第8話 王都郊外・ミルリオ森林 魔獣討伐訓練 2
牙猪を三頭仕留めたあと、セリウスたちは互いに息を整えつつ陣形を立て直した。
「ふぅ……これでひとまずは落ち着いたな」
アランが周囲を確認し、剣を納める。
「おい、セリウス。今度は立ちすくむなよ!」
オルフェが大剣を肩に担ぎ、不機嫌そうに言う。
「わ、分かってるよ……でも、あんな勢いで突っ込まれたから、体が動かなくなっちゃったんだ。次は大丈夫……」
「ははっ、そりゃ初めては、普通そうなるよなあ」
リディアが豪快に笑ってセリウスの背中を叩く。
「だから、俺らがいるんだって。チームってそういうもんさ。気にすんな!」
「……まぁ、今回は連携で勝てましたし、それで十分ですよ。3匹の牙猪を相手に上出来です」
レオンが槍を拭きながら淡々と言い、班の空気を締めた。
しばらくして、森のあちこちに散開していた班が集合地点へ戻り始めた。戦果を背負って運んでくる者、傷を負った仲間を支えて戻る者、表情はそれぞれだ。
やがて全班が揃うと、教官ガレスが腕を組んで前に立った。
「……よし、全員戻ったな。死人も大怪我もなし。上出来だ」
低く太い声に、緊張していた一年生たちはほっと胸をなで下ろした。
「では報告を聞く。――まずはA班」
各班が順に討伐数と行動を報告していく。失敗や混乱があった班には、ガレスの厳しい叱責が飛ぶ。
そしてセリウスたちの班の番になった。
「牙猪を三頭討伐。連携で仕留めました」
アランが代表して簡潔に報告する。
「ふむ……三頭か。なかなかだ」
ガレスがゆっくりと頷き、班の面々を鋭く見渡す。
「正面から受け止めようとした無鉄砲が一人いたようだな?」
「うっ……」
オルフェがたじろぐ。
「だが、仲間が冷静に援護し、連携で倒した。評価すべきはそこだ。力任せに突っ込むだけでは命を落とす。今日の戦闘で、身に沁みただろう」
「……はい」
オルフェは渋々ながら頭を下げる。
「それと――」
ガレスの視線が、ちらりとセリウスに向いた。
「恐怖で足がすくむのは誰でもある。だが、その後どうするかが重要だ。仲間の助けを受けても、再び剣を握り立ち向かう。……それが騎士道というものだ」
「っ……!」
セリウスの胸に熱いものが広がった。うつむいていた顔を、そっと上げる。
「総じて悪くはない。今日の訓練は、皆、合格点だ」
ガレスがそう告げると、班の皆がほっと笑みを浮かべた。
「よーし、合格だってよ! な、やっぱり俺たちが一番だ!」
リディアが拳を振り上げる。
「……調子に乗りすぎですよ」
レオンが冷静に突っ込み、アランは小さく苦笑した。
セリウスは仲間の声を聞きながら、剣を握る手に力を込めた。
(怖かった。でも、みんなの迷惑にならないように次こそ頑張るぞ……)
***
夕暮れの学園に戻った一年生たちは、鎧や武器を返却し、汗を流したあと、それぞれ学食へと集まった。
大広間の窓からは夕焼けが差し込み、香ばしいパンとスープの匂いが漂っている。
セリウスたち五人は木のテーブルを囲み、湯気の立つ紅茶のカップを手にして腰を下ろした。
「ふぁ~っ、疲れたぁ!」
リディアが机に突っ伏す。
「でも、楽しかったよな! 猪、でっかかった!」
「おいおい、訓練を『楽しい』で片づけるのか……ちゃんと今後につながる分析と検討をしような」
アランが呆れつつも、少し笑みをこぼす。
「俺はまだ納得いかん」
オルフェが腕を組んで眉をひそめた。
「正面から斬り伏せられると思ったんだがな……やっぱり力だけじゃ駄目か」
「やっと気づいたんですか?」
レオンが冷ややかに返す。
「まあ、君の無茶をみんなでフォローできたのは収穫でしょう。連携というものを少しは理解できたはずですし」
「ぐぅ……嫌味な言い方しやがって……」
オルフェは苦虫を噛み潰した顔で紅茶をすすった。
その横で、アランが穏やかに口を開く。
「でも、今日の一番の収穫はセリウスだと思う」
「えっ、わ、私!?」
セリウスは慌ててカップを置く。
「うん。恐怖で動けなくなった経験は、きっと次からの糧になる。セリウスなら、恐怖に打ち勝って、今まで以上に良い動きをするだろう」
アランの言葉に、皆が自然とセリウスを見た。
「そうそう!」
リディアが机を叩いて頷く。
「セリウス、顔は真っ青だったけどさ、最後はちゃんと動けてたじゃん! あれ、すげー勇気だと思うぜ」
「勇気……というよりは、無理やり必死だっただけで……」
セリウスは耳まで赤くし、視線を落とす。
「必死でいいんだよ」
アランが穏やかに笑った。
「恐怖があっても、仲間のために動ける。それはもう、立派な勇気だから」
「……!」
セリウスの胸に、じんわりと温かさが広がった。
「だな」
オルフェが意外にも素直に言葉を重ねた。
「怖気づいても剣を振れるってのは、大したもんだ。俺も見直したぜ」
「ふふ、英雄様は二連続で怪談を暴いた上に、魔獣とも渡り合ったわけですか」
レオンが皮肉混じりに笑う。
「どうやら、本物の『成長株』らしいですね」
「や、やめてよ……もう十分恥ずかしいんだから!」
セリウスは真っ赤になって両手で顔を覆った。
「ところで、ダンジョン探索の件だけど、今度の休みに冒険者ギルドに登録しにいかないか?」
アランが皆に提案する。ダンジョンに潜るにはギルドで冒険者登録をしておく必要があるのだ。
(えっ、そんなに早く……)
カップを握る手が、わずかに震えた。牙猪の咆哮と、突進してきた姿が一瞬、脳裏に蘇る。
でも――。仲間たちの笑顔を見て、胸の奥で小さく決意が灯る。
そもそもダンジョン探索は自分で言いだしたこと。一人前の騎士になるため。ダンジョンに眠る性転換ができるという魔道具を手にして男になるため。男になって騎士爵家の跡を継ぐため。女が男だと偽って騎士爵家の跡を継ぐという嘘から逃れるため……私は男にならねばならない。
「……うん、行こう。たくさん実践を経験しなくちゃね」
「いいぜ」
赤毛をかき上げながら、真っ先にリディアが答える。
「いいですね。善は急げと言いますし」
「俺も、都合は悪くない」
レオンもオルフェも乗り気だ。
セリウスも名誉回復のチャンスだと、気合を入れなおす。
「じゃあ、決まりだね。皆で登録にしに行こう」
次の休み、五人は冒険者ぎるどを訪れることにした。