第一章:胡桃と山栗鼠
真っ白い世界に私はいる。
瞼を閉じているのに光の粒が舞い散り、見てないのに見えているという不思議な感覚、光は遊ぶように私の髪の間をすり抜け、ちかちかと瞬いた。
遠く遠く誰かの声が聞こえるのだけど、父の声だろうか、それとも大司祭様だろうか、だけどそれも聞こえなくなろうとしたときに、強い閃光が胸元ではじけた。
光が私の中へ入っていく、それは石壁につけられた窓から差し込む光よりも何倍も強いが決して不快では無く、私は戸惑いながらも、閉じられた窓をぼんやりと見つめていた聖女としての自分の人生を振り返っていた。
生まれてすぐに選別を受けた時からそれしかないのだと言い聞かされて、それが当たり前だと何も疑問も持たず聖女としてあったことは、生きたという事になるのだろうか、と思う。
遠くに聞こえる子供たちの遊ぶ声、外の世界の喧騒と光は冷たい石壁と曇ったガラス扉に閉ざされ、とうとう私の元へ届くことはなかった。
人の為に多くを捧げてきたのに、私は何も受取れなかったのね。
寂しかった、辛かった、聖女でなければよかったのだと思う事は許されなかった。
使い捨ての悲しい聖女、人に利用されて終わる人生、でもその最後にこんなにも眩しい光を見られて良かった…。
白く輝く世界の中、だんだんと意識も薄れ始める。
とうとう死ぬんだ、もし又生まれ落ちることがあるなら聖女だけはごめんだわ…そう思いながら少女は意識を失う。
その時子供の様な声が微かに聞こえた。
『私たち、あなたみたいな子が来るのを待っていたの』
『特別なのに孤独で人の事を嫌っている子』
『あの子もそう、だから丁度良いと思うのよ』
『だから命をあげるわ、あの子の側で聖女以外のあなたになって』
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「げほっ…うっ…げほっ…」
窓際の天井の端から端へと伸ばした紐に、乾燥させるための薬草を吊り下げる作業をしていたら、奥の部屋からむせてせき込む音が聞こえた。
手を止めて、少女を運び込んでから何日経ったのか思い出す。今日で3日の昼、即日目が覚めても良かったはずだが少女は飲まず食わずで昏々と眠り続けた。まあ、むせるのは当然だろう、と彼は窓を背にした方向にある炊事場へ足を運ぶと戸棚から器を取り出し、火の刻印つきの小さな宝玉を置いた竈にかけた鍋から木匙でゆるく湯気の立つそれを器に注ぐと、左へ体の向きを変え広くはない小屋の奥へと歩き出す。突き当りのドアを開ければ、そこに置かれた寝台の上にはむせて苦しむ少女の姿があった。
何度見ても不健康そうな見た目で不愉快だと考えながら、寝台の横に置いてある丸椅子に座り器を差し出す。
「ぬる湯だ、飲むといい、ただし、ゆっくりと飲み込むんだ」
突然現れた見知らぬ男の姿に少女は怯えながら頷く、胡桃色の柔らかい髪が光を孕んでキラキラと光っているのは、光の精が潜り込んでいるからだろう。彼らが少女になついている事について彼は早々に諦めている、払っても払っても寄って来るからだ。
「ありがとうございます…」
かすれているが声はしっかりしている、ぬる湯を受け取り飲む仕草も粗野な所はなく品があるが、初めて目を開いた状態での顔を見て思うのは、明るい茶色の瞳のせいか、迷子の山栗鼠の子のような顔だな、という雑な感想しか持てなかった。
しかし、光の精が命をさし出しだしてまで生き延びさせたものを放置するわけにいかないと彼は思う。理由は気に食わないが、ここへ運んでくる際に気づいたのが、彼女が死者の為に着せる別れの印が刺繍された衣を着せられている事と、どうやらこの森に置き去りにされたという事。もう彼女に戻る場所は無いのだろう、こうなったら山栗鼠を拾った事にしてやり過ごすしかないと思うしかなかった。
それに森のものが少女になついている原因も知らなくてはならない、森と共に生きてきたがここまでの事は無かったと思い、動けるようになるまで養生させたら、ここへ連れている時に考えていた老大樹の元へ連れて行かなくては。そう思ったところで男は口を開いた。
「薬草採取の途中でお前を拾ったが、命を救った光の精に感謝するといいだろう」
山栗鼠の様な娘は器を持ったまま、目を丸くして男を見上げて来る、それは、ちょっと何を言っているのか良く分からないです、という表情であった。
一旦ここまで、また書き溜めたら投稿します。
死の森の隠者さんは、たいそうな口下手でございます。