第一章:死の森の隠者の住処
良く日差しが入る窓辺、収納を兼ねる長椅子に座った私は、小屋の天井に沢山干された薬草をぼんやり眺める。家主は畑へ行くといって出て行ってしまったので、一人留守番をすることになった。
あれから茸と豆が入ったスープを食べさせられお腹がいっぱいなのだけど、ディルデュランは私が余りにも食べないので驚愕していた。頑張っても木の椀一つを食べるのが限界で、これでは痩せているわけだ…と考えながら自分の薄い腹を触ってしまう。
二重に巻かれた組み紐に手が当たると、食事の前に着替えて身なりがおかしくはないか、と聞いた時の事を思い出す。突然腰に組み紐を巻かれたのには驚いてしまったのだけど、特に不快とは思わなかった。後でどうして?と聞いてみたら「腹が冷えそうだった」と返されたので、自分の事は本当に拾ってきた山栗鼠?という生き物位にしか思っていないんだろうと遠い目になるしかない。
「いや、山栗鼠…?位の扱いの方が私も楽なのかもしれませんね」
ぽつりと呟き、こんな訳の分からない相手の面倒見てくれるのだから贅沢を言ってはいけない、と私は髪に潜り込んでいる光の精を見つけて、ため息をつきつつ、それを人差し指でちょっとだけつついてみた。
「感触は…無いのね、不思議…」
光がチカチカと瞬くのに少しだけ微笑んで、視線を天井から部屋の奥へと視線を落とせば、卓を挟んで綺麗に掃除された炊事場と竈、大きな水瓶や食器・調理用の道具などが入った戸棚が見え、右へ視線を向ければ、掃除道具や長いローブを掛けるための何かの角が壁に取り付けてあったり、外への出入り口が見える。
左側はと言うと、自分が寝ていた小さな寝室へのドアと、その左には家財道具が納まった大きな棚、そして私の背丈では中まで見えないが、寝室の上にはどうやら小屋根裏があり、そこへ上がる為の木組みの梯子が左端に掛けられていた。
本当にこじんまりとした独りで暮らすための家である。手洗いは恐らく外、寝室の変わった弧を描く壁が謎だったが、後で聞いてみるのも良いかもしれない、そう思いながら部屋の中をあちこち眺めた。
「名前の分かる物、分からない物がある…」
目が覚めてから些細な事でもハッとする事ばかりで気忙しい。身の回りの事だけでなく、ディルデュランの事も殆ど知らないから、頑張らなくてはいけないと思う。せめて手仕事なりなんなり手伝えることがあればと思うが、物の名前が分かっても、使い方が分からないという事に気づいてしまった。
「お世話になる上に、色々と教えていだだかないといけないなんて…」
少女が気を落とすと、髪から出てきた光の精が一粒「大丈夫だよ」と言っている様に柔らかく瞬いた。
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リスの面倒を見ていたら時間があっという間に過ぎた。
日が高いうちに畑の世話をする予定だったので、ディルデュランは少女に小屋から出ない様に言い外へ出ると、急いで小屋の近くにある小川の下流に設けた小さな畑に入り、葉野菜と香草の摘み取りと豆や根菜などの手入れを始める。森に自生する茸や木の実なども収穫はしているが、寒くなると取れなくなるので、必要なものは畑で作り、それに加えて10頭ほどの大型の森山羊と暮らして、栄養のある乳と長く伸びる毛から衣類などに使う素材を得ていた。
彼の住むこの場所はと言うと、1本の大樹を中心としたややひらけた土地にあり、素朴な丸太小屋は大樹の太い幹に寄り掛かる様に建てられているため、遠くから見ると幹から家が突き出ているような奇妙な形に見えた。大樹の根元にある樹洞はというと、幾ばくか手を入れ森山羊の寝場所として使う事で獣や雨風を避けられる様に利用している。
彼は木々や光、風や水、森の生き物と意思を通わせ古代の森と共に生きる森の民、ここに至るまで何度も大樹と対話し、許しを得てここを住処としているのであった。
陽の光が傾き木々の影が長くなり始めるころ、ディルデュランは畑の手入れを終え、収穫した物を入れた籠を背負い小川の側を上流に向かうと、石を組んで水を堰き止めている場所へ籠を下ろし、そこで野菜を水洗いする。小川の水量は多くはないので、堰き止めておくと水が溜まり洗い物や洗濯に使えた。家の中に水の刻印宝玉を置いているが、土のついた野菜は外で洗った方が家の中が汚れなくて良かった。
リスは食が細い、が、人数が増えた分気は進まないが畑を広げないといけないだろう。
ディルデュランは色の赤い根菜を丁寧に洗いながらそんな事を考える、凝り性な事もあり面倒を見ると決めたらとことんやるつもりで、何をするべきか思考を巡らす。出来そうなことは何でもさせようとは思うが、その前に一つ優先すべきことを思いつき口を開いた。
「…まずは太らすべきだな」