第二章:洗濯の泡と少女の心
食事を終えた二人は小屋を出る、午前中にやってしまわないといけない事が沢山あった。
基本自給自足で暮らしていたディルデュランの朝は早く、夜も明けきらない内に身支度を整えたら湯を沸かし一杯のお湯を飲む。そうしたら樹洞で夜を過ごした森山羊の所へ行って、母山羊から乳を分けてもらい、入り口に取り付けた獣よけの扉を開けて森山羊達を放した。そうしたら一旦小屋に戻って朝食を取り小屋の中の掃除、陽が差し込んでくる時間になったら、樹洞の中の山羊の糞を集めて畑の近くへ運び腐葉土にするための穴へと埋め、週に一度の採集の日以外はそのまま畑の作物の収穫や世話を陽がてっぺんに来るまで行う。
今収穫できるものは寒越しした根野菜の残りと、種を撒いてすぐに生えてくる葉野菜が主であるが、これからは暖季に収穫が長く続く野菜たちの作付け時期で慌ただしい。リスはひよこの様にディルデュランの後について行きながら、葉野菜の収穫や種まきなど簡単な作業を頑張っている。力仕事が多いため大した事はできていないのだが、何もできないとしおしおと枯れた葉の様に落ち込んでしまうので、なるべく手伝わせるようにしていた。
その後は畑仕事で汚れた服を脱いで、小川を堰き止めていた所で体を綺麗にしながら洗濯…するのが日課だったのだが…。
ディルデュランは皮ベルトにつけていた小袋から『洗い豆』と言う大きな豆のさやを割ったものを幾つか取り出し服を脱ぐ。それはマメの一種である落葉高木の実で、さやを水につけて揉むとぬめりと泡が出て、それを使えば洗濯するだけでなく体も洗え、煮出し汁は洗髪や拭き掃除にも使えた。
手で良く揉み泡立て二人分の下着と長衣に体も洗う、洗濯を初めて教えた時、服を脱ぎだしたディルデュランに驚いたリスに「それはいけないような気がします!」と叫ばれたので、少女には小屋の中の水瓶の水を使って身を清めて服を着替えてもらい、その間にディルデュランは野菜を洗ったり小屋の周りに生える野草を採ったりして時間をつぶし、リスが身支度を終え男の着替えと洗うものを持ってきたら小屋へ戻って貰って洗濯を始める、という事に今は落ち着いていた。
そうしてディルデュランは洗濯と着替えを終えると、小屋の軒下に張った紐へ洗い終わった衣類を干しながら、リスに布を絞らせたらさっぱり水気が切れなかったな…と思い出す。洗濯は結構な力仕事で、特に最後に水気を絞る時が一番力がいるので、洗濯は無理だなと判断して今まで通り男が受け持つことになった。
窓から小屋の中を覗けば、昼の支度を終えたリスが服の袖をまくり、自身の腕をなぜか難しい顔をして見ている。
「何をしているのだ…」
あれでも一応複雑な年頃の少女ではあるのだと頭では分かっていても、リスの幼さを残す行動や見た目を見ているとつい忘れがちになるディルデュランであった。
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「ええと…お昼の準備をしないとですね」
戸棚を開けて朝に焼いたパンの残りと、糖蜜や果実を煮詰めたものが入った壺や小匙、楕円の橙色をした果物が入った籠を出す。お昼は作業の合間に食べるので、簡単な物や夕食の残りのスープを食べることが多く、火にかける以外は私にもできたので、ディルデュランが洗濯を終えるまでにそれらを用意する事ができた。
じゃぶじゃぶと洗濯をする音が外から聞こえる、初めに洗濯の事を教えてもらった時に彼が服を脱ぎだしたのには驚いてしまったのだけど、しっかりとした体をしていて羨ましいと思うと同時に、これはじっと見てはいけませんね!?という感情が生まれてしまった。自分自身の事はさっぱり分からないのに、異性の裸を凝視するのはよろしくない、というのが分かるのも謎である。
「あんな風に体が大きくて力強かったらよかったのに…」
私はため息をこぼす。1日分の森山羊の乳を入れたさほど大きくない壺だって両手で抱えなくては行けなくて、ディルデュランの様に片手で軽々と持つことができない。長い手足に器用で大きな手、若いという見た目ではないけれど、森と共に生きてきた彼の体は強靭でしなやかで、灰色の瞳と真っ白な髪は日に当たると綺麗に見えた。
私は長袖の下着の袖をまくり腕を曲げる、なんという貧相な腕!どうやったらあんな風に腕が太くなるのだろう、私は眉間に皺を寄せて力こぶの無い二の腕を見つめた。




