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第一章:死の森の隠者

第一章

大分前にこの国の王が、この森に人が入らぬ様禁足地にしたはずだが…と男は首をかしげながら一人獣道を歩いていた。

薬草を取りに出ていたが、先ほどからやけに森が騒がしく、何があったかと木々の声を聞きながら歩いて行くと、森の入口にある番人大樹の根元に少女が倒れているのを見つけた。

沢山の小さな光がその少女の周りを跳ねており、木々に溶け込むようなこげ茶のローブを着込んだ男に「はやくはやく」と急かせるように光を強くするが、男はそれに鼻で笑うと

「死にかけではないか、なぜ救おうとする?」

とだけ呟いた。

光が余りにもそっけない男の言葉に輝きを強くして騒ぎ、番人の大樹を含め木々が枝を落として抗議しだしたものだから、男は仕方が無いと眉間に皺をよせ、大樹の根元へと足を進めることにした。

「うむ…これは…命を使いすぎの様だな…何もしなければまもなく死ぬな」

血の気が無く呼吸も浅い、死人同然の姿ではあったが身なりに乱暴された様な汚れも無く、むしろ丁重に扱われていたのか、余り歩いたことがなさそうな白い足に泥一つついてはいなかった。

「生贄の風潮でもできたのか?」

ここ十年ほどの記憶を探るがそんなことはなかったはず…と考えこもうとする男の目の前で、光の粒が「はやくしろ」と強くはじけ、ああそういえば急がないと死ぬんだった、と考えるのをやめた男は背に背負っていた籠を地面におろすと無造作にそこへ手を入れ、草木を燃やして作った灰を入れた小袋を取り出すと、右の掌にその灰をいくばくか落とした。

「命を差し出す者はあるか」

と声をあげる。

「命は有限である、命置き換えれば片方は死ぬ、それでもこの命を救いたいというのなら差し出すがいい」

男はまじない言葉を紡ぎながら、少女の白い胸元へ命を入れ替える為の刻印を灰で描き、残った灰を落とした左の掌を器の様にして頭上へと差し出した。それを見ていた光の粒が空気を震わせながらいくつも集まり、一つの塊となってその掌へとおさまった時、刻印が白く燃え上がり、光の塊は瞬く間に消えてしまった。

「この辺一帯の光の精の命と引き換えか、まあ、長生きするだろう」

なんでまたこんなにも森のものが入れ込むのか…と思いながら男は立ち上がると、背負い籠を拾ってその場から立ち去ろうとする。ちらりと少女の方を見れば、死にかけからは抜け出したのが分かった。

色は白いが血が通っている、呼吸も問題なさそうだ。

「起きたら自分で帰れるだろう」

役目は終わったとばかりに籠を背負い直そうとした途端、あちこちから木の枝が飛んできて男のローブに何本も当たり、野草に至ってはサンダルの足元に絡みついた。大抗議である。

男はため息を吐くと、口笛を鋭く鳴らしの根に腰をかけた。待てば大きな角鹿が来るだろう、嫌がらずに運んでくれれば良いが、と思いながら趣味の薬草集めを断念するのであった。


この人に対してそっけない男は『死の森の隠者』と呼ばれていたが、めったなことでは姿を見る事ができないため、人との間では民話の一つとして知られているだけの存在であった。死の森が禁足地になったのも、彼が人を避けて生きたいが為に森に強いまじないをかけ、森へ深く入ろうとする者を追い払ってきたために、当時の国の王がどうにもならなくて『死の森』と名付け立ち入り無用の禁足地としたのである。

この国の人々は聖女の力で安寧を得ていた為、新天地を求めることも、他の国に攻め入る事も必要とせず、そして国の王の言葉に良く従う性質だったこともあり、森はそのお達し以降長い間開かれる事もなく静かに北の大地を覆っているのである。

そんな森を男…死の森の隠者と大きな角鹿が静かに進んでいた。角鹿は堂々とした体格の雄で普通の角鹿より二回りも大きく、長く生きているのが分かる賢く深い色をした瞳をしていた。

「いやはや、大角が嫌がらなくて良かった」

彼は歩きながら大角と呼んだ角鹿の濃い赤茶色のつややかな背に括りつけられた娘をちらりとみる。うつ伏せになっているので顔は見えないが、手足も細ければ首も細く、いったいどんな生き方をしたらこうなるのか、この辺の娘なら小さい事から貴族であれもっと日に焼けているだろうと彼は思う。あれこれと考えながら黙々と歩いているとうちに光の精がどこからか集まりだし、柔らかく伸びた胡桃の実のような色の髪で跳ねチカチカと瞬いた。

「光の精や木々にやけに好かれるな…大角も嫌がらないときた…ふむ…分からん。老大樹ならば何か知っているだろうか」

聖女という存在を彼は知らないわけでは無かったが、今まで一切の関係がなかった為、少女がそうであると思い当たらない。そもそもこの森は聖女の恩恵を受けてはいなかった。彼女たちの祈りの力はこの北の端まで届いてはいなかったのと、森自体が太古からの姿を保っていて、人の思う豊穣からは遠い存在であったからだ。

森の奥に入ると樹の背丈がどんどん高くなり、陽は遠くなった枝葉のすきまから線を描くように差し込んでいる。もう少しすれば日が傾いて行き森は闇に飲まれるだろう。

胡桃色の髪で遊ぶ光の瞬きを見ながら、少女に命を与えた光の精たちの最後の意思を思い出し森の隠者は愚痴を漏らす。


「ああ…しかし…人は嫌いだ…光の精め…何が私の為だ」


それを聞いた木々は次々と枝を落とし、彼の身を覆うローブの裾を叩いて抗議した。

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