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彼岸花の香り  作者: 桜鬼
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ルナフィア 4

目覚めとともに、頭がガンガンと脈打っていた。

乾いた喉とともに、鉄の重りを抱えているような頭痛。

まるで世界がぐらりと傾いているようだ。




「⋯⋯うぅ⋯⋯最悪⋯⋯」




紗凪は布団に顔を埋めながら呻いた。

昨夜の記憶はおぼろげで、ただ、喉に甘い液体が流れ込んだあとの高揚感だけが微かに残っている。


そういえば⋯⋯あのジュース、美味しかったけど⋯⋯あれ、まさか――



「おはようございます、紗凪さん」




柔らかな声が響き、ロゼリオがカーテンを引く。

朝の日差しが室内に差し込んで、紗凪は思わず目を細めた。




「ロゼ⋯⋯リオ⋯⋯昨日の夜、わたし⋯⋯何か、やらかしてない⋯⋯?」




問いかけにロゼリオは口元を僅かに緩める。

緑の瞳が妖しく揺れ、意味深に細められる。




「何か、とは⋯⋯ふふ、それはご自分の胸にお尋ねください」


「え、やだ⋯⋯なにそれ⋯⋯!? 

えっ、えっ、わたし⋯⋯まさか、吐いた? とか、泣きわめいた? それとも――まさか服を脱いだとか!?」


「さあ、どうでしょう。あの時の紗凪さんはとても奔放で、誘惑的で⋯⋯可愛らしかったですよ」


「やめてえぇぇぇぇ!!!」




紗凪は枕を被って転げ回る。

羞恥心と二日酔いのダブルパンチに耐えきれず、布団に包まりたくなる。

ロゼリオは苦笑してから、手元のガラス瓶を掲げた。




「これを飲んでおいてください。二日酔いに効く薬草を浸した水です。少し苦いですが――効きますから」




そう言い残し、ロゼリオは部屋を出ていった。


彼の気配が消えてから、紗凪はおそるおそる瓶を手に取る。

色は緑がかった黒。沈殿した葉のようなものが底に溜まっている。




「⋯⋯飲まなきゃ⋯⋯ダメだよね⋯⋯」


意を決して口をつけ、一口。


「にがっ!!!」


あまりの苦さに、思わず顔をしかめた。



薬草のえぐみが口内に広がる。けれど、喉を通したあとは不思議と少し楽になる。

紗凪はベッドに倒れ込み、そのまま眠気に身を預けた。










ロゼリオは静かな路地を歩いていた。

日差しを避けるように黒い外套を羽織り、その影に紛れて街を流れる空気を感じ取る。


彼の目的は二つ――

一つは、《禍つ霧》に関する噂の収集。

もう一つは、紗凪の旅支度に必要な品を整えること。


けれど本音を言えば、それらはただの建前だ。

彼の頭の中には、先ほど見た紗凪の寝顔が焼き付いて離れない。



「⋯⋯無防備すぎますよ、貴女は」


呟くように言いながら、ロゼリオは手袋を外す。

赤い蔦の紋様が手の甲に浮かび上がり、それがまるで生き物のように蠢いた。



彼の感覚は、植物を通して紗凪の体温を感じていた。

朝に彼女が横たわっていたベッド。そこに絡ませておいた蔦は今も彼女の微かな鼓動を伝えてくる。




「熱い⋯⋯これは、昨夜の熱の残り火でしょうか⋯⋯それとも⋯⋯」




瞼を伏せ、陶然と微笑む。

その笑みは美しくもあり、どこか危うげだった。









午後、復活した紗凪はようやくまともに歩けるようになり、ロゼリオに誘われてルナフィアの街へ繰り出した。


通りには果物や焼き菓子の香りが漂い、賑やかな音楽が遠くで流れている。

ロゼリオが屋台の果物串を手渡すと、紗凪は嬉しそうにかぶりついた。




「ん〜っ、美味しい! ねぇ、ロゼリオは食べないの?」


「基本的には、食事の必要はありませんから」



「え、ええっ!? じゃあご飯とかも?」


「それも同じです。ですが⋯⋯刺激として嗜むことはありますよ」




笑みを浮かべて応じるロゼリオの瞳に、紗凪は不意に背筋がぞくりとする感覚を覚える。




「やっぱり⋯⋯日光がご馳走ってこと?」


「それだけではありませんよ」




彼は微笑んだまま、静かに視線を紗凪の首筋へと向けた。



(貴女の体液の方が⋯⋯とても魅力的で⋯⋯もっと、味わってみたい)



心の奥底で蠢く欲望を隠しながら、ロゼリオは柔らかく微笑む。




「ところで、思い出したけど地球だとアウラウネって女性のイメージだよ。

ロゼリオはなんか⋯⋯全然違うけど」


「なるほど。そちらの世界でも同じなのですね。

ですが⋯⋯人の姿も植物の姿も、私は全て"私"ですよ」


「ふーん、不思議⋯⋯」




そうして他愛もない話を交わしながら、日が傾く頃には宿へと戻った。

宿の部屋で横になった紗凪は、少しだけ開いた窓から吹き込む風に髪を揺らし、静かに眠り始める。


ロゼリオはその寝顔を、長い沈黙の中で見つめ続けていた。

手袋の下、指先に赤い蔦が蠢く。

そして――彼は、誰にも聞こえない声で囁いた。




「⋯⋯愛しい、愛しい⋯⋯貴女のすべてを⋯⋯私の蔦で、包んでしまいたい」




夜はゆっくりと、更けていく――。



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