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第二章:帰りを待ちわびる

あれから私は小屋の中に一人でいるのが嫌で、外に丸椅子を置いて組み紐の練習をしてしまった。外は曇っていたし、その方が手元が明るくて良かったから、という事にして黙々と染め分けされた糸を組む。この作業は楽しくて好きだ、ディルデュランが作ったようにはいかないけど。

紐は薄い木の板を円盤の形に切りその外周に糸を掛けるためのたくさんの溝と、真ん中に小穴が開いたそれを使って編んでいく。まず、4本の刺しゅう糸を一束にして中心から半分に折り、折った方を指先程の大きさの輪ができるよう結んで、円盤の穴に結び目を通したらそこへ重りをつけて垂らし、八本となった糸は2本ずつ4方向…十字の形に分けて溝にかける。そうしたら左に回しつつ、糸を向かい側のすでに糸がかかっているその右の溝へ移動し溝へかける、を繰り返して細い丸紐を作っていた。他にも糸の数を増やしたり、違う作り方があるそうだけど、私が教えてもらったのはこの編み方。そうして編みあがった紐に木で作った玉や、鹿角の飾りボタンを通してひと結びすれば、手首を飾るのに丁度よい長さになった。

そうして、練習を繰り替えしている内に空が暗くなり始めたので、私は組み紐の道具と丸椅子を片付けると、森山羊と驢馬たちへ声を掛けて回る。

「そろそろ樹洞へ行きましょうね、今日は早く暗くなりますよ」

そう、今日は曇りだ、いつもより早く夜がやってくるから、光り虫の用意もしないといけないのに、組み紐の練習をしていた時はおさまっていた不安がぶり返してしまい、私は集まって来た森山羊をぎゅっと抱きしめた。

「暗くなるまでには帰ると言ってましたけど…」

ふかふかの長い毛が温かい、このまま抱き着いていたいけれど森山羊が困ったように鳴くので、私は樹洞へ入っていくのを切なく見送ると出入り口の柵を閉じ、

「早く帰って来てください…」

そう言って外の草むらに置いておいた光り虫の籠を取りに向かった。


/*/


曇りの日の夜は早い、ディルデュランはマーシュマロウの馬の足に合わせて大角を走らせていたが、リスに伝えていた時間より帰るのが遅くなりそうだと空を見上げる。森の最奥を抜けた事でだいぶ足元が良くなってはいるが、人の手が入らない森の地面は起伏があり、平地を行くのに向いている馬は早く疲れるので、休みを入れながらだとどうしても時間がかかった。

「俺ここの鹿角と仲良くないからなー」

後ろをついてくるマーシュマロウが、自身の愛馬の首を撫でながら先を行くディルデュランへ声を掛ける。角鹿は気性が荒く慣れてないものを背中に乗せることは無いので仕方が無い。

「気にするな、良い馬だ」

「ありがとさん、それにしても森の中はやっぱり暗くなるの早いなあ、光の刻印宝珠だしちゃお」

腰のベルトにむずびつけていた小袋から半透明の宝珠を出す。それには紐が結びつけてあり、首にかけまじないを唱えると明かりが灯り自分の周囲が明るくなった。ディルデュランも同じように刻印宝珠を使う、二人で明かりをともした分周囲はかなり明るくなった。

「暗いと獣が寄って来るからね」

「大角はともかく、馬は狙われる」

「だねえ」

夕刻を過ぎ鳥たちの囀りが無くなると静寂が訪れる、その代わりに夜行性の獣たちの遠吠えが聞こえ始め、森は夜に包まれていく。ディルデュランは一人で留守番をしているリスを思う、今まで一人にさせたことが無かったので心配ではあるのだが、最低限の事は教えてきたつもりで、もし、獣が来ても少女には光の精がついているから守られるはず…と心配を振り切る様に独り言ちた。

「ディルデュラン、国教と刻印宝珠の件は俺が一旦調べていいか?」

そうして黙々と進んでいたら、ふいにマーシュマロウが話し始める。

「ハーツイーズの事も探さないといけないし、今所在が分かっている同胞にも声かけたくてさ」

「それは…構わんが」

刻印宝珠と国教について動くとなれば、綿密な計画と人手がいるのは間違いなく、老大樹が教えてくれたハーツイーズと言う名の森人からも詳しい話を聞かないといけないだろう。ディルデュランは頷き、今回ばかりは自分も外へ出て何かしなくてはならないか…と思い口を開きかける。

「そうそう、一旦準備が整ったらあんたの所に集まるから、それまでリスちゃんと仲良くしててな!」

「…おい!」

思わず後ろを振り返り、鋭い目でマーシュマロウを睨む。またそんな事を…と言う風にディルデュランは眉間に皺を寄せた。

「あれ?手伝う気だった?いやだって、あんたリスちゃん置いて森出れる?もう少し引きこもっててよ、役目は色々考えとくからさ」

苦い顔をしている同胞に、にっこり笑いながらマーシュマロウは片手をひらひらと振る。今だってリスの事を案じて急ぎ足で進んでいる古なじみの焦りは手に取る様に分かっていて、大変良い事だと思いつつ手綱を操る。

「どうせ商売で各地を回るんだ、寒季が来るまでは準備期間だと思って」

「…分かった」

そうしてしぶしぶ返事をし、前を向いてまただんまりになってしまったディルデュランに苦笑しつつ、マーシュマロウは馬を進めたのだった。


/*/


夜が…来てしまいました…。

肌寒さを感じた私は、寝室に置いておいた毛糸で編んだショールを手に取ると肩にかけ、光り虫が出す仄かな明かりの下小屋の中をうろうろとする。本来なら夕食の支度をする時間なので、自分にできる事だけはと思い、葉野菜と根菜類を綺麗に洗っておいて、昼に食べなかった果物と一緒に卓の上にだしたりしていたのだけど、あっという間にやることが無くなって落ち着かなくなった。外からは夜行性の鳥の低い鳴き声だけでなく、森の奥から獣の遠吠えも聞こえだし不安感が募ってしまう。窓の外は雲で星も見えないので、森の際と空の間が分かるか分からないかの暗さに、首を竦めて部屋の真ん中にある卓の方へと後ずさった。

「独りの夜がこんなに怖いなんて!」

口が重いディルデュランでもいるといないでは大違い…、落ち着き払っている姿があるだけでどれだけありがたい事なのか…と私は卓の周りをぐるぐると周って心を落ち着けようと頑張ってみるけれども、焼け石に水でした。

それから一時間ほど落ち着かない時間を過ごし、もう泣いていいかな!と思ったところで馬の嘶きが聞こえ、私はいてもたってもいられず出入り口の扉を開けると、暗闇の中こちらに向かっている二つの光に向かって大きく手を振った。

「…おかえりなさい!」

髪から光りの精も飛び出し私の周りを明るくしてくれたので、きっと向こうもこちらが見えるだろう。

「リス!」

私の声にディルデュランの大きな声が返って来て、それに酷く安心したせいか涙がこぼれる。ここへ来てから泣いたことが無かったので自分でもびっくりしたけど、それよりも二人がもっと驚いてしまうのでは…、と思い慌てて手の甲で涙をぬぐったのですが、これがなかなか涙が止まってくれず、私はどうしよう…と困ってしまったのだった。

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