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第二章:苦葉草と行商人

午後に入り、昼食を終えた二人は明るいうちにできる手仕事を始める。今の季節は、暖季の初めに採取した薬草を選別して、干したものを細かく砕いて様々な薬草茶を作ったりするので忙しい。

「今作っているのは、何に効くのですか?」

干した薬草の茎から葉だけを取る作業をしていたリスがディルデュランへと問うと、卓の上の平籠に積んだ先細りで枝分かれの多い葉を男は摘んで指先でくるくる回す。

「これは『苦葉草』、血の巡りを良くして寒季越しで出る体のだるさを取る。煮出して飲むか、タライに湯を張りこれを入れ浸かっても良い」

「このとげとげがあって小さい葉がいっぱいついているのは?」

「『棘小花草』体の突然の痒みや鼻水などを和らげる、血の巡りが悪い時にも効く。」

薬草は時期によって採れるものが違い、ディルデュランは森に入るたびに背負い籠いっぱいにして帰って来てはせっせと薬草茶を作っており、種別ごとに布袋に小分けにして木箱にしまっていた。

「こんなに沢山作ってどうするのでしょうか」

リスが不思議に思って問うと、それには片眉を少し上げ

「そろそろ行商人が来る」

とだけ言い、後は黙々と作業を続ける。

「行商人さんですか…」

彼の言う行商人とは、ヒールニールを商売をしながら渡り歩いている変わり者の森人で、寒くない時期に2~3回訪れてはディルデュランがこつこつと作った薬草茶、草木染の布や角鹿の角を彫った飾りボタンなどを、森では作ることが難しい小麦の粉や砂糖菓子、鍋などの鋳物や硝子、陶器などと交換しにやってくる。

人は短命であるゆえか貪欲に多くのものを生み出していて、たった半年の間にも新しい商品が彼の元へ届くことについて男は感心しても、ここに居着く前に住んでいた故郷の森を、人がどんどん開拓し森人の住む地を奪っていったことは許しておらず、新商品だと言って出されるものを手に取る度に複雑な思いを抱いているが、行商人にも生活というものがある、頼まれれば必要最低限のものは仕入れざる得なかった。そして、その行商人が間もなくやって来る。

ディルデュランは表情には出さなかったが、リスに毎日教え教え作業をしているといつもの何倍か時間がかかり、すでに終わっているはずの色々が滞っているのに少々焦っていた。そして自分独り分だけ用意すれば良かったのに、これからは二人分買い付けが必要で、行商人に渡す物も分量を増やさないといけなかったのだ。

「仕方ないあれを出すか」

「?」

手を止め男は立ち上がり棚の所へ行く、リスが不思議そうな顔をしていたが構わず一番上の段へ手を伸ばし、小さな木箱を取り出した。箱を開けると美しい縞模様が入った半透明の石がいくつか顔を出す、森の山の方の川辺で見つかる半貴石で、それらはディルデュランが散策をした時に見つけたものである。山岳地帯で取れる貴石には劣るが、庶民の間ではこれを磨いて形を整えた物を装飾に使うため売る事ができた。

「これだけあれば足りるか…」

「どうしましたか?」

独りで無いと色々な事が変わるものだな、と考えながらディルデュランは自分の椅子に戻り、心配そうに見て来るリスへと返事を返す。

「いや、何でもない、作業を続けよう」

首をかしげられたが、黙って薬草を手に取り薬草茶を作る作業に没頭する。

本当に大変だ、畑も広げなくてはいけないし採集も二人分、気を使うのも二人分、それでも少女がただ養われるのではなく、やれることはやりたいと言ってくれるのは悪くない。そう思うのだった。


/*/


ディルデュランの丸太小屋に沢山吊るされている薬草は、全て薬草茶にするものだと聞いて驚いた。良く聞けば丸太小屋より少し離れた開けた場所にもいくつか小屋があって、薬草庫や草木染小屋、機織り小屋なんかがあるらしい。私はまだ森の中に入る事は許されていないから見に行けていないけれど、森を切り拓く事を避けているから、もともと空いてる所を見つけて建てているそう。その薬草庫からも沢山乾燥した薬草をディルデュランが持ってきたものだから、とにかく二人で黙々と薬草茶を作っていた。

合間合間に名前や薬草の効能を聞いたりはしているけど、言葉の少ないディルデュランだから作業の中盤に入るころには問いかけにも返事が無くなったので、これは…もしかして急いでいるのでは…と私でも分かってしまう。そろそろ行商人さんという方が来ると言っていたし、のんびりやっている場合では無かった。手を…手を早く動かさなくてはと思うが、焦ってしまい動きが雑になってしまう、そうしていたら乾いた苦葉草の葉を取っている時に右手の指を切ってしまった。

「いっつ…」

鋭い痛みと皮膚の上に赤い線が走って血がぷっくりと浮かんでくる。

「切ったのか」

ディルデュランは立ち上がると私を水瓶の所へ連れて行き、傷口を水で洗い干したばかりの新鮮な苦葉草を取ると、それをすり潰したものを布につけて私の指に巻き、その手で傷口を押える様にしてくれた。

「このまま待てば血は止まる、生の苦葉草には化膿止めになるからおぼえろ」

「はい…ディルデュランさんごめんなさい、私、急ぐあまり薬草を雑に扱ってしまいました」

私は申し訳なくて謝る、まだ薬草の扱いが下手なくせに急ごうとするからこういう事になるのだ。なるべく迷惑をかけたくないのに、手を焼かせてばかりで心がしなびてしまいそうになる。

「慣れぬことをしているのだ、気にするな」

指を押さえてくれている手が温かい、その温かさがありがたくて私は左の手をそっと彼の手に重ねた。そうすることでディルデュランの手が一瞬こわばった気がしたが、お礼の言葉を言わなければと思い顔を上げた瞬間、小屋の扉がバーンと音を立て開いた。

「ちわーーーっす!毎度どうもーーーーーー!」

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