表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼岸花の香り  作者: 桜鬼
2/48

その優しさ命取り 2


「⋯⋯異世界?」




私は思わず聞き返していた。


目の前にいる赤髪の男——ロゼリオは、まるで当たり前のことのようにうなずいた。




「はい。ここは〈セレナーデ〉と呼ばれる世界。あなたがいた場所とは異なる次元に存在する、別の世界です」




あまりにも真顔で言うので、かえって現実味がない。


私は混乱する頭を必死に整理しようとした。



宙に浮いた蔦、空を飛ぶ男、不可解な召喚陣⋯それらを全部足しても、"異世界"だなんて荒唐無稽だ。けれど——




「⋯⋯でた、異世界転移⋯⋯」




現実逃避気味に呟いた私に、ロゼリオは柔らかく微笑んだ。




「その反応、意外と冷静ですね。もっと泣き喚くかと」


「いや、混乱してますよ!? 頭ん中ぐちゃぐちゃですよ!? あんたが落ち着きすぎなんですよ!」




自分でも驚くほど自然にツッコミを入れていた。自我が戻ってきた証拠かもしれない。




「⋯⋯でも、なんで私が? 

さっき光に包まれたのは、隣にいた女子高生で⋯⋯私は⋯⋯ただ腕を掴んだだけなのに」




その時の光景が、フラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。


手を伸ばした瞬間。少女の「ごめんね」という声。


——あれは、誰に対しての言葉だったのか。




「元の世界に、戻れるんですよね?」




私は思いきって問うた。祈るような気持ちで。


けれどロゼリオは、ふっと視線をそらし——静かに首を振った。




「すぐには、難しいでしょう。召喚の術式は不完全だったようですし、何より⋯⋯あなたは、本来呼ばれた“対象”ではない」


「そんな⋯⋯」


「ですが、ご安心を。必ず道は見つかります。私はそのためにも、あなたを守ると決めました」




その言葉に、私は思わずロゼリオを見つめた。


彼の言葉には、慰めのようなやさしさと、不思議な重みがあった。




「⋯⋯あなたは、一体何者なんですか?」


「私はロゼリオ。アウラウネという種族に属しています。まあ⋯⋯人間ではありませんね」




ロゼリオは自嘲気味に笑いながら、片目を閉じて肩をすくめた。




「種族って⋯⋯つまり、妖精とか魔族とか、そういう⋯⋯?」


「秘密ですよ?」




彼は茶目っ気たっぷりに指を立てて微笑んだ。


その仕草が、何となく人間味があって、私は少しだけ力が抜けた。




「でも、冗談みたいなことばっかり言って、ほんとに信用していいんですか⋯⋯?」


「その疑いの目も、当然です。ですが、私はあなたを守ります。それだけは、どうか信じてください」




まっすぐに向けられたその緑の瞳に、私は言葉を失った。


どこか不穏なほど強い意志と、それでいて水面のような静けさをたたえている。見ていると、心が吸い込まれそうになる。




「⋯⋯分かりました。一旦、信じてみます」




私は小さくうなずいた。現状、他に頼る相手もいない。正直、不安で仕方がなかったけれど、彼の目は嘘をついていない気がした。




「では、ここにいても危険ですから⋯⋯私の拠点へ向かいましょう」


「拠点?」


「ラナという町です。私がよく利用する冒険者ギルドもあり、旅人の情報も集まる。きっと、帰還の手がかりも見つけやすいでしょう」




ロゼリオが蔦を指で鳴らすと、空中からツタがにゅるりと伸びてきて、まるでブランコのような足場が形作られた。




「⋯⋯それ、乗るんですか⋯⋯?」


「ええ。徒歩よりも早いですから。お姫様扱い、嫌いでは?」


「⋯⋯あんまり好きでもないです⋯⋯」




ぼやく私をよそに、ロゼリオは軽々と私の腰を抱え、蔦の足場へと持ち上げた。




「ちょ、ちょっと!?」


「落としませんから、安心を」




体がぴたりと寄せられ、私は思わず息を呑んだ。


ロゼリオの体温と、ほのかに香る土と緑の匂い。思いのほか、やさしい。



——この人、やっぱり⋯⋯ただの変人じゃない気がする。



蔦が風を切り、私たちは空中を滑るように森を進んでいった。


その先に、どんな運命が待っているのか——まだ、この時の私は知らなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ