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第一章:何も分からないのは怖い事だった

目を覚ますと知らない場所の寝台の上だった。

建物の中なのは分かったが、なんとも不思議な造りで、寝台の左手だけはガサガサとした見た目の壁面が弧をを描いており、後は丸太の壁と扉が一枚に、太い梁と板で組まれた天井だけの質素な造りである。寝台の足元にはというと、小さな炉の様な物と枕元には木の丸椅子、そして身体にかけられた上掛け、それだけの部屋だった。床は見えていない、まだ体を起こしていないからだ。土の匂いがするから恐らくは土間なのだと思うが、この場所に私は一切見覚えが無かった。

そもそもどうしてこんな事になったのか、心臓が跳ねて混乱しているが、窓が無いために薄暗い中、何か思い出そうと思考を巡らせることにする。


ここはどこですか?

分かりません。


どうしてここにいるのでしょうか?

分かりません。


ここに来る前どうしていましたか?

分かりません。


私は…え…私は…もしかして…私の事を

何も…分からないのでは…?


幾つか自分に問いかけてはみたが、答えが出てくることが無く、冷たい水を浴びせられたような気持ちになって私は飛び起きた。しかし、呼吸がそれに追い付かず派手にむせ、隣の部屋から入って来た知らない大人の人に介抱されてしまう。

差し出された器に入ったぬる湯をゆっくりと喉に流し込んで、枕の側に置かれた丸椅子に座る人を見る。

座っているから分からないが、背は高い方なのだろう、生成り色の下履きに濃い緑色の長衣を腰の所で皮のベルトで締め、それにいくつかの小袋をぶら下げているのがまず見えた。開けられた扉からの逆光で見えにくいが、お顔の方はちょっと眉間と目じりに皺がある位で、お年を召されている様ではなさそうなのだけれども、後頭部で一つにまとめられた髪は真っ白で思わず驚いてしまう。

向こうもこちらをじっとこっちを見ているが、目つきが鋭く彫りが深い顔は何を考えているのか分かりにくくて、見られていると怖かった。

何か話さないといけないだろうか…。重い沈黙に器を持つ手が震える、話すといってもこちらは自分が何者なのかも分からないので、どうして良いか見当もつかない。

しかし、暫しの間のあと先の口を開いたのは向こうの方だった。

「薬草採取の途中でお前を拾ったが、命を救った光の精に感謝するといいだろう」

声は心地よく響いて落ち着いたものであったが、私には何を言っているのかは…ちょっと良く分からなかった。


「あの…大変申し訳ないのですが、私を拾ったというのは…いったいどういう事でしょうか」

潤いを少し取り戻した喉からなんとか声を出す。私は何も知らない、でもこの人は何かを知っているだろうから、聞くしか無いと考えることにする。

「命を救った光の精も分かりません、いえ…それ以前に私は自分の事が分からないみたいなのですが…」

目覚めた時の事を側に座る男へと話した。名前も身分も生まれも思い出せない事、ここにいる理由も分からない事を何とか伝えると、また喉が掠れてくる。それに気づいたのか彼は立ち上がると隣の部屋へ行き、また小さな器に何かを入れて持ってきてくれる。もしかしたら…見た目に反して優しい方なのかもしれない。

「薬草茶だ、喉枯れに効く」

器を持つ指は長い、切り傷が多いのが目立つが大人の人の手だった。

「ありがとうございます…」

お礼を言って受け取り一口飲む、ほんのり甘く暖かいのになぜか喉がスースーするという不思議なもので、飲んだことのないお茶…だと思う。でも、飲んだことがあるか無いかもどうにも分からないから、不安で心が押しつぶされそうになりもう一口お茶を飲み込んだ。

その間丸椅子に座り直した男の人はというと腕を組み、首を傾けて暫し考え込んだのち口を開く。

「話を聞いて大体の状態は理解したが…、私もお前がいまここに在る以前の事は分からない」

「分かっているのは、瀕死のお前がこの森に捨てられたこと、死者の為の衣を着せられていたこと、光の精に命を救われたこと、それだけだ」

以上、とばかりに簡潔に言われ目の前が真っ暗になる。結局のところほぼ何も分からないという事ですね。

「私は…誰なんでしょう…」

「知らぬ」

情のこもっていない返事に優しいと思ったら優しくない、と泣きそうになったが、視界の端がチカチカと瞬いているのに気づき思わず横を向いた。ふわふわとした胡桃色の髪の間がなぜか光っている。

「え…なに…」

左も同じだ、と思っていたら、その光の粒が髪の間から跳ねる様に飛び出し、薄暗い部屋を瞬く間に明るくしたのに驚いて目を見張った。

「ああ…これがさっき言った光の精だ、この森に住まうもの、人の目には見えぬもの…そうか…お前は光の精から命を貰ったから見えるのだな」

一人で納得して呟かれても、こちらは理解が追い付かない。しかし、どうやらこの光の粒が私を救ったという話はとりあえず飲み込み視線を男へと向ける。

そして分からないのはとても怖いものと言うのも分かったから、私はこの言葉が少ない人に、根気よく話を聞かなくてはいけないのだという事をなんとなく悟った。

私は光の精によってチカチカに光る事になった部屋の中、震える気持ちを奮い立たせて、姿勢を正す。

「すみません、私を拾った時の事を、もう一度、詳しく、お話いただけますでしょうか」

男は私の決意に表情一つも動かすことは無かったが、深く頷いて見せた。

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