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第9話  冒険者ギルド

 

 休日の朝、寮の一室。

 窓から差し込む陽光に、セリウスは寝癖を直しながら荷物を整えていた。

 机の上には小さな革袋と、古びた短剣、磨き直した鎧の一部。


「……いよいよか」

 胸の奥が、妙にそわそわする。

(ギルドには、たくさんの人間がいるだろう。できるだけ他人との接触は控えめに……目立たないようにして、いや、騎士養成学校の生徒がギルドに登録に行けば注目を浴びないわけにはいかないだろうが、ギルドの人たちに、女だということが、ばれないように気を付けなくては……絶対にばれちゃいけないんだ)


 軽く息を整えたところで、ドアが勢いよく開いた。


「おーい! 準備できてるか、英雄さま!」

 赤毛のリディアが元気よく顔を出した。


 着替える時はドアの鍵は閉めるようにしているが、それでも突然ドアが開かれると心臓がびくりと跳ねる。


「ちょ、ちょっと! ノックぐらいしてくれよ!」


「ははは、細けぇこと気にすんな! 俺なんか、昨日のうちに装備磨いといたぜ。見ろ、このツヤ!」

 リディアは胸当てをぴかぴかに光らせて自慢してみせる。


「……眩しすぎる。猪と戦う前に光で目を潰せそうですね」

 呆れたようにレオンが続いて入ってくる。


「ふん。どうせ登録なんざ紙切れだろ? 準備に手間取るほどのことじゃねぇ」

 大剣を担いで現れたオルフェは、すでに戦闘に行くかのような物々しい装備だ。


「登録だけなのに……重装備で行く気?」

 セリウスが呆気に取られる。


「当たり前だ。俺の勇姿をギルドに刻むんだからな! ギルドの奴らに舐められるわけにはいかないだろ」


「……格好から入るタイプなんだね」

 アランが苦笑しながらまとめ役の顔で入ってきた。

「じゃあ、みんな揃ったし出発しようか」


 ***


 街の中心にある冒険者ギルドは、木造二階建ての大きな建物だった。

 昼前にもかかわらず、中は冒険者たちで賑わい、酒場兼掲示板のスペースからは笑い声や依頼の呼び声が飛び交っている。


「おぉ~! これが冒険者ギルド!」

 リディアが目を輝かせて見回す。


「浮かれるな。まずは登録だ」

 オルフェが胸を張ってのしのしとカウンターへ向かう。


 受付には落ち着いた雰囲気の女性職員が座っており、五人に優しく微笑んだ。

「ようこそ。冒険者登録ですね? お名前と年齢、出身地、それから性別を記入していただきます」


 セリウスの心臓が跳ねた。

(落ち着け……大丈夫だ。男として通すんだ)


 仲間に気づかれないように、セリウスはさらさらと筆を走らせる。

 用紙に「男」と記す手が、少しだけ震えた。


「はい、ありがとうございます。確認しますね」

 受付嬢はにこやかに用紙を受け取った。セリウスは胸を詰まらせながらも、表情には出さないよう必死だ。


「よし、これで全員分完了です」

 受付嬢が判を押し、五人に一枚ずつ革製のカードを手渡す。

「これがギルドカードになります。依頼を受けたり、迷宮に潜る際には必ず携帯してくださいね」


「おお! 俺の名前が刻まれてる! かっけぇ!」

 リディアはさっそく掲げて大はしゃぎする。


「ふむ……等級は見習いですか。まあ当然ですね」

 レオンは冷静にカードを眺める。


「これで、正式に冒険者ってことだな!」

 オルフェが笑みを浮かべ、剣の柄を叩いた。


「うん……」

 セリウスもカードを見つめ、胸の奥で強く思う。

(これで……いよいよだ。ダンジョンへ――とうとう運命を変える魔道具を探す第一歩を踏み出したんだ)


 仲間たちの笑顔の中で、ひとり胸の奥に決意を秘めていた。


 ギルドカードを受け取った五人は、そのまま(にぎ)やかなホールの一角へ移動した。

 大きな掲示板には羊皮紙の依頼書がびっしりと貼られている。人の背丈ほどの板に、討伐、採集、護衛……様々な文字が並んでいた。


「うおっ、なんかすげぇいっぱいある!」

 リディアが目を輝かせ、勢いよく近づく。

「見ろよこれ! 『洞窟に潜む盗賊退治』! なあ、これ行こうぜ!」


「馬鹿言わないでください」

 すぐさまレオンが制止した。

「盗賊退治は下手をすれば命取りですよ。いきなり行く依頼じゃありません」


「じゃあこっちだ! 『南の湿地に現れる魔蛇の討伐』!」

「……討伐ランクC。見習いがやる仕事じゃないですね」

「ぬおぉ~!」リディアが頭を抱える。


「お前はちょっと落ち着け」

 オルフェが大剣の柄を叩きながら掲示板を見回した。

「せめて獣退治くらいはやりたいよな。剣を振らなきゃ気がすまねぇ」


「見習いが受けられる依頼は限られてるからね……この辺りはどう?」

 アランが静かに一枚の依頼書を指差す。

「『近郊の森で薬草の採取』……討伐ではないけど、簡単で、初めてにちょうどいいと思う」


「えぇ~薬草? 地味だなぁ」

 リディアが頬を膨らませる。


「地味でも立派な仕事だよ」アランが諭すように言った。

「薬草は回復薬の原料だし、依頼主は王都の薬師組合だ。信用を得るのにうってつけ、それに森なら魔獣が出ても不思議はない。たまたま出会って戦いになったって言えば、それで済む済む」


「アレンも策士ですね……まぁ、まずは安全な依頼で様子を見るのが筋でしょう」

 レオンも賛成する。


 視線が自然とセリウスへ向く。

「どう思う、セリウス?」


「え、わたし……?」

 セリウスは少し戸惑い、手元の依頼書を見つめた。

 薬草採取。戦いは少ないかもしれないが、仲間と一緒に冒険者としての一歩を踏み出すには、確かに良い。


「……うん。まずはこれにしよう。きっと勉強になると思う」

 セリウスは頷いた。


「よっしゃ、決まりだな! たまたま魔獣にあっちゃえばいいんだな」

 リディアが手を打ち、班の空気が一気に明るくなる。


「こらこら、あくまで薬草採取に行くんですよ。ばれるような言動は控えてください」


 その様子を、近くの冒険者たちがちらりと見ていた。

「おい、学生の見習いどもだぞ」

「ははっ、可愛いもんだ。まあ最初は薬草取りからだよな」


(注目されてる……)

 囁きが耳に入るたびに、セリウスの胸はざわついた。

(……大丈夫。男として、仲間と肩を並べるんだ。ばれてない。ばれてない)


 受付に依頼書を差し出すと、女性職員がにっこり微笑んだ。

「薬草採取ですね。依頼場所は街から西に三キロほどの森。こちらに地図があります。安全な依頼ですが、魔獣が出ないとも限りませんので、どうかお気をつけて」


「おう、任せろ!」

 リディアが胸を叩く。


 こうして五人は、冒険者としての最初の依頼に挑むことになった。


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