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第4章 待ち人来たる

あれから数日が過ぎて、干していた赤茄子も日差しを受けて乾き、それを油紙で包む作業が終わるころ待ち人が丸太小屋にやって来た。

馬上で手を振るその人はこちらの心配を跳ねのける様に元気で、その姿に安心したリスは彼に向かって大きく手を振り、同胞の安否を心配していたディルデュランも安堵を顔に浮かべ彼を出迎えた。マーシュマロウは荷を積んだ驢馬2頭に、今回は鞍つきの馬を1頭つれて来ており、それは彼が乗っている馬より体格が良く、明るい栗毛に額の白い流星が目立つ力強そうな馬だった。

「ああ疲れた疲れた」

「マーシュマロウさんお疲れ様です、ご無事でよかったです」

馬から降り腰を叩くマーシュマロウにリスが労いの言葉をかけ、ディルデュランはその肩を何度か叩いて歓迎の意を表す。鍔付き帽子をうちわの様にして顔へ風を送りながらマーシュマロウはリスの方を向くと、頭の上に乗せられた草藁帽子を目にとめた。

「お、リスちゃん帽子作って貰ったの?暑くなってきたもんね」

「はい、先日暑さにやられてしまって…お恥ずかしい…」

少女は先日の事を思い出し気まずそうに苦笑するのに、マーシュマロウは「あらー」と目を丸くしディルデュランを見やる。

「赤茄子を天日干ししているときでな…」

「あーあの場所か」

それで草藁帽子を作ったのかと察したマーシュマロウは、この話題は掘り下げない様にして笑顔を作り、気持ち肩を落としている男の背中を叩く。

「まあ、積もる話もあるから荷ほどき手伝ってくれる?」

「ああそうだな」

驢馬の背には中季までの小麦、菜種油、砂糖、香辛料などが積んであり、これらは前に来た時に彼に頼んだ物で、それ以外にも色々と持ってきた様だった。ディルデュランはそれらを下ろしながら中身を確認していると、小さな木箱を見つけてそれを持ち上げた。中を確認してみると小さな壺に入れられた軟膏の様な物に、小瓶に入れられた液体、鏡や櫛が布と共に詰められている。その様な物を頼んだ覚えが無いので、訝し気にそれを見つめマーシュマロウに話しかけた。

「…これはなんだ?」

「あーそれは美容液に日焼け止め、鏡や櫛もリスちゃんに持って来てみたんだよね」

「リスに?」

「女の子には必要でしょ!?」

「………」

「やっぱり持ってきてよかったよ!」

朴念仁の鑑の様な反応をされたマーシュマロウは、言葉を詰まらせているディルデュランから小箱を取り上げ、代わりに小麦が詰まった大袋を渡すと倉庫小屋へと向かわせ、自分はそれを他の細々した物と一緒にして丸太小屋の方へと運んだ。


午後のお茶の時間に差し掛かるころ荷物の積み下ろしと移動が終わり、3人は丸太小屋で椅子に腰かけ保冷庫で冷ました薬草茶を飲みながら一息ついていた。ちなみに丸椅子にディルデュラン、長椅子にマーシュマロウとリスである。

「ふー、日差しは強くてもこっちの方がやっぱり涼しいわ」

「そうなのですか」

だらしなく足を投げ出している彼の隣にちんまりと座っていたリスは首をかしげた。記憶の無い彼女にとって人里の暑さは分からない。

「街中は木々が少なく遮るものが無い」

「地面も舗装してるから、照り返しもきついしねー」

「そうだな」

「そうなのですか…」

引き籠りしているディルデュランでも人里の方が暖季が暑い事は良く分かっていて、暫くその話で二人は盛り上がり、暫し世情について話した後、マーシュマロウは自身の背負い袋の中から丸められた羊皮紙を取り出し男へと手渡した。

「………これは」

「ああ、ここ50年位で中央に送り出された聖女たちの名前だな、各地を回って確認できた分だ」

羊皮紙を広げたディルデュランは、各地方ごとに分けられ書かれたそれを険しい顔で見つめる。

「こんなに中央へ行っていたのか…」

「各地で生まれた聖女は教会に一旦集められ教育を施されたあと、12才までに中央に送られ、故郷に帰ることなくその身を国護に終身捧げるそうだ」

この中にリスもいるのだろうか、と男は眉間に皺を寄せながら書かれた文字を指でなぞる。そしてある事に気付いた。

「各地方から約5年ごとに聖女が送られている」

「気づいたか、そう、5年ごとだね」

「?」

言葉の意味が分からないリスは、不安そうに二人を見やる。

「………聖女という職は特殊なものだ、各地方に1人ずつ生まれ、さらに次代は先代が亡くなるその年に現れる」

「200年前までは聖女は大領地にある中教会に属し、暖気の前の中季に各地方の小教会を回りながら豊穣の祈りを捧げるお役目はあるけど、約5年で代替わりするものではなかったんだよね…」

それぞれの言葉にリスは息をのむ。

「5年で次代がでるという事は…そんな…」

震える手で口元を押さえ、沢山の名が連なる羊皮紙から目をそらす痛々しい彼女の姿に二人が口をつぐむと、丸太小屋の中に沈黙が落ちた。


「そんなに短い期間で代替わりすることに人は何も思わなかったのか…」

先に沈黙を破ったのはディルデュランだった。そんなに短命は続くのなら疑念の声があがるはすだ、と彼は苦々しい顔してマーシュマロウに声をかけるが、それに対して彼は肩をすくめる。

「当時疑念の声は上がったのだろうけど、中央教会はうまい事言ってその代替わりの事を隠して聖女を集めたんだろうなあ、まあ今じゃ200年まえの常識を知っている人はもういないんだけどねえ…」

「すっかり塗り替えられているのか…」

「そうだね、都合の良い様に改ざんされているってわけだ」

「うむ…」

思わず唸り声をあげるディルデュランから羊皮紙を取り、沢山の名前がつながる最後をマーシュマロウは指さした。そこに全員の視線がそこへ移る。

「で、ここ見てよ」

そこには中央入りから5年を経過しているにかかわらず、次代の聖女が生まれていないと記載されおり、それはこの地方の当代の聖女リスが死んでいないという証拠があった。

男と少女は息をのむ。

「そう、これは君だよ、リスちゃん。」

マーシュマロウは指先を少し上に戻し、そこに書かれた文字を読み上げる。

「この聖女が生まれ育ったのは、北都アレンデ、この森近くの町ノースアレンデ教会の司祭の娘で、その名はアンゼリカ・セリ、年のころは…遡れば17かな」

「17!?」

ディルデュランはリスの年齢に驚いて立ち上がり、思わす座っていた丸椅子を倒す。

「小柄だからそう見えなかったけど、人ならもう成人してるよね、まあ、そこまで驚くのは失礼じゃね?」

マーシュマロウは驚愕している男に座り直すよう促すと、解せぬという顔をしたディルデュランは倒れた丸椅子を直して座り、腕を組みながらリスの方を見やった。少女の方はというと自身の出自を知った事に茫然としており、男の失礼な物言いには気づいていない様だった、が、ひどく思いつめた顔をしている。

「リス…いや…アンゼリカ…か…」

「…それが私の名前、でも、実感がありません」

ディルデュランが心配を含んだ声で少女に声を掛けると、辛さを滲ませた返事が返って来る。それにマーシュマロウも何とも言えない顔をリスに向けていた。

「…あの…私に両親はいるのでしょうか」

「………ご健在…と言いたいところだけど、次代が出てこない事で君が死んでいないのを知った中央から使者が来て、匿っている容疑をかけられ連行されていったそうだ」

「…!?」

「無事かどうかは現段階でそこまで調査できてない、中央の内情についてはこれからなんだ」

「わかりました…」

真っ青になりながら返事をするリスに対して、ディルデュランはなんと声を掛けて良いか分からず、表情をこわばらせる。そうして丸太小屋に再び沈黙が落ちた。


/*/


マーシュマロウさんからお話を聞いたあとから、自分でもどうしたらよいのか分からず、足もとがふわふわした感覚のまま夜になってしまった。

自分の本当の名前と年齢、出自、両親の現状を知る事になったけれど、それを聞いたから何かを思い出せるわけでもなく、自分の事とは感じられなくて、ただ不安な気持ちだけが大きくなっただけで、危険を冒して調べてくれているマーシュマロウに対して申し訳ない気持ちにもなっている。

ディルデュランもあれからずっと難しい顔をしていて、何を考えているのか分からないけど、寝る前に飲みなさい、と渡された心を落ち着ける薬草茶に彼の気持ちが込められている様で切なくなった。

光り虫の明かりが灯る丸太小屋の中は今は私とディルデュランだけ、マーシュマロウは作業小屋に寝床を設けたので、そちらに飲み物をもって移動してしまって、その後は何とも言えない気まずい静けさが小屋に満ちてしまった。いつもなら自分が彼に話しかけて会話が生まれるのだけど、今はうまく言葉がでないままでいる。

…私はリスじゃなくアンゼリカという聖女だった。それだけなのに、もうリスに戻れない様な切ない気持ちになるのはどうして?私、リスのままでいたいのかな、本当の自分に戻るより、ディルデュランと笑いながら暮らすリスのままで…。

お待たせしました、更新はまちまちになりますが、続きの方を書いてまいります。

忘れていたわけではないので(普通に忙しかった)気長にお待ちいただけるとありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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