第三章:赤茄子と暖季の暑さ
お昼を軽く食べた後、私とディルデュランは収穫した赤茄子の中で小さいものを選び、乾燥赤茄子を作る事にする。大きなものはそのまま食べるか、暖季が終わる前に香草などと煮込んで油と唐辛子、香草などと一緒に瓶詰めにし、保存食へと加工すると教えてもらった。
赤茄子はくし形に切ったら水気を取り、カビない様に塩を振ってさらに水を抜く。そうしたら平鍋に並べて蓋は完全に閉めず、小さい刻印宝珠を使って上から弱い熱を加え残りの水分を飛ばし、ある程度乾いたら平籠に入れて数日天日干しにしたものを、香草と植物油と共に瓶詰めをする。単純な工程なのだけど数が多いし、天日干しは天気を良く見て雨に当たらない様にしなければいけない。私は竈につきっきりになっているディルデュランの背中を見ながら、赤茄子をもくもくとくし切りにしていた。小屋の中は窓を開けていても独特の青酸っぱい香りで一杯で、何とも言えない清々しさを感じた。
「沢山作るという事は、これもマーシュマロウさんが引き取っていくのですが」
「ああ…」
ディルデュランの口が重い。彼が旅立ってからそれなりの時間が過ぎている、そろそろこちらに一度立ち寄るころと聞いてはいるけど、知らせがあるわけでは無いから心配なのかもしれない。森人はとても数が少ないそうだから、表には出していないけれどきっとそうなのだろう。
私は籠に盛られた赤茄子を一つ手に取り掌で転がす、自分が命を失いかけた原因を知るのは怖い気もするけれど、私にも家族や親族がいたのだろうか…と思うと知りたい気持ちも出て来る。私の家族、どんな人たちだったのだろう、でも私を捨てた人であることも考えられたから、それを思うとちくりと胸が痛むのだった。
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半渇きになった赤茄子がだいぶ溜るころ天日干しに適した時期となり、畑に出る前に外へそれを入れた平籠を出し、夕方には作業小屋へしまうという作業が増える。それに合わせてディルデュランはリスを森の中へと入れることにする。森の中、と言っても小屋からさほど離れていないので歩いて行け、起伏も少なく比較的安全な道のりである。
「足元に気を付ける様に」
「はい」
最後の半渇きの赤茄子を入れた手提げ籠を少女は慎重に手に持ち、空いている手はディルデュランが握って支えている。そうして森の中へ足を踏み入れたリスは、木々が作る光と影の陰影や緑の鮮やかさ、小屋の周りには見られない花やその果実に息をのんだ。
「森の中は気持ちよいですね…それに綺麗…です」
木々の枝葉がその言葉に呼応するようにさわさわと揺れ、心地よい風が二人の頬をくすぐる。光の精ほど強くはないが、少女は風の精の気配を感じ目を閉じる。森には他にも水や土の精霊も多いがその気配を感じるだけで、基本はこちらに対して何か主張をすることがない。だからリスに対して光の精が強く反応したのが極めて稀なことであるのがここで暮らしてみて分かったことだった。
あの時他の精霊たちも少女を救いたいと思っていたが、命を差し出すと番人大樹の周辺一帯が枯れてしまうために、一番被害が少ない光の精が命を差し出している。ディルデュランはそれに気づいてはいたが、精霊たちが黙していることを少女に伝えていなかった。
「行くぞ」
「あ、はい、行きましょう」
目を閉じていたリスの手を引き男は歩く、だいぶ足元がしっかりしてきたとはいえ歩きなれない場所では慎重になった方が良い、そう思いながらリスの歩みを見ながら前へ進む。ほどなくして木が生えておらず陽がさんさんと当たる場所に小さな作業小屋が見えてきた。ここは乾燥させた薬草なども入れている倉庫でもあり、小川が無く湿気の少ない場所に建てられている。その周りには丸太のてっぺんを平らに削った乾燥用の台がいくつも置いていて、その上に赤茄子を入れた平籠を置いて日に当てる様になっており、次の中期が近づく頃には干し果物を作る場所にもなった。
小屋の中は天井近くまで棚が作られて天日干し用の平籠も沢山用意してある。それらを外へ出して丸太の上に置き赤茄子を並べていく、この後には畑仕事もあるので慌ただしいが、手順を教えられると少女が楽しそうに作業を始めるのが微笑ましい。
「この上へ置けばよいのですね」
「ああ、くっつかない様に並べてくれ」
「はい」
忙しくも穏やかな時間が流れていく…が赤茄子を並べ終わったあたりでリスの様子がおかしいのにディルデュランは気付いた、顔がいつもより赤く足元がおぼつかないうえに、髪の周りで光の精が強く瞬いて異常を知らせている。
「リス、どうした」
「え…」
中腰で平籠を見ていた少女は男の声に顔を上げる、が、その瞬間眩暈を起こしてその場に崩れ落ちた。
「リス!」
今日は朝から気温が高かったせいだ、とディルデュランは思い慌てて走ると地面に座り込んだ少女を支える。思った通り掌を額に当てると熱があり、暑さにやられたのだと分かった。男はリスを抱きかかえると手提げ籠を拾い丸太小屋の方へ向かう。この場所には小川が無いためこもった熱を冷ますには水が無かった。
作業小屋に向かった時の何倍も速く丸太小屋に戻ったディルデュランは、リスを涼しい風が通る木陰に座らせ革靴を脱がせると腰の紐を緩め、お互いの腰に下げていた汗取りの布を、小川の冷たい水に浸して濡らし頭と首の後ろに当てた。
ひんやりとした感覚に少女は目を開けると、心配そうな顔をしたディルデュランと目が合う。
「すみません…今日は暑いですね…と思ってたのですが」
「謝らなくていい、暫くここで休んでいろ、頭は痛くないか」
「少し痛いです」
「そうか、少し待っていろ」
そう言ってディルデュランは立ち上がると小屋へと向かい、その背中をリスは見送り瞼を閉じる、風の精だろうか涼しい風が自分の所へ向かって吹いてくるのを感じ体の力を抜く、頭は痛むがとても気持ちが良かった。
少しすると水差しと器、木桶など持った男が戻って来て、少女へ器を渡すと中の液体を注ぎ飲むように話す。
「これは暑さにやられたときに飲むものだ、水に塩と砂糖を混ぜている、美味いものでは無いが飲みなさい」
リスは頷いて器を受け取りそれを飲み込んだ。初めは砂糖の甘みと同時に塩気も感じ、飲み進めると変な甘さが口の中に残って確かに美味しくはない、しかし体が水分を欲していたのか器一つ分をすぐに飲み切り、一息ついて少女はお礼の言葉をのべ器をディルデュランへと返す。
「ありがとうございます…」
「ここに置いておく、少しずつ飲むと良い」
虫が入らない様に持ってきた木桶の中へ水差しと器を入れて布をかけると少女の傍らに置き、いつでも飲めるようにしていると、申し訳なさそうなリスと視線が合い、それにディルデュランは「気にするな」と頷き、それから少女の頬を安心させるかの様にそっと撫でた。
それからリスの様子を見ながら畑仕事を終わらせたディルデュランは、リスを小屋の寝台へ運んで休ませ、いつも通り洗濯まで済ませると、体温をさげる作用のある赤茄子と胡瓜をすり下ろし塩と香草で味を調えた冷たいスープを作って食べさせ、元気でいるからと油断したことを猛省し、夜なべをして草藁を使った日よけの帽子を編んで次の日にはリスに手渡したのだった。




