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彼岸花の香り  作者: 桜鬼
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ルナフィア 1

朝、紗凪が目を覚ますと、森の空気はひんやりと澄んでいて、空の青さに朝露が輝いていた。

鳥のさえずりが微かに聞こえ、あたりには昨夜ロゼリオが植物で作ったテントの名残が残っていた。




「おはようございます、紗凪さん。よく眠れましたか?」




彼の声とともに、青々とした葉に包まれた籠が目の前に差し出される。中には見たことのない果実が色とりどりに詰まっていた。紫色のぶどうのような実、赤くツヤのある林檎のような果物、そして淡く光を帯びた黄色い実。




「これ⋯⋯全部、ロゼリオが出したの?」


「ええ。森の恵みを少し拝借して、甘いものばかり選んでみました。貴女の舌に合えば良いのですが」




紗凪はひとつ、黄色い果実をかじった。しゃくりと歯が沈む感触に、熟れた桃のような濃密な甘さが口いっぱいに広がる。




「⋯⋯おいしい。なんだろ、これ」


「『グリッサ果』です。人の疲れを癒す効果があって、旅にはうってつけですよ」


「植物、ほんとに何でも知ってるんだね」




ロゼリオはふわりと微笑みながら、紗凪の頬に一房の果実をそっと押し当てた。




「知るだけではなく、育てることもできますから。

⋯⋯ほら、まだ寝ぼけている顔にはこれがよく効くそうですよ?」


「え、ちょ、やめて、冷たいってば!」




ふたりは朝の陽射しの中で小さく笑い合い、軽いじゃれ合いのようなひとときが、昨日の戦闘の記憶を薄めてくれる。


朝食を終えると、ロゼリオは再び植物に命じてテントを分解し、地面を元通りに戻していた。その所作が美しく、まるで森の精霊が踊っているように見える。




「さ、先を急ぎましょうか。森を抜ければ草原、そして今日中には街に入れるはずです」


「うん、頑張って歩くよ」




紗凪は靴紐を結び直し、リュックを背負う。森の出口はもうすぐそこだった。


木々の間から差し込む光が増え、やがて視界が開けると、果てしない緑の草原が目の前に広がった。風が草をなびかせ、小さな花々が一面に咲き誇る。




「うわぁ⋯⋯」


「これが『ルヴィエルの草原』です。春は花の海に、秋は金色の波に変わる美しい場所ですよ」


「すごいね、なんか、ゲームのフィールドみたい⋯⋯」


「貴女の世界では、これも非現実的なものなのでしょうね」




ロゼリオの瞳がどこか寂しげに細められた。

それを見て、紗凪は小さく息を呑んだ。昨日の戦闘の時と違って、今の彼は柔らかく、人間らしい。




「でも、私は好きだよ。綺麗だし、息がしやすい。

こっちの空気って、なんか⋯⋯やさしい」


「そう言っていただけると嬉しいですね」




ロゼリオは長い赤髪を風に任せ、緑の瞳を細めて笑った。その姿は草原の中に溶け込むように美しく、思わず見惚れてしまう。




――だめだってば、油断しちゃ。


紗凪は首をぶんぶんと振って、頭の中の声をかき消す。




「そ、それより、街までどれくらいかかるの?」


「この調子なら、夕方には『ルナフィア』へ入れますよ。

道は平坦ですが、油断は禁物です。魔物こそ少ないとはいえ、盗賊や流れ者もいるので」



「⋯⋯うわ、本当にファンタジーなんだね」


「貴女も、少しずつ馴染んできたように見えますが?」


「ま、まぁ⋯⋯ね」




笑いながら、ふたりは草原を歩いていく。風が頬を撫で、空には雲ひとつない。ロゼリオの歩幅に合わせるようにして、紗凪は少し早足で隣を並んだ。


その歩調は、昨日よりも自然に、そして穏やかだった。






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