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第三章:平穏な日々

第三章始まりました。

季節は巡り、長袖でいると汗ばむようになった。

国の最北にある森の中は外に比べれば暑くなるような事は無いが、動いていればそれなりに汗はかく、森の木々の隙間から差し込む陽も強く、抜けるような青空の下、森も畑も緑に覆われ慎ましく咲く花々や蝶の姿が季節を彩り美しい。そんな時期は畑仕事もいっそう忙しくなり、毎日のように瑞々しい野菜が採れ、食卓も中季のころと比べると大分華やかになる。そのような中、胡桃色の髪をした少女が、こんもりと葉をつけた赤茄子の畑にしゃがみ、大きく実ったをもいで腕にさげた手提げ籠に丁寧に入れていた。

「たくさん実って偉いですね」

リスは野菜に声を掛ける、毎日畑仕事をしながらそうやって話しかけてたら、喜んだ野菜たちがぐんぐんと育ち、例年よりも多く実りをつけたため畑を広げなくて良くなった、とディルデュランは呆れていたが、少女が聖女であったことを思えばそうなるだろうと納得して、どんどん実をつけて行く野菜たちの収穫に追われている。

その日食べきれなくても、森山羊や角鹿に分けたり、収穫時期が終わる前に色々と加工しておけば、寒季の間食べれる様に保存することもできるとリスは教えられた。相変わらず刻印宝珠を触る事ができず煮炊きができないままではあるが、その代わり組み紐や裁縫の腕を上げて、今では自身の服を仕立てたり、可愛らしい花の刺繍を刺せる様になっていた。

少女は黙々と収穫をしていたが、赤茄子が手提げ籠いっぱいになったので、立ち上がり右の手で額の汗をぬぐう、その白い肌は少しだけ陽に焼けて、こけていた頬はふっくらとした柔らかさを取り戻しており、小柄なのは変わらないが、体の方も幾分丸みが出てきたように見える。毎日栄養価の高い森山羊の乳や、大地の力に満ちた野菜たちを食べたおかげであった。そもそも聖女も森人も大地と共にある存在だった事も大きい、ただの人では同じ食事をしてもこのようにはならず、肉も食べなくては栄養が偏ってしまうだろう。

周りを見渡すと川上の方でディルデュランが他の野菜を小川の洗い場の側に積んでいるのが見える、リスが赤茄子に掛かりきりになっている間にもう自分の作業を終えたのだろう。少女はそれに慌てて籠を持ち直すと、男の元へ小走りに駆けて行った。


/*/


あいかわらず仕事が早いです…!

私は赤茄子を落とさない様に手提げ籠をしっかりと持つと足を急がせる、たいして早くなくないのが悲しいのですがなるべく急ぐ。畑は一区画ごとに高さが違うので登ったり下りたりで足腰を使う、これでも外に出た時よりは踏ん張れるようになったり息も切れにくくなっていて、腕の方も少しづつ重い物を持てるようになっていた。

「おまたせしました…!」

小川の側の道を通り洗い場で私を待つディルデュランへ声を掛ければ、日差しに目を細めながらこちらへ手を伸ばし手籠を受け取ってくれる。」

「たくさん採れたな」

「はい!」

ほんのり目元を緩めてこちらを見て来るのに、私も笑顔で返事をする。そうですよね!ほんとうにつやつやパンパンに実った赤茄子は美味しそうで私も頬が緩みます。そのままでも良いのですが刻んでスープに入れると、爽やかな酸味と旨味が口いっぱいに広がるので、赤茄子はとても好きな野菜だった。

「体を洗ったら洗濯だ」

「はい、そうします」

私の返事にディルデュランは頷く、すでに日課となっているが…独り暮らしの長かった彼は、野菜を洗った後に自分の体と着ていた服を洗ってしまう生活をしており、さすがに私もそうしたらまずいだろうという事で、小屋の中で体を洗わせてもらって着替えたら服を彼に渡す様に折り合いをつけている。私にもっと腕力があったなら洗濯を手伝いたいのだけど…非力すぎて洗ったものを絞れず挫折することになった。

小屋に戻り、服を脱いで水場で手や顔を洗ったら大きな木桶に水を入れ、洗い豆を使って体を洗っていく、畑仕事の後は汗をかくし特に足の裏は放っておくと臭くなって、血を吸う虫が寄って来ると聞いているので、足の裏や指の間もしっかり洗い、体と木桶を水で流したら乾いた布で拭いて着替え、午後は畑仕事などはしないので、足用の布を巻きなおして暖季用に編んで貰った植物を使ったサンダルに履き替え、革靴は消毒の作用がある薬草を詰めたら、外の風通しの良い日陰で陰干し、脱いだ衣類や使った布は小川で野菜を洗って待っているディルデュランの元へと持って行った。

「よろしくお願いします」

「ああ」

そう言って衣類を渡したら、洗ったお昼の分の野菜を渡されるので、平籠に入ったそれらを落とさない様に頑張って小屋まで運ぶ、後ろから心配そうな視線を感じますが、だいじょうぶです、だいじょうぶですよ!


/*/


少女から洗濯物を受け取り、その代わりに渡した野菜の入った平籠をよろよろと持って行く背中を男は見送る。ここでの生活にも随分と慣れ、日々健康を取り戻していく姿にディルデュランは一人頷き善きことだと思う。表情も随分と増えただけでなく、思った事がすぐに顔に出るのが面白いと思う時もあった。

マーシュマロウを送り出してから変わらずの平穏な日々を二人は送っていたが、こちらが動いていない間も彼が情報収集などで動いている事についてディルデュランは表には出していないが心配はしていた。王族と国教の闇に関わる事を探るとなると相応の危険はあるわけで、何か巻き込まれてしまわないか古なじみの無事を祈っている。

「平和に暮らしていて良いのだろうか…」

そう呟きつつマーシュマロウの顔を思い浮かべるが、にやけた顔と「二人で仲良く暮らせばいいと思うよ!」という言葉まで一緒に出てきてので、男は眉間のしわを深くし、首を振ふると洗濯をする手に力を込めた。

老大樹に会いに行った際、道中大丈夫だ…と気持ちをごまかしてはいたが、独りになった不安に泣かれてしまった事で、自分はリスに必要とされているのが良く分かり、保護欲が湧いてしまっているのだとディルデュランは考える。

大地神に愛される聖女であったリス、本来ならば生まれた地を巡り大地に癒しと祈りを捧げ、その恩恵を人に与える事で敬われ終生穏やかに生きるはずだったはずだ、それなのに成人にも満たない年で命を失うような事になるとは…。

「やはり…人は好かぬ…」

ディルデュランは悶々としながら洗った衣類を籠に入れると、晴天の空をにらみながら独り言ちた。

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