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第三章:心配と薄荷の香り

大失敗をしてしまいまいました…。

私は寝台に横になりながら、風通しのため開けられたままになっている寝室の扉へ視線を移す、すでに時間は夜なので光り虫のほのかな明かりが入って来て部屋の中は明るいが、私の気持ちはそうではなかった。

昼に続いて夜も暑さにやられたときに食べると良い食事を少し、森の中から採取した小さな柑橘の実のすっぱい果汁と糖蜜を水で割ったものをいただいたりしていて甲斐甲斐しく世話をやかれているのだけど、ディルデュランは私が倒れたことに責任を感じているのだろうと思うと申し訳なさで一杯になる。

「暖気の暑さというものを甘くみていました…」

ここに来てからだいぶ健康になって来たと思っていたのだけど…陽にあたる事については光の精が好むので問題なくても暑さは駄目だった。記憶を無くす前の私はこの時期どうしていたのだろう?いや、外に出たことが無かったのだろうから暑さにやられる…という事が無かったのかもしれない。

そんな風にとりとめのない事を考えていたら、ディルデュランが様子を見に来てくれた。

「眠れないか」

心配を含んだ優しい声、心配かけるのは嫌なのだけど、私にかけてくれる優しい声はとても好きだから複雑な気持ちになる。ふと、木陰に座って休んでいた時に頬を触れられたことを思い出し、ああ、あれは気持ちが良かったな…また触れて欲しいなという気持ちが湧いたのには驚いたけど、でもそれは子供みたいな甘えではないかと思ったので私は言葉を飲み込む。

「大丈夫です、もう眩暈もしないですし」

「そうか…」

体に籠った熱もすっかり引いている、昼と夜に食べた物が良く効いていて、薬草だけでなく、全ての食べ物には様々な栄養や効能があるから、と、教えてくれるディルデュランは博識なのだとつくづく思った。それに比べて私は本当に空っぽで、だけど、だからこそ沢山の事を知る事が嬉しく、ディルデュランは頓着せず私が不思議に思うことを教えてくれるから毎日が楽しくて、彼といる時間は言葉にするのが難しいのだけど、大切な宝物のような…かけがえのない時間…今ではそう思えていた。

「良く休め」

「はい」

そう言って部屋から出る背中を名残惜しく見てしまう、だけど、今は彼の言う通りに休んで早く体調を直さなくてはもっと心配をかけてしまうと思い、私は深く息をつくと眠るために瞼を閉じたのだった。


/*/


倒れた次の日の朝、夜なべして編んだ草藁帽子を渡された少女は、それを受け取ると目を丸くし男を見上げた。

「自分が大丈夫でも、リスはそうでないの事を失念していた、すまない」

「ディルデュランさんは悪くないです、私があのくらいの暑さに負けてしまう事は、お互い知らなかったじゃないですか」

「しかし…」

自分が体調を悪くするたびに責任を感じるディルデュランについて、それは過分だとばかりに首をぶんぶんと振って少女は男の言葉を否定する。

「心配してくれるのはありがたいのですが、あまり気に病んではいけないと思います。だいぶ良くなりましたし…あと…帽子をありがとうございます、嬉しいです!」

帽子を胸に抱えたリスは、困ったように眉根を寄せるディルデュランへ、柔らかくふわりとした笑顔を向けた。それを見た男は少し目を見開いた後、視線を逸らして黙ってしまう、自分の責任だと頭を悩ませていたのに、少女の言葉と笑顔一つで気持ちが軽くなってしまったとは言えなかったのだ。

「どうしました?」

「…いや、気に入ってくれたなら良かった」

こちらを不思議そうに見つめて来る少女へ不器用な言葉を返し、男は気恥ずかしさを隠す様に朝食の支度を始める。赤茄子に玉葱と青豆、森山羊の乳を使ったスープに、暑さ負けに効果のあるという、棘のある茎に薄ピンクの花を咲かせる花の実を、糖蜜と水を加えて煮た甘い果蜜をお湯で割ったものを出そうと考える。ディルデュランにとってリスの為の食事を作る事は苦では無く、むしろ独りでいたころ雑に食事をしていたことを反省する機会にもなった。

少女が来てから短い時間で色々な事が変わった…そう感じたディルデュランは、卓の上の野菜籠へ手を伸ばすリスの方へ視線を移す。視線が合うと少女は苦笑しながら赤茄子を一つ手に取って、

「食事の支度位は手伝わせてください、あとは休んでますので」

そう言ってきた。

正直何もせず休んでいて欲しいとディルデュランは内心思うが、できることはしたい、という少女の気持ちは無下にしてはいけないと考え直し、戸棚から器を出すと少女に手渡す。

「赤茄子は私が刻む、青豆をさやから出してくれ」

「…はい!」

器を受け取り嬉しそうにするのに少し目元を緩め、少女に青豆をまかせた男は赤茄子へと手を伸ばす。こういうやり取りもすっかり当たり前になっていること、それがこの先も続いていく事は自分にとって良い事なのか…独りで生きてきたディルデュランの悩みと戸惑いは尽きなかった。


それから二日ほど休んだリスはすっかり体調を戻して日々の作業をまたできる様になり、その頭にはディルデュランが編んだ草藁帽子が乗せられ、それが少女を暑さから守っている。帽子はかぶっているといないとでは大違いで、さらに薄荷水で濡らした布を首に巻くことでだいぶ涼しくなった。

薄荷は日当たりがよく少し湿った場所を好む多年草、その葉や茎には強い清涼感があるため、葉にお湯を注いで爽やかなお茶として飲んだり、水の中で葉を揉みその水で布を濡らして体を拭いたり、それを首に巻いて暑さよけにし、そしてその香りは虫よけになるので暖季の間はかかせない薬草である。リスはそういった森の知識を一生懸命に聞いて、少しずつそれを自分のものにしているが、気持ちが急いていると感じていたディルデュランが「急がなくて良い」と言ったところ、

「早くディルデュランさんみたいに博識になって…そして心配かけない様に…同じくらい強く逞しくなりたいです…!」

と返され男は言葉を失い視線を彷徨わせる。知識はともかく自分と同じように強く逞しくは無理ではないか、と決して口に出しはしなかったが、少女が力強く握りこぶしを握りキラキラした瞳でこちらを見上げてくるのが案外面白かったので、思わずと笑いが漏れ出てしまった。

「ゔっん…いや、うん、立派な志だ」

「え、え…今…笑いました?」

しまったと思い咳払いでごまかし右手で口元を隠す、リスが驚いてこちらに近寄り一生懸命に顔を見ようとするのを避け、最小限の動きで逃げていると業を煮やした少女が、背中に抱き着くというより体当たりでディルデュランの動きを止めて来る。

「リス…!」

「隠さないで良いと思います」

「いや…」

「私、笑ってもらって…嬉しかったです、だからもっと笑ってください!」

そんなことまで言われた男は驚き後ろを振り返る、小さいので帽子とふわふわした光の粒を孕んだ胡桃色の髪しか見えなかったが真剣なのだろう、暑気よけの薄荷の香りと服を少女なりに強く引っ張っているのを感じて、これ以上ごまかすのは良くないと考えたディルデュランはどうしようかと空を仰ぎ、

「検討しておく」

となんとか返事を返したのだった。

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