第一章:用意されていた新しい服
あれから具体的に私の身に何が起こったのかを根気よく聞きだしたのだけれども、分からない事が多すぎてふんわりとしか理解ができなかった。記憶が無いためなのか、それともそもそも知らなかったのか、そのどちらかなのだとは思うのだけど…。
「おそらくお前に帰るところはないだろう、光の精だけでなく、木々もやけに同情的で連れて行けと私にしつこかった」
「それは…大変ご迷惑を…」
「ああ、迷惑だ」
男の人は嫌そうに眉間の皺を寄せてそう言うものだから、表情が少なくてもこれは心底面倒だと思われているのだと分かってしまう。私は自分の手が置かれた上掛けの方へ視線を落とす、白くて細い、どう見ても力仕事に向いていない貧弱そうな手が見えた。
「…ご迷惑をかけず、自分で生きなければならないとは思うのですが、あの、きっと無理ですよね」
節が目立たなく傷一つない細い指を動かしてみる、薄い爪は固いものが当たったら直ぐに割れてしまいそう。
「記憶も知識もおぼつかないのを感じていますし、この手も指も見慣れなくて変な感じで…私は光の精に命を貰ったと同時に、色んなものを失ったのかもしれない…です」
思うままに気持ちを伝えてみる。言葉はまともに出てくるから不思議で仕方が無い。
現実味が無いといった様子の私に、男は一つため息を吐くと
「…生まれ落ちたばかりと思えばいい、拾ったからには面倒はみる」
そう言って再び部屋を出て行った。
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少女から話を聞く限り、ここに来る前の事はだいぶ失われている様だった。
しかし言葉は問題なく話せるし、飲み物を飲んだり体を動かすことはできていて、人として最低限のことはできるだろうとは考える。恐らく抜けているのは出自に関わる全てなのだろう。
そう考えながら寝室の扉を抜け陽の当たる部屋へ戻ると、扉の隣に作り付けられた棚から、目の粗い明るい緑色の布で作られた簡素な袖なしの長衣と、中に着る生成り地の薄手の下着を一枚出した。さすがに死者の為の衣のままでいられるのは不快だったため、手持ちの布を裁ち、とりあえずあつらえていた物である。長い時を一人で暮らしている男にはそういった物を作るのは大したことでは無く、ここにある物はほぼ全て自作していた。
面倒をみるかどうか男はこの3日悩んではいたが、ちょっとでも嫌そうにすると光の精と木々から抗議を受ける為、仕方なく少女が目覚めるまで必要そうなものを準備する羽目になり、余り気分は良くなかった。これで少女が生意気だったり礼儀知らずだったら森の外に放り出していただろう。
あいにく言葉使いは丁寧で、礼もちゃんと言えてしまったので、それは叶わなかったが。
男は取り出した衣類を持ち、寝台に座ったままでいる少女へそれらを渡すと
「それに着替えてくれ」
とだけ言って、部屋を出ると扉を閉めた。光の精がいるから暗くはないだろう。
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「服だ…」
私は手渡された衣類に目を見張る、大きさを見る限り男の人の寸法では無いので、わざわざ下着と袖なしの長衣を仕立ててくれたのが分かった。眠っている間に用意してくれたのだろう。
明るい緑色は何で染めたのだろう、あ、染めるというのは分かるのか、だったら着方も分かるかもしれないと、私は寝台から慎重に降り、立てることを確認してから、美しい刺繍が施された『生きている人が着てはいけない』という服を脱いだ。
「わ…これは貧相…では…」
上から分かる体の薄さと白さに驚く。何歳の体つきとか以前に、本当にどんな生き方をしていたらこうなるのだろう…。多少胸が出ている所から15才前後…なのかどうかそれは判断がつかなかった。
「ええと…こっちが下着…前は…あ、どっちでも良さそう?」
もぞもぞ考えながら下着と長衣を身に着けた、下着・長衣とも長さはひざ下の辺りまであり、長衣は左右とも縫い付けられてない部分が腰の辺りまであるので、足を動かすのに不便はないようだ。
見れる範囲で大丈夫か確認してみるが、たぶん、おかしい事にはなってないだろうと思う。
「またお礼を言わないといけないですね」
私は呟くと手に着ていた服を持ち、隣の部屋への扉を開けた。