をぎらりと反射している。
「う、うわ……! 本当に出ちゃった……!」
セリウスの喉がひくりと鳴った。
「へへっ、待ってましたぁぁ!」
オルフェが大剣を構える。
「ちょ、ちょっと待て! あんな大物、俺たちだけで――」
アランの制止も聞かず、リディアとオルフェが前に飛び出した。
「うおりゃあああっ!」
「突っ込めぇぇ!」
「ば、バカ! 無謀ですって!」
レオンが叫ぶが、もう止まらない。
「くっ……仕方ない!」
セリウスも長剣を握り直す。
(怖い……けど、逃げられない。俺も、仲間と一緒に……!)
牙猪が突進してくる。
地面が揺れる。木々がきしむ。
「ひぃぃっ! やっぱやべぇやつじゃねぇか!」
リディアは短槍を振り上げたまま腰が引ける。
「突っ込むんじゃなかったのですか!」
レオンが叫び返す。
「だ、誰がこんなにデカいと思ったんだよ!」
「無茶は承知で行ったんでしょう!?」
その間にも牙猪は迫る。
「こ、ここは俺が止める!」
オルフェが大剣を振り下ろした――が、牙猪の硬い額に弾かれ、反動で後方に吹っ飛んだ。
「ぐおおおお!? い、今のは様子見だ!」
「様子見で吹っ飛んでる場合か!」
アランが慌てて叫ぶ。
「セリウス! 脚だ、剣で脚を狙え!」
「う、うん!」
セリウスは全身を震わせながらも、牙猪の突進をすり抜けざま、必死で長剣を一閃した。
が――。
「ひゃああっ!?」
長剣は弾かれ、セリウスは引きずられて転んでしまう。
「セリウスが危ない!?」
アランが思わず大声をあげた。
牙猪がそのままセリウスに迫る。
「――させるかよっ!」
リディアが飛び出して短槍で牙を受け止めた。
ぎりぎりと押し込まれながらも、必死に踏ん張る。
「おいアラン! 何か作戦を出せ!」
「えええっ!? 今から!?」
「早くしないと俺たち全員ミンチだぞ!」
「わ、わかった! ええと……レオン、太ももだ!」
「言われるまでもない!」
レオンがすでに回り込み、背後から太ももを狙って長槍を突き刺す。
牙猪が呻いて飛び上がり、体勢を崩す。
「今だ、オルフェ!」
「ふんっ! 俺の本気はここからだぁぁ!」
吹っ飛ばされていたオルフェが跳び起き、両手で大剣を振り下ろす。
ずしん――!
牙猪が大地を震わせて倒れ込んだ。
「……や、やった……?」
セリウスは恐る恐る起き上がった。
「ふぅぅ……危なかった……」
リディアがへたり込み、短槍を地面に突き刺した。
「俺の一撃がきいたな」
オルフェが胸を張る。
「どの口が言うんだ。最初に吹っ飛ばされたのを忘れたか?」
リディアが冷たく突っ込む。
「まあ、なんとか勝てたってことでいいんじゃない?」
アランが苦笑して場を収める。
それでも、倒れた牙猪を囲んで、全員の顔には安堵とほんの少しの誇らしさが浮かんでいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。明日から1日三話投稿になります。6:00、16:30、21:10、です。
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