第二章:誤解と旅の鳥
「ちわーーーっす!毎度どうもーーーーーー!」
余りに声が大きく突然で私は飛び上がりそうになったけれど、ディルデュランが指を押さえていたので肩がビクッっとなるだけで済んだ。何事?
「あっ…お邪魔したーーー!」
そしてそちらを見る間もなく、また大声と共に扉がバターンと閉まったので、私はディルデュランにどうしたら良いか視線を送ってしまった。
「…傷口を押さえてろ」
「は、はい」
彼は私の手を放して小屋の外に出て行くと、扉を開け何やら突然の客人と話をしだす。もしかして…今のが話に聞いていた行商人さんなのでしょうか?ここに来てから大きな音を聞いて無かったので、とてもびっくりしました。変わり者と話に聞いていたけど、ほんとうにそうなのかしら…。
私は指の痛みを忘れ、開かれたままの出入り口からそっと外を覗き込んだ。
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「息災だったかマーシュマロウ」
ディルデュランは客人が毎度壊しそうな勢いで扉を開けて来るのには顔をしかめるが、約半年ぶりに顔を見せた同胞が息災である事に労いの声を掛ける。男は森に人が入れば分かる様にしていたが、同族である彼の事はまじないにかからない様にしていたので、近くに来ているのに気付かずこの様になったが、人の住むところからここまで獣道しかない所を、馬と驢馬二頭に荷を積んで来てくれることはありがたいと思っていた。
「元気元気、いつでも俺は旅の鳥よ、ディルデュラン」
鍔のある帽子をかぶった行商人の男は笑顔でディルデュランの肩を叩く、旅にすり切れた外套と油で防水された革の履物を身に着けているけれども、中の方は案外身ぎれいで、いつも中央で流行っている服を着ては「商売をするには身なりをちゃんとしないとさ」とおどけてディルデュランの古臭い身なりをからかったりしたが、マーシュマロウは長年人と売り買いに携わっているだけに世の中の事に敏く、ディルデュランの様に浮世離れをしていなかった。
その客人が扉が開いたままの小屋の入口をちらちらと見てはにんまりと笑む。
「そんな事よりさ…いやほんと…良い雰囲気の所お邪魔してすみませんねえ」
「?」
「でもさあ…可愛いけど若すぎない?倫理的に大丈夫?」
「何を言っている」
「何って…その子…嫁さ」
「違う」
マーシュマロウは小屋の入口からこっそりこちらを除いている少女を指差し「うそ~ん」という顔をしたが、ディルデュランにすごい速さで顎を掴まれ、握力のままに力を込められたので両手を上げて降参した。
「リス、こちらへ」
「は、はい!」
男は手を顎から離し、こちらを心配そうに見ていた少女に声を掛けて呼び寄せる。
「後で詳しく話すが、私の養い子になった…リスだ」
そうして下手な誤解は無用とばかりに鋭い視線を送るのに、マーシュマロウは「え~」と思いながら、ちんまりとディルデュランの隣に並んだ少女を見た。
「初めまして、養われておりますリスと申します」
山栗鼠のような見た目の少女が、胸に両掌を当て頭を下げる丁寧な挨拶をするのに、おや、とマーシュマロウは目を見張る。少女が行ったそれは国教の司祭や敬虔な信徒などがする挨拶の形で、一般的なものでは無かったからだ。
「先ほどは私が手を切ってしまいまして、ディルデュランさんは血止めをしてくださってたのです、誤解を招いてすみません」
「リスが謝る事ではないが、そういう事だ」
「アッハイ」
手を布で抑えすまなそうにしているリスに、男が優しい目をしているのに気づいたマーシュマロウは、また「え~」と思いながら、かぶっていた帽子を左手で頭から外してそれを胸に当て、少女の丁寧な挨拶に彼も丁寧な挨拶で応えることにしたのだった。
「俺の名はマーシュマロウ、森人であり気ままな旅の行商人さ、よろしくねリスちゃん!」
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ディルデュランと同じ森人だというマーシュマロウは、とても明るい口調とくるくると変わる表情が忙しく賑やかな方で、国のあちこちを回りながら商売をしているそう。見た目は同族という事でディルデュランと似ているけどやや若く、白髪でグレーの瞳に彫が深い顔立ちなのは一緒なのに、たれ目がちな瞳は鋭くなく柔和で、そして旅をしているだけあって彼よりも日焼けをしていた。
小屋の中に戻った私たちは卓の上が薬草で一杯だったので、ディルデュランが丸椅子、私とマーシュマロウは窓辺に置いた長椅子に腰かける事にする、そして残った丸椅子を卓の代わりにして、ディルデュランが疲労に効くという薬草茶を淹れた器をそこへ置いた。
「すまんな、準備が終わってなくて」
「いやいやありがとさん、数日かかるなら作業小屋貸してよ」
「ああ、それでよければ」
マーシュマロウは薬草茶を取ると一口すすり「効く~」と言いながら笑い、私を見てきた。
「あのっ…私手伝ってたのですが、手が遅くて、遅れてすみません!」
「あー、いいよいいよ、この量見れば二人分だもんね、量が増えれば時間もかか」
またもマーシュマロウがディルデュランに顎を掴まれ黙らせられてたけれど、それを聞いて私は「はっ…」としてしまう。つまり…私を養うためにいつもより多い薬草茶をディルデュランは作っていた、という事では…。
「そうですよね…一人増えたら一人分何かも多く必要ですよね、行商人さんから色々買い付けると話は聞いていましたが、失念していました。ディルデュランさんお手数をおかけしてすみません」
私がしょんぼりしおしおになると、彼は困ったような眼をして、こちらへどう声をかけたら良いのか戸惑っているみたいですが、しっかりと顎を掴んだ手は緩めていませんでした。
「ひゃに、ひゃんなの、わひゃんないからおひへて」
事情が分からないマーシュマロウが彼の腕に手をかけ、私がなんでここにいるのかの説明を求めると、ディルデュランは手を放し、一つ息を吐くと仕方なそうに口を開いたのだった。




