8.13Y殺人事件
8月13日午後14時24分、私達が連れてこられた山荘のトイレに
ひどく血を流したであろう死体が見つかった。
***
3日前、探偵は実に気まぐれに言った。「薮さぁ~ん、暇なんだけど」
いつものことだ。彼は依頼があろうが否か、いつもマイペースで自分勝手だった。
この言葉に対してテンプレートのように
「それなら書類でも片付けたらどうなんですか」
と答えた。
「暑いじゃーん。こんなん手に付く仕事もつかないって」
本当に面倒な人だ。普段ならここで終わった会話だが、急にあの人は言い始めた。
「そうだ、涼しいとこいこ」
「は?」突発的に気が抜けた返事が出た。
そして今に至る。8月12日、避暑地の山荘で私達は顔合わせをした。佐藤安奈。30代前半で10歳ほどの子どもを持つ。子どものスケッチの宿題に協力するため来たらしい。山中晴翔。20代の男性で髪を染めている。深い緑のなかでも分かりやすく目立つ髪色だ。そういえば、二日目の昼過ぎに来る人もいるらしい。その人は佐藤さんの知り合いらしいが、総白髪という分かりやすい特徴を持っているとのことだ。彼らとは一度なんらかの事件であの人と話しているらしい。やはり推理の腕は並程度ではないようだし、人と話すこともあるようだ。意外と根はいいのか?
「ん?その人らと俺が話したことあるんだ。ふーん、アイスどこ?」
訂正。この人は腕がすごいだけ。
***
この山荘は二階建てらしい。駐車のスペースは三台分くらいと広くないが山荘に入る扉までがとても近い。聞くと山中さんの叔父の別荘らしいがまるで家のような構造だ。1階には入ると廊下、左の扉には共用スペースがある。ここにキッチンやテレビや本棚があり、暇つぶしや食事などを行える。なお右にはあまり使わない物置部屋があるらしい。その奥には二階への階段があるが、扉に入るだけだは見えなく、共用スペースの裏側にあるようだ。そこから二階へあがるとL字型で階段に沿っているように造られた廊下がある。階段をのぼって真っすぐいくと1つ目の個室(今回は二人部屋)が、廊下を奥に進むと正面と左手にドアがある。そこに2つ目、3つ目と個室がある。さらに廊下の途中の扉には1階の広さほどではないが、共用スペースがある。ベランダがあったり、キッチンや大きな家具がない分より広く感じてしまう。佐藤さんの子どもはスケッチをここからしてもいいと考えている。ベランダからのの景色はたくさんの木々や広々とした空、マイナスイオンが感じられる自然の世界だ。スケッチをするには最適だと言える。
***
私達がきたときは14時ごろで、もう挨拶の後は各々で行動し夕食までは顔を合わせないようなものだった。あの人は共用スペースで本を読んでいる。「ある閉ざされた雪の山荘で」、か。あの本の背景っていまの状況と異なってはいるが、山荘にいるのに山荘が舞台で人が死ぬような作品を読む図太さはなんなのか。いつまでたっても訳がわからない。しかもいま夏だし。
私はとくにすることはないし、佐藤の親子についていっていた。スケッチをしている子どもの近くにいった。絵がとてもうまい、名前は太陽と言うらしい、そしてそのスケッチには目の前に立つ緑の木々の雄大さを余すことなく表現されていた。ただ、何故かあるブルーシートはもちろん描いていなかった。
「あの子は絵が好きなの。昔のことなんですけど太陽の友達がしていたゲームを欲しいと言ったものだから、標語で優秀賞をもらったのだし買ってあげたのよ。そしたら太陽、最初はずっとケースの絵を見てたの。ゲームしないの?と聞いても返事しないくらい集中してて、疲れた人でああなることはあるし始めの方はちょっと心配したの。でもね、その後急に絵を描いたの。ケースのキャラクターの絵ですよ。」佐藤さんは太陽君の話をしてくれた。私も
「だからあんなに絵が上手いのですね」と答えた。
「そうなの、太陽は公園の遊具もゲームのキャラクターも描いてみせるものですから。親として勝手にのびのびと明るい子に育ってほしいと思ってたけど絵を描くときの太陽は常に集中していて...」
子どもの好きなことを受け入れる母親と会話が弾む中、太陽君が母親のもとにきて、
「お母さん、今日はここまでにする。」といった。小1時間経っていて、虫よけを使ったにも関わらず、太陽君の身体には虫刺されの跡があった。すると安奈さんは鞄から塗り薬を取って子どもに塗った。
山中さんはベランダで煙草を吸っていた。外ならどこでもよかったのだが、「子どもに煙を届かすにはよくないでしょ」とわざわざ2階にあがり共用スペースの外のベランダで吸った。一応下から見えているが、においはないことから副流煙は来ていないのだろう。彼は太陽君がスケッチを終える前に一服すましており、ベランダから姿を消していた。いい人なのだが、あの人1人のせいで全く落ち着けない。いざとなったら殴ってでも止めないと...。
***
夕食はカレーだった。別に野外活動のようにみんなで協力して、みたいなものではなく佐藤さん人数分作ってくれていた。その後手持ち花火を太陽君と一緒にしてみた。探偵さんも来て、終わりの始まりと思ってたが意外にも単純に楽しむだけだった。
和めてよかった。
***
8月13日12時頃、
「流石に無理もういややめてやめてやめて」
ふざけるな。2日目も平穏に過ごせると思ったのに。この人のせいで台無しだよ、
「今日のメニュー聞いてそわそわしてたし...それが理由だったのですね」
佐藤さんは納得しているようだが、私はどうもこの人に腹が立つ。
「帰れよ愚図」
「え?」
あ、やっば。心の声が...
でも仕方ないとも思わせる。そのくらいの人だ。今日の昼食は佐藤さんが作ったグラタンだったのだが、この人はチーズが嫌いなのだ。その程度でもこの人は絶対に動く。
「帰るよもう、分かってるって薮さん。」
彼は重い尻を上げとぼとぼと共用スペースから去っていった。タクシーは自分で呼んだらしい。ここからが面倒だ。ここは山荘とはいえ、山中さんの叔父の別荘だ。そして山中さんは気がいい、つまり
「いいえ構いませんよ、流石に全額は頂けませんって。3日滞在分じゃないですか」
「どうかお納めください。あの愚者の無礼を許してくださるなら、相応の金額はもらうべきです。」
(この場にいる)誰も悪くない状況に、謙虚の争いが始まる。しかし意外な方法でそれは中断された。
山中さんが吐き気を訴え、二階へ駆けあがったのだ。あのドアの鍵よくわかんない形してるが山中さんならどうにかしそうか。一階にはいくつかクーラーボックスが積まれていたが、それをどかすほどの余裕さえないとは...大丈夫だろうか、これ以上アクシデントは起こらないよう願うものだ。
***
おかしいな、山中さんが帰ってこない。余ったグラタンはすでに冷めているのはおろか、食器ですら触れるほど温度が下がっていた。太陽君が外に出たことで佐藤さんはいない。私が行くしかない。
二階に上がり、部屋をノックした、反応はなかった。扉を開けてみたが、人影はない。トイレにノックし、山中さんを呼んだ。返事も反応もない。私は共用スペースにある工具箱を使い、鍵をこじ開けて個室に入った。その瞬間、鼻につくような鉄の匂いと真っ青な視界の情報を得た脳が痛くなった。
山中さんが―――死んだ。急いで佐藤さんと丁度来た知り合いさんを呼んだあと、あの人に電話をかけ、階段を駆け上がった。
8月13日午後14時24分、私達が連れてこられた山荘のトイレに
ひどく血を流したであろう死体が見つかった。
***
軍手を使い、なるべく現場を荒らさないようにブルーシートをめくって死体を確認した。見える限り、腹部をめった刺し...酷いさまだ。あの人はもういないから私がどうにか説明するしかない。大丈夫だ、アリバイのメモと何を言うかは既に決めている。
***
携帯電話特有の音がきれ、彼の声が聞こえた。
「もしもーし薮さぁん?どーしたの?」
「単刀直入に言いますね、山中さんが死んでいました。」
「んー...わかった、全員分のアリバイとことの経緯の説明をお願い、ゆっくり言ってよ今タクシー乗ってるからさ。」
仕事モードに入った。例えここにいなくても声でなんとなく感じられる。
「まず死体発見時刻が午後14時10分私が二階トイレでおそらく1日目に外に放置されていたブルーシートにおおわれた山中さんを発見しました。死因は腹部を何度かにかけて刺されたことによる失血死と見られトイレに体をかけるように背中が見えるよう倒れています、凶器の包丁はその場にあります、犯行時刻は12時から14時の間、計画的なスピード犯行だと思われます。」
「うんそうだろうね、あとはアリバイの穴と証拠さえ見つければ大勝利だ。佐藤さんからお願いできるかな」
佐藤さんが言っていたアリバイの内容を報告しないと、たしか10時から14時までのアリバイを聞いたので、一応言っておこう。
10時、共用スペースにてテレビを見ながら休んでいた。山中さんといたらしいが死体に話を聞けるわけないから確証はない。むしろ崩れるかもしれない。10時半には昼食の準備を始めていた。具材は1日目に冷凍してあり、切る手間がいらなかったため、太陽君のもとに行き、11時半くらいからオーブンを使い焼き始めたらしい。そこから昼食を取った後は太陽君と外に出て彼のスケッチを見ていたようだ。もちろん太陽君はそれを否定しなかった。
「1番怪しい人物だが、犯人とは言えないし意外なとこにいることもある。ほかの人も教えてくれ」
私は彼が帰った後にきた古田響という男の説明をした。背が高く少し瘦せており、前かがみで立っている。一番の特徴は総白髪だということだ。それを説明したら急に探偵は聞いてきた。
「こんなところに老人1人でくると思えないのだが、彼は2,30代という解釈でいいかい?」
タイミングがやや不自然な気がしたが、ずれが発生するよりはましだ。そしてここにいなくても警戒する癖があると分かって安堵した。古田さんは11時ころに共用スペースにやってきて、ケーキなどを運んでいた。証人は佐藤さんだと言う。何往復かして様々なものを運んだし、一階にだされたクーラーボックスを使い釣りに行っていたため、犯行のタイミングはないと言っていた。昼食をすませて佐藤さんも古田さんも外に出た。つまり最も怪しいのは現状は私だ。探偵は私のアリバイを聞くかと思ったが古田さんのアリバイを聞いたあと発した言葉は
「ケーキあるのかよぉ...いいなぁ羨ましいよ。」恨むなら2時間前の自分をうらんでくれよ。
一応私のアリバイを言っておいた。とは言っても共用スペースで誰かに見られながらの読書が苦手なため、本だけ借りてプライベートルームで読んでいたなんて、職が違えばまずはじめに容疑者となっていた。もちろん彼は
「薮さん君さぁ、1番怪しいよ。」笑われながら言われた。仕方ないだろ、こっちにとっては事務仕事から離れられた超絶いいタイミングなんだ。この機会を逃すほど惜しいことはないだろ。というか、私は犯人じゃないなら、誰が犯人なんだ?
***
正直、凶器はキッチンのものだしみんな容疑者でしかない。だとしたらヒントはブルーシートだ。
「ん?あぁ、なるほどね。でもブルーシートでわかることは君が犯人の可能性が限りなく0に近くなることだけだ。今はそれだけだね。」彼にこのことを話したが、この線の推理はよくないようだ。複数犯を考えるべきか?そうなると佐藤さんと古田さんの共犯だ。いや、待て。そうなるとまさか太陽君でさえ嘘をついているのか?やはり単独犯?
頭の中で推測が飛び交い、渦となっている沈黙を彼が切った。
「死因ってなんだっけ?忘れたからもう1回教えてくれない?」
「だから失血死で...」
「そこ」私が言いかけた途中に彼は区切った。
「じゃあ失血死としたときさぁ、腹にさすメリットってなんなのさ?」...あ、そうだった。
ブルーシートだけでは特定できないな、だが腹部を刺したこと自体がヒントになるとは思いもしなかった。腹部を刺さないといけないのは何故か、個人自体のプライベートを知るべきかもしれない。「ついでに人間関係もね。」とため息をついた彼が言った。私は三人を共用スペースに集めた。
***
佐藤さんにいくらか聞いてみた。職業はスーパーのパート、太陽君以外の子どもはいない。山中さんは夫さんの友達らしく今回は彼の提案でここにきた。一番の目的は太陽君のスケッチで、夫は出張で4日ほど家を留守にするらしい(佐藤さんは休みをとったらしい)。やや空き巣が心配になるが、まぁ仕方ないというとこだ。太陽君にも聞いてみたが別にこれ以外の情報を得ることはできなかった。
古田さんは会社員らしい、瘦せ型に見えたがそれは「そう見えた」だけで実際は意外と筋肉質であった。そしてブルーシートを一番軽々持てるのも間違いなく彼。山中さんとは中学からの友人らしい。彼曰く山中さんは「頭が1番よかったし、進学先も圧倒的にすごいとこだった。多分名前を誰でも知ってるくらいの場所だった。しかし、それまででもあって親しい仲ではあるが話す程度でしか接点はなかった」とのことだ。彼は休みがそもそもあったらしい(2日目から)。だから1日目はこれなかったと。佐藤さんと接点はなく、今回が初対面らしいが彼女の夫のことは知っていた。親しい山中さんとは実は会うのが3年振りほどで楽しみにしていたとのこと。
山中さんは恨みを買われるような人物ではないし、人間関係も良好だと改めて感じた。やはり殺されるような人でも殺されるべき人でもない、それなのに殺された。恐らく犯人は事前に色々な準備をしたのだろう。間取りを調べたり、トリックを考えたり...何をするか全くわからないが大抵は想像を超越してくるから油断してはいけない。
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言葉によるピースは集まった。次は持ち物だ。私は彼らの荷物を持ってきてもらい、中を調べた。山中さんのかばんのなかは実に普通だった。ファイルとPC、あとはポケットに財布とスマホと鍵、休まないの?ザ・サラリーマンって感じがするがここにきてまで仕事道具がそろっているとは、大変な職場なのかめちゃくちゃ働く人なのか。少し心配になったが大したものはなかった。
佐藤さんはとにかくものが多かった。調理器具に化粧品と手鏡、これはワークか?絵の具もある、太陽君用のパズル、差し入れ用のクッキーも持っていた(1日目に作っていたらしい)。車は夫に出してもらい、帰りは1キロほど離れたバス停まで歩き、家の近くまでいくつもりとのこと。こちらでもまさか山中さんと似た心配をするとは思いもしなかった。ちゃんと休めてるのかな...違和感のあるものは小瓶にはいっていた少量の植物だ。見たことないが香り付けをできるらしい。
大した情報をえることはとてもじゃないが不可能だった。電話を再びかけ探偵にこのことを相談したが彼は意外な方法を私に教えてくれた。
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「犯人はだれかわかりにくそうだねぇ、炙ってみたらどう?デタラメな推理でいいからさ、佐藤親子と古田さん、かたほうずつ君の声が聞こえない場所へ連れてって。そこで君は『あなたが犯人です』と言えばいい、もし言動が怪しかったらそいつが犯人だ。あと君の部屋でそれをやってね。トイレを執拗に警戒している人がいるかもだから。」
いちゃもんを言っていることになるから最後に説明して謝るよう言って彼は電話を切った。階段を降りると古田さんが「わかりました」と言い残し電話をきっていた。急用か?できれば逃す可能性もあるし変えるのはやめていただきたい。早速始めよう。彼に聞いた通りまず佐藤親子とともに二階へ上がり、私の部屋に彼女らを招いた。
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「佐藤さん、結論から話させていただきますと、あなたが犯人なんでしょう?」言いがかりをつける。大丈夫、デタラメな理論だがある。佐藤さんはもちろん否定した。
「それはないです、犯行時刻は確かに私達が自由に動ける時間がありました。しかしそのときは太陽と一緒に外へでていて、その証言もあるはずです。複数犯でない限り、それは絶対にありえません。」
「証言は『外に出ていた』だけでしょう?まるでなにをしていたかわからない様に言われてるではないですか、そしてあなたのかばんからでた香辛料は毒があるものがあったのでしょう?」
言いがかりは加速する。ここまでやっても仕方がない、犯人がいないのだから
「なぜそのようなことが言えるのです...」 「聞いてください」間を入れることなく攻める。
「あなたはトリカブトで毒殺したのち、腹を刺したのでしょう?トリカブトの作用は死ぬまでめまいや吐き気を催すことがありますしね。血があまりにも固まってなかったんですよ。ブルーシートは二人いれば運ぶのは容易でしょう、そもそもあなたしかブルーシートの在り処を知らない。」
「...でも違います!これを見てください、太陽が描いた絵です。昨日ここまで進捗していないのをあなたなら知っているでしょう!」 「太陽君の協力はブルーシートを運ぶことと嘘をつくことの二つでいい、それでもそれは証拠になりますか?」
沈黙が続く、恐らく彼女は犯人ではない。彼女らだとやりやすかったのに。となると古田さんだ。警戒するために私は部屋に居続け、彼がどうくるかよく見た。佐藤さんが彼を呼びに、こつ、こつ、と階段を降りているとき、外からサイレンの音が聞こえた。と、同時にメールの通知が鳴った。
『犯人は君だ』
***
『犯人は君だ』メールが来た。どうしてばれた?一体どこで?今回恨みを晴らすのは佐藤へだ。正直誰でも毒を食うのはよかった。ただ冤罪で人生をだめにしてやろうとしたのに...佐藤に毒を回すべきか?いや、死ぬなんぞ許せない、絶対に。
しまった、アレがない。部屋に置いていたはずだ。あの人が持って帰ったのか?
***
プルルルルとポケットに再び電話がかかってきた。
「もしもし、古田さんであってるかな?耐えた?」探偵の久保田さんからだ。
「というより、自滅しましたね。私はどうやら餌にされるような魅力はないようです。」
数分前、同じように電話がかかってきた、彼からだ。
「すまない、一回で理解してくれよ。犯人は私の助手の薮さんだ。君は警察が来たときおそらく人質にされる、冤罪を着せるのに失敗するからだ。これから二階にはないが会っても上がらないでくれ。」
「わかりました」
「やっぱり薮さんだったか、ブルーシートを聞いたときどうして部屋にこれがあるか疑問だったんだよ」
「これ、とは?」 「リールだよ」彼はさっきより大きい声で言った。
「単刀直入に言う。彼女はリールと伸縮する釣り竿で青く大きい獲物を釣ったんだよ」
いや、ない。いくらなんでも重すぎる。しかし否定の言葉が出る前に電話の先の男が発した。
「滑車ってわかるかな?あれは本来必要な力の半分でものを動かせる。仕事で習ったかな?」
「いや、私どっちかというとデジタルなんで」 「物理苦手でしょ」
彼はここでも私の一部をあぶり出す。何度目だろうか。
「薮さん器用だし共用スペースにあったもので滑車の代わりになりそうなものがあったしなにより部屋の天井に小さい穴があった。音は多分気づけないだろうね。私は5時に起きたけど本読んでたし、薮さん降りたの6時、で佐藤さんと山中君は7時あたりだ。朝ごはんのサンドイッチよかったよ」
不思議な雰囲気のまま推理を続ける。
「多分トイレ前のクーラーボックスは彼女のせいだろう。鍵は開けるのに時間がかかるのだろう、何かしらのアクシデントだよ。」
「それこそ薮さんが仕掛けたものでは」 「正解!」今シリアスな感じではないが友人が死んだ人にもそう話すか。彼は続ける言葉がないようなので私が問いかけた。
「そもそもあなた、音に気付けばよくなかったですか?」
「多分冤罪がかかりやすくなるだけだし...」 「言い訳ですか?」
「ごめん推理小説のせいだから」
正直腹が立つ。彼が気づいていれば...といまでも思う。死ななかったことと山中を殺した犯人がつきとめられたのは不幸中の幸いか。
「てか逆に音に気付かずなんでそんな発想に至ったのですか?普通針にかけるなんて神の業にも等しいですよ」
「そこはえ~うん、多分磁石。佐藤親子より遅く屋内に入ったしあとヘマしてたんだよ。磁石隠すとこのが甘いせいでかばんとロッカーがひっついてた。まあそんなことより、確信できたのは電話ではなしたことだ。『腹部を刺された』ってことは、被害者が便座に座ってないとわからない。でも死因を見事に言ってしまうのはやましいことしてるからでしょ。」
一応気が抜けていないとわかったが、
「あんたに感謝も恨みも私はもってますからね」言っておいた。そううすべきと頭で判断した。
「本当にごめんね、今度飲みに行こう。ストレスで髪がそうなったんだし、これ以上はすこしでも楽してほしいし奢るから」
黙っていたが一応YESと判断したことは伝わるだろう。長話をしたあと、私達の話題は佐藤さんに移った。
「あなたは佐藤さんのこと心配しているのでしょう。薮さんに言われたじゃないかって」
「本当申し訳ない、まさか子どもまで巻き込むとは思いもしなかったよ」
彼に配慮がないしこういったことに一切頭が回らないのは本当にわるいとこだ。彼女らは大丈夫そうだと言ったら安心したのか、浅くため息をついていた。そして彼は少しだけ挨拶をして、昼食の謝罪をしたあとに電話を切った。
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2022年8月13日15時39分、山荘で女性が山荘の持ち主の甥の男性を殺したと通報が入った。15時58分事件現場にて外に避難した山荘に泊まっていたであろう子連れの女性と、男性を保護。屋内の捜索において二階の奥の部屋で薮容疑者を発見、部屋の中央で椅子に座り無抵抗の容疑者を拘束、そして部屋に行くまでのトイレの個室で被害者と思われる山中晴翔の遺体を発見、司法解剖の結果、死因はトリカブトによる中毒死と断定。のち、刑事裁判で死体の背面を大きく傷つけた、冤罪を被せようとした、計画性のある犯行、そして犯行の動機とそれに対する罪の凶暴さなどの観点から薮容疑者に14年の懲役が科せられた。
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「薮さん懲役14年か〜...んー名探偵久保田のお兄さんのいい助手だったんだがなぁ...古田さん来てくんねぇかな〜」二階の窓からコーヒーを飲んでいる人影が見える。コーヒーを飲んでいた人物は、カーテンで閉ざされた1階へ降りていった。
「...3日休みにしたけどどうしよっかな。今回は依頼じゃないからな~旅行とかの金もない。」
そう言った探偵に対して、2階に上がる人物がいた。すれ違いのようにタイミング悪く来た訪問者は若く見えるが総白髪の男だった。男は二階のそばに看板のある扉をノックし、反応がないときたためか、舌打ちを打って握っていた2枚の航空券をより強く握ってくしゃくしゃにした。