残虐世界でハッピー⭐︎スローライフ 〜よーし、魔王を殺して操っちゃうぞ〜
【1日目】
死んだ。
そして転生もした。
よくある話だ。
参っていたので、スローライフを所望した。
のだが。
どうやらこの世界は地獄のように魔物が多く、魔王が五体もいて、縄張り争いで各地で常に戦争が起きているらしい。
もはや停戦の目処もないそうだ。
とんだ世紀末だった。
他の選択肢はないらしい。
でもスローライフがしたい。
俺はスローライフがしたかった。
あれこれとご高説を垂れる女神を騙くらかして、俺は生活拠点を手に入れた。
世界を救うつもりなんざ無い。
【2日目】
やることが多い。やることが多い。
まず土壌から瘴気を取り除く。でないと成長促進があってもまともに食物が育たない。
食わないと死ぬ。
水も瘴気に満ちている。
身体は頑丈にしてもらった。
だが腹は下す。
死なないんだからいいだろみたいな作りしてる。
脱水症状でも死なないのは逆に拷問では?
スローライフがしてーんだよ。
サバイバルじゃねーか畜生。
【3日目】
やることが多い。
魔法で何とかなれ。
何でこの世界ほぼ殺戮魔法しかないの? バカなの?
寝ても覚めても殺し合いしか頭にない連中なの?
全身をミンチにする魔法を何とか応用する。
支柱を建て、間に丸太を詰める。
屋根が出来たところで日が暮れた。
何とか小屋らしきものが出来上がりつつある。
仕事が遅い。
だって十分に一回化け物が襲ってくるし。
飯も不味いからやる気出ないし。
【5日目】
寝ずに働いたおかげで家が出来た。
強そうな化け物の死骸を壁に飾ると寄ってこない。
良い発見だ。もっと飾っておこう。
毒素を抜くと肉も食えた。
クッソ不味い。
いずれは生捕りにして交配させることも考えるべきかもしれない。
【8日目】
やっっっと風呂に入れた。
嬉しい。
スローライフ望んだのに八日も風呂入れんことある?
辛い。辛かった。
庭に掘った穴にお湯を張る形だ。
水も浄化する術を見つけた。
まあ、逆に八日目にしては順調なのかもしれん。
【10日目】
それなりに畑が形になり始めた。
何だか猿みたいな魔物が媚び諂ってくる。
家の周りに張った化け物の死骸を見たらしい。
猿は賢い。下手に駆除するのも面倒だ。
害獣じみた化け物の肉と作物の種を取引することにした。
皮もくれてやると何だか感激している様子だった。
【18日目】
何だか知らんが猿のボスがやってきた。
成長促進で育てた作物をよこせと言ってきた。
正式な取引の元ならともかく、力づくは違うだろう。
とりあえず、ボスを成長促進で過剰に成長させてみた。
血とか見たく無いし……。
でも血を見た方がマシかもしれんことになった。
【26日目】
ボスが代わったらしい。
安全な果物まで貰えたので礼を言って受け取っておいた。
トップが考え無しだと部下は大変だよな。
分かるよ。
涙が出るほど分かるよ。
とりあえず、肉と作物の取引は続けることにした。
【35日目】
ようやくスローライフっぽくなって来たぞ!
畑も整って来たし飲み水にも不安はない。
朝起きて作業をして、ご飯を食べてまた作業をする。
強制されない仕事はいいものだ。
小屋の改築も進んでいる。
雨風も凌げるし中々に過ごしやすい。
外を眺めると大量に焼かれる魔族の村とかが見える点を除けば、充分にスローライフだと言えよう。
すげー燃えてる。すっげー燃えてる……。
まあ、あの村の魔族も別の村の魔族攫って遊んでたしな……。
【44日目】
猿たちの集落が魔物に襲われてしまったらしい。
命からがら、十数名ほどの猿が逃げて来た。
とりあえず住む場所が欲しいらしい。
残った財産らしきものを差し出してくるので、とりあえず何もいらないよと言っておいた。
これまでの付き合いがあるからね。
俺も困った時には猿たちの世話になったし。
とりあえず化け物の皮で服を作らせておいた。
魔物避けにはなるだろう。
【64日目】
猿たちが手伝ってくれるおかげか、いよいよ生活ぶりも立派になってきた。
増築も上手くいったし、近場にはいくつか猿の家を作ってみた。
全身をミンチする魔法と骨をいい感じに曲げる魔法、それと関節をぐるぐるに捻る魔法などを応用することで上手いこと手早く家を作れるのだ。
なんで?
猿たちは仲間にしか聴かせない鳴き声で俺に礼を言ってくれる。
誰とも会話しないでいるのも寂しいので、日本語を教えてみることにした。
【79日目】
そろそろ調子に乗り出したりする奴もいるかな。
と思っていたのだが、猿たちはいつまでも礼儀正しい。
隠れて暮らしているくらいだし、そもそもさほど強い種族でもないのかもしれん。
おはよう、と言うとオハヨーが返ってくるようになった。
猿というよりオウムに近い響きだ。
畑の世話をして、陽射しを浴びながら昼寝して、飯食って寝た。
幸せだ。
【88日目】
猿の娘ちゃんが攫われたらしい。
縄張りを出たせいだと何度も頭を下げて謝るので、とりあえずどちらに攫われたのかだけ聞いた。
猿たちが増えていくには子供は大事だ。
先週、玩具を作ってあげたばかりだしさ。
もっと遊んでてほしかったよね。せっかくだし。
魔族たちは攫った娘ちゃんを甚振っていた。
俺が見ても分かるほどに、もう助からなかった。
仕方がない。
俺は蘇生は出来ない。
骨をいい感じに曲げる魔法と関節をくるくる捻る魔法だけ使っておいた。
【93日目】
娘ちゃんの葬儀をした。
猿たち、ピオリタ族の葬儀の作法に従っておいた。
ピオリタ族は、空に届く煙が高ければ高いほど良いところに行けるそうだ。
火葬場を作って煙突を長く伸ばしてやると、ひどく感謝された。
お礼を言われても。
【99日目】
縄張りとしていた場所に正式に結界を張ることにした。
あんまり上手くいかない。
結界とか治癒とか、そういう魔法はあんまり無いのだ。
たとえば知らん奴が来たら爆殺する魔法は設置できる。
でも都合よく知らんやつだけ弾くバリアみたいなのはない。
誤爆した時に一大事なので、もう少し検討する必要がある。
化け物の死骸の効果を見るに、忌避剤に近いものなら可能だろうか?
考えてみよう。
とりあえず、今のところは危険がないように周囲の魔族の村は燃やしておいた。
ピオリタ族の遺骸はあんまり持ち帰れなかった。
【104日目】
群れの長が俺に子供の名付けをしてほしい、と言ってきた。
逃げて来た中にいた妊婦が、無事に子供を産んだらしい。
俺がつけんの? マジで?
群れの長じゃなくていいの?
長は名付けてはならないとか、そういうしきたりなのかな。
うーん、悩む。
名前は大事だ。一生モンだしね。
ちなみに俺の名前は母ちゃんの元彼の名前である。つまるところ、俺の本当の父親の名前。
不倫がバレてから母ちゃんはバチクソにキレた親父にタコ殴りにされて出てった。
バカだね。
【106日目】
名前!! 浮かばねえ!!
女の子なんだってよ。女の子の名前って何?
俺が知ってる女の子の名前、アニメキャラしか居ないが……!?
彼女も居ないし結婚も考えたことないし、ペットも飼ったことないから名付けなんてしたことない。
ええ〜〜〜〜〜〜〜〜ーーー
長がうれしそうにニコニコしてて気まずいよ〜〜!!
【109日目】
サチにしてみた。
幸福っぽい名前が良いだろうと思ったので。
みんな喜んでくれたらしい。
俺の手の甲に感謝のしぐさをしてから去っていった。
【117日目】
縄張りの結界が上手くいった。
近くに来ただけではこの集落の存在には気づかないし、なんとなく避けたくなる筈だ。
現に山のように押し寄せて来た軍隊?みたいなのも、ずっとうろうろしてから帰っていった。
長たちは一塊になって怯えていた。
どうやらあれは我が国の魔王直属の軍らしい。
多分、ここら一帯の村が全滅したので怪しんで来たのだろう。
報復のつもりだったのかもしれない。
巻き込まれたらスローライフどころじゃないからな。
何事もなくてよかったよかった。
【133日目】
徐々に結界を拡大しているのでのんびり過ごすには何も問題はない。
ピオリタ族の人もみんな境界を守っているようだ。
最近の俺は畑仕事をさせてもらえなくなりつつある。
自分たちにはこれくらいしか出来ないからやらせてほしい、とのことだ。
仕方ないから家庭菜園をしている。
あんなに立派な畑があると言うのに……。
いやまあ、家庭菜園自体はスローライフっぽいけど。
本当に最低限の食糧だけ取って俺に渡そうとするので、人数に合わせて各家庭に配る量を決めた。
俺は最悪、食わなくても死なんしな。
しかしこの作物、どうしたもんか。
成長加速が働いているからか、実入りが良すぎる。
このままあっても腐るばかりなので、とりあえず他所に配ってみることにした。
【149日】
不味い。価格破壊だ。
経済を知らん人間がわけわからんことをするとこうなる。
や、やべ〜〜!
どうせならチートでインターネットとか使えないか!?
無理か!!
よし。
知らんふりをしよう。そうしよう。
【160日】
無茶苦茶になっちゃった……。
無茶苦茶になっちゃった……!!
【174日】
隣国が暴動でめちゃくちゃになった挙句に魔王が討たれたらしい。
多分、俺より余程賢い魔族の人たちが何やらしたのだろう。
ピオリタ族の人たちは幸せそうに畑仕事をしている。
なんだか随分広くなっちゃったな。
ピオリタ族は増える速度がのんびりだから、あんまり必要でもないんだが。
もし引き入れたい種族がいたら呼ぼうかと思う。
長に心当たりがないか、ちょっと聞いてみた。
作物が余っても困るしな。
【182日】
長の情報から各地の種族を視察することにした。
様子を見て善良そうなら誘ってみよう。
この世界、とにかく残虐な生き物多いからな。見誤ると大変だし。
隣国──便宜上A国とする──が落ちたせいで、魔王のパワーバランスも崩れたらしい。
A国の領地をそのまま戦場にしてB国がD国と争っている。
この国は内戦で手一杯らしい。
うーん。関係ないところでのんびりしてたいよな。やっぱ。
【245日】
B国には他の国よりも魔法に詳しい種族が多いらしい。
俺の忌避魔法を超えてやってこようとしたので迎撃した。
一部隊潰したはいいものの、このままだと全隊がこっち来てしまう。
仕方がないので偵察部隊を潰してすぐにB国をなんとかすることにした。
部隊員の言動を見るに、絶対にまともな感性の生き物じゃなかったしね。
この世界怖い。マジで。
全軍を潰すのは大変なので、頭を狙うことにした。
この世界には遠距離魔法が無い。
故に防衛にも隙がある。
全部吹っ飛ばす勢いで魔王を爆撃魔法で狙撃しておいた。
女神から授けてもらった魔法なので、まあ、割と強いのである。
魔法を過信しすぎてたのは反省点だろう。
領土拡大に伴って、周辺の地形も複雑に作り替えることにした。
気軽に外に遊びに行けなくなるし、その分領地内を盛り上げる必要があるだろう。
ピオリタ族はどうやら働いているだけでも十分楽しんでいるようだが、俺はそろそろ娯楽が欲しかった。
ちなみに、新しい入領者となる種族は全然見つからん。
限界残虐民しかいない。
世紀末すぎる。
【277日目】
C国はD国とも戦い、共に疲弊している。
もしかしたらこのまま共倒れするかもしれないが、どうせ新たな魔王が国を立ち上げるだろう。
流れ移った民が新しい国となり、どうせまた争うのだ。
どうでもいいが、俺の領土は随分でっかくなった。
多分だがこのままだとちっちゃめの国になる。
面倒臭えな〜〜!というのが正直なところだ。
でもピオリタの人が楽しそうにしているのは嬉しい。
複雑だなあ。
【296日目】
良い方法が見つかった。
死霊操作の魔法を使うと、好戦的なこの地の種族をほぼ永遠に戦わせ続けることが可能になるのだ!
俺が殺した魔王を蘇らせて操り、都合のいい場所で戦わせるのが一番良い。
下手に平和にしようとするとストレスの溜まった下位種族が勝手に虐殺を始めるのだ。
だったら、互いに敵を作って殺し合っててくれる方がまだ良い。
アホな俺にしてはいい方法じゃないだろうか。
るんるんだ。
なんとなく、長にお祭りを提案してみた。
ピオリタ族には祝いのお祭りのような文化はないらしい。
日頃の疲れを癒して楽しむために美味しいものを食べたり着飾ったりするんだよ、と伝える。
長は心底嬉しそうに、それはステキです、とニコニコしていた。
【332日目】
お祭りはとても良いものになった。
ピオリタ族も生活が落ち着いたおかげか、随分と夫婦が増え、子供も作っている。
いいな〜。俺には彼女もいない。
流石に猿はちょっと厳しい。
そもそもこの世界に付き合える女がいる気はしない。
いや別に欲しいわけじゃないけど。
ほんとだよ。
どうしても欲しいとは思ってないよ。
俺の母親みたいなのを引っ掛けたら最悪だし。
ほんとだよ!
そういや親父は元気かな。
親父は離婚して以来、傷心で酒浸りだった。
当然だろう。必死に働いて養っていた息子が別の男の種なんだから。
俺だったらすぐに捨てている。
よくもまあ、大学まで出してくれたものだ。
俺がいなくなって清々してたらいいな。
生きてるだけで忌々しいだろうから、せめて死んだら嬉しいと思って欲しい。
いや。親父はそんなこと思わないんだけどさ。絶対。
とりあえず、毎年この時期に祭りを開こう、ということになった。
【361日目】
魔王の操作は順調だ。
新しく魔王になりそうなやつも一旦殺してから操る。
荒れ果てた土地で数が減るまで戦わせて、良い塩梅で一度休戦する。
フラストレーションが溜まり始めたらまた挙兵する。
魔王に疑問を抱いたやつもとりあえず殺しとけば何とかなった。
ただまあ、やることが多い。
やることが多い……!
これ、スローライフではなくないか!?
と今更思った。
知っている。
スローライフものは大抵最強であることであらゆることに巻き込まれていくのだ。
そういうものだ。
俺だってそういうのは好きだ。
でもそれって、冒険に満ちてて魅力的な人に溢れた眩しい世界だからやる気が出るだけでさ……!
こんな血みどろクソ残虐世界で最強でいたって何も楽しくねえ。
相棒になってくれる美少女がいるわけでもないし。
いたとしてもこの世界で生き残ってる時点で顔以外に致命的な欠点あるじゃん。どうせ。
まあ、欠点だらけの俺が文句をつけるのもどうなんだという話だが。
【440日目】
なんでか知らんが異世界から勇者?が召喚されたらしい。
女神を騙くらかしてソッコーで姿をくらませた俺とは違い、彼はどうやら真っ当に勇者として来たようだ。
この世界は魔王が支配してるから、国での召喚ではない。
ある集落で、魔王の圧政に耐えきれなくなった聖なる乙女が勇者を呼び出したそうだ。
ちなみに聖なる乙女は実質オークのメスである。
覗き見すると、勇者のテンションは大分低めなのが分かった。
まあ、そうだろうな。そうだろうよ。
勇者というのは要するに、単独特攻で魔王を倒してくれる武器と同義だ。
自分を絶世の美女と勘違いしている雌オークを相手にしていながら無為な戦いに命を賭けるのは、ちょっと厳しいだろう。
俺はとりあえず勇者を雑に勧誘してみた。
この世界はカスだから俺の領地でのんびり暮らした方がいいよ、と誘うと、彼は聖なる鎧も剣も捨てて領地にやってきた。
勇者は十五歳の男の子だった。
中学受験に失敗して、高校受験にも失敗したら死になさいよと母親に毎日のように言われていたらしい。
受験に失敗したから、言う通りに飛び降りたそうだ。
教育ママという存在がここまでとは思ってなかったので、俺は心底慄いてしまった。
放任主義も寂しいが、過干渉も辛いものがある。
【452日目】
勇者くんは随分と元気になった。
やっぱり日を浴びて身体を動かし、美味しいものを食べるのが一番良い。
女神曰く、魔王を全て倒さなければ世界の危機が訪れるらしい。
勇者くんはどうにも根が真面目だからずっと心配していた。
そんなん無視しても困んないのにね。
大体、魔王自体はみんな死んでるから倒されてるってことじゃん?
今の状況を説明してあげると、勇者くんは無事に納得したようだった。
同時に距離を取られた気がする。
なんで?
【522日目】
勇者くんがすっかりピオリタ族とも仲良くなった頃。
また勇者が召喚された。
早くない?
今度は女の子だった。勇者ちゃんだね。
彼女は言われるがままに来たは良いものの、世界の残虐性に怯えてまともに動けないようだった。
魔王を倒させたい勢力が鞭を打ってでも言うことを聞かせようとしているので、とりあえず救助してきた。
勇者ちゃんはピオリタの人にも怯えていたが、勇者くんを見ると幾分落ち着いたようだった。
勇者くんかっこいいもんね。
そうだね。
勇者ちゃんは最初は空き家で暮らしていたが、じきに勇者くんと暮らすようになった。
そうだね。
そうだね!
クソー!! 幸せになれよ!!
【???日目】
七人目の勇者が俺の領地に越してきたところで、女神は諦めたようだった。
何となく判明したことだが、この世界は『魔王の廃棄場』である。
徐々にボロを出し始めた女神の言葉を勇者たちから収集した結果分かった。
他の世界では使い勝手の悪い魔王を、この世界に捨てている。
女神は魔王を始末した数で評価が上がるそうだ。
なので、屍でも動いていると困るらしい。
ただ、女神の機嫌を損ねるのもなんなので、定期的に魔王は使い潰すことにした。
どうせ新しい魔王は補充されるしな。
世界が見苦しくて女神が悪夢を見てようと、俺には関係のない話だ。
勇者たちは皆比較的善良な人たちばかりだ。
自ら死を選んだ人間が来ることも、それなりに関係してるのかもしれない。
まあ、それもまた、俺にとってはどうでもいいことだ。
重要なのは、のんびり穏やかな生活を守ることにある。
よーし、楽しい祭りのためにも頑張るぞ!
俺は新たに生じた魔王をぶっ殺すために領地を出た。